優しい姉ちゃんと二人ぼっち
秋桜空間
姉ちゃんとのある日常①
1
姉ちゃんにいきなりキスされた。
しかも唇に。
姉ちゃんの両手がまだ俺の顔に触れていて、
半ば強制的に姉ちゃんと見つめ合っていた。
「……どうしたの?いきなり」
と聞くと姉ちゃんはいつもと同じゆったりした口調で
「なんだか愛しくなってね」
と言った。
俺の顔から両手を離して、ソファの背もたれに寄りかかる。
「仕事から帰ってきて、こんなに労ってくれる弟がいるなんて、私は幸せ者だなあって思ったの」
えへへ~と姉ちゃんが笑う。
「普通にいつも通り会話してただけじゃんか……。姉ちゃん疲れてるんじゃないの?」
「うーん、確かに疲れてはいるかもなあ」
姉ちゃんは天井を見上げて考えるような素振りをしたかと思うと、急にまたこっちを見て首を傾げる。
「ね、そんなことよりゲームしない?」
「……いいけど、疲れてんのにゲームするの?」
とツッコミを入れると姉ちゃんがまた笑った。
「これが私の一日の楽しみだからね。今日もやろうよ。ユウタ」
「……うん」
立ち上がってテレビ台の上にある二つのゲーム機を取って片方を姉ちゃんに渡す。
電源をつけて姉ちゃんと並んでソファに座った。
「イカトゥーンやろ」
と姉ちゃんが言う。
「んー。おっけい」
俺はゲーム画面を開いて、姉ちゃんと一緒にオンライン対戦を始めた。
イカトゥーンはオンラインの誰かと四対四でチームを組んで対戦するゲームで、
大きな筆やペイントローラー、インクの入った銃を使ってフィールドに色を塗り、
より多く色を塗れたチームが勝ちになるゲームだ。
相手を武器で倒したりもできるし、いろんな戦略があってけっこう奥が深い。
最近は姉ちゃんも俺もこのゲームにはまっていて、
夜になるとよくこのゲームで遊んでいた。
2
対戦が始まると俺も姉ちゃんも言葉が少なくなり、
小さなゲーム音と時計の針の音だけがリビングに響いていた。
「……ユウタ、今日は学校どうだった?」
画面を見ながら姉ちゃんが聞いてきた。
「どうだったって言われてもなあ」
「勉強とかどうなの?高二って急に難しくならない?……うわ、急に敵に囲まれた。ユウタ助けて」
「りょうかい……、ってこっちにも敵来た。ごめん。ちょっと待って」
「え、無理無理。死ぬ死ぬ……。あー死んだ。うう。ユウタに見捨てられたぁ」
姉ちゃんが大げさに泣きマネをする。
「ごめんごめん。ちょっと今のはどうにもならなかった。……ていうか、他の味方は何してんのこれ。さっきから敵がすごい来るんだけど」
「……あ、他の味方落ちてるよ」
「え?」
確認してみると確かに俺と姉ちゃん以外の仲間の回線が落ちていた。
つまり今は二対四で対戦していることになる。
「負け確じゃんこんなの。姉ちゃんどうする?」
と聞くと
「諦めないよー。私は。兄妹の力見せつけてやろうよ」
と姉ちゃんはなぜかちょっと嬉しそうな顔で言った。
「んー……、まあ、そう言うなら…‥‥」
俺は渋々対戦を続行することにした。
3
全力を尽くした結果、結局俺たちのチームは負けた。
いい時間だったのでそこで今日のゲームは終了することになった。
ゲームの電源を切ったところで姉ちゃんは伸びをする。
「今日もよくやった~。はあ。それにしても相手容赦なかったね」
くすくすと姉ちゃんが笑う。
「ほんとにね。でも思ってた以上に良い戦いになってた気がする」
姉ちゃんは俺の返答に満足そうに「うん。確かに」と言った。
「……ねえ。もしもさ、私が本当に悪い人たちに囲まれてて、殺されそうになってたら、ユウタは私のこと見捨てる?それとも助ける?」
嫌な質問だなあと思ったが俺は一応真剣に考えてみた。
「助けたいとは思うけど、本当に助けるかどうかは実際に起こってみないとわからないかも」
姉ちゃんは不満足そうに
「えー。なにその回答。助けてくれなさそう」
と言って目を細める。
正直図星だったので、慌てて
「殺そうとするってことはマフィアとか殺し屋とかが相手だろ?俺一人じゃ太刀打ちできないじゃん」
と言い訳をした。
姉ちゃんは変わらず不満そうな顔をしている。
「わかった。それじゃもし私が職場でいじめられてたら、ユウタはどうする?」
と姉ちゃんはまた新たに質問をしてきた。
その質問がなんだかリアルだったので
嫌な予感がして俺は姉ちゃんをじっと見た。
姉ちゃんも俺の言わんとすることを察したようで
「いや、実際にはいじめられてないよ?」
と言った。
俺はほっと胸を撫でおろした。
「姉ちゃんがいじめられてたら、その時は全力で助けるよ」
そう言うと姉ちゃんの顔が嬉しそうな笑顔に変わって、俺の頭を撫でた。
「そっかあ。良い子だね。ユウタは」
「う、うん……」
「よし、そろそろお風呂入ってこようかな」
そう言うと姉ちゃんは俺を撫でるのをやめて風呂場へ向かった。
一人になった俺はまたソファに座った。
ぼーっとしていたら、無意識のうちに自分の唇に触れていた。
天井を見上げて
「はあ」
とため息をついた。
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