02 恋愛の教祖は経験ゼロ
子供の頃から恋愛感情ってものがよくわからなくて、意味としては理解していても感覚としてはサッパリだった。
漫画や小説のラブコメが楽しめない訳じゃない。恋に頑張るキャラには人並に魅力を感じるし、作品によってはのめり込む事もあった。
けれど共感だけが全く出来ない。恋愛の素晴らしさを説かれた途端、サーッと引いてしまう自分がいる。興味のないスポーツの素晴らしさを説明されたり、親戚の集まりで祖父さんの若い頃の武勇伝を聞かされたりする時と同じ。
ピンと来ない。
一番付き合いの長いシュージに聞いてみたら『恋愛感情ってのは初恋が全部教えてくれンだよ』と斜め45度の角度で半笑いを浮かべながら答えてくれた。確かにその通りかもしれない。でも、それじゃ初恋がまだな俺みたいな奴はいつまで経ってもわかり得ない。
救いを求めるようにTiktokで恋愛系インフルエンサーの動画を漁ってみた。けど、そんな基本的な質疑応答はなかったから参考にするのは難しかった。
別に答えを急いでいた訳じゃない。好きになりそうな人がいる訳でもないし、誰かを好きにならなきゃいけない理由もない。
でも……春から大学生になって2年後には成人するって人間が初恋どころか『恋って何?』状態だと、やっぱり周りからは引かれるだろう。友達も出来ないかもしれない。シュージをはじめ高校まで親しくやってきた奴等とは離ればなれになってしまった。
交友関係を一から構築していく上で、最低限の常識と教養と周囲に合わせる順応性は必要だ。例えば新歓の席でその手の話題を振られた時『自分、経験ないんで』とか答えて場を白けさせるようじゃ友達なんて出来っこない。捏造でも良いからエピソードトークすべきだ。
恋愛感情を知らない俺が恋バナなんて出来る訳がない。だからあらかじめ準備しておくしかない。
その練習として――――
一日一回、恋愛体験談をTwitterに投稿してみる事にした。
どうせ受験が終わってからは暫く暇なんだ。この期間を利用して、ちょっと恥ずかしい恋愛体験エピソード(偽造)を捨て垢にバンバン投稿する。自分のノートに書き殴るのとは違って、もしかしたら誰かに見られるかもしれないっていう緊張感が伴うのが良いんだ。他人の目を気にした上で語る事に意味がある。
正直、自分でも迷走してた自覚はあった。不安だったんだ。
小中高は実家から通える範囲の学校で、同級生も顔馴染みばかりだった。友達もそれなりにいたし、野郎ばっかだったけど楽しく過ごした12年だった。
だから県外の大学を受けると決めた時、それが最善だとは思いつつも人間関係がリセットされる事に怯えていたし心細かった。正直、もう友達の作り方なんて覚えてもいない。自分か社交的かどうかさえわからない。全てが手探りだ。
何かで武装したかった。新しい友達が出来そうになった時に『なんだコイツ』と思われたくなかった。ごく平均的な、何処にでもいる大学生になりたかった。なれれば大学生活に溶け込めるって思った。
その結果。
俺はネット上で恋愛の教祖と言われるようになってしまった。
恋愛体験談を投稿し始めて一ヶ月くらい経った時の事。シュージから聞いた話を若干アレンジして『恋愛感情ってのは初恋なんだよ。初恋がそいつの恋愛価値を決めるんだ』と呟いたところ、それが何故かバズった。
原因は単純で、たまたま恋愛系インフルエンサーの恋愛系インフルエンサーの日陰おねむ(@onemu_hikage)の目に留まって、リツイートだけじゃなくTiktokでも話題にしたそうで、その日からTwitterの通知バッジが途切れる事がなくなってしまった。
過去の投稿にもいいねが山のように付き、フォロワー数もみるみる増加。『感動しました』とか『Tiktokはやってないんですか』など多くの返信も寄せられ、日陰おねむが冗談で言った『こいつ恋愛の教祖じゃん』がそのままこの捨て垢を指し示す言葉となった。
勿論、悪い気はしなかった。人生初バズりで承認欲求はダルダルになるくらい満たされて、その後もシュージから聞いた恋愛観やフォロワー数が数千人くらいの人達のよさげな投稿を自分なりにアレンジして一つの物語を作り、共感を呼びそうなポエムに仕立てて投稿。内容なんて全然ないんだけど投稿する度に凄い反響があって、それを一人で見ながらずっとニヤニヤしていた。
でも、すぐ現実に引き戻される。
俺は恋愛の教祖どころか恋愛感情さえ知らない若造。たった数日にして出来上がった虚像は、俺本人とは余りにもかけ離れ過ぎて一人歩きどころかロケットで宇宙に打ち上げられる勢いだ。
いつか何処かで必ずボロが出る。或いは飽きられる。
祭り上げられた人間は、一度ケチが付くとそのイメージを払拭するのは難しい。ネットの世界は没落者にやたら厳しいから。戦場で弱味を見せたら最後、何処までもメッタ刺しにされてしまう。
まあ、所詮は捨て垢だし? 仮にそうなっても『良い夢見させて貰ったよ』と心の中で呟いてアカウントを消せばお終い。特に実害はなく以前の俺に戻ろうと思えばいつでも戻れる。
そんな気の緩みが……ドでかいミスを生んでしまった。
うっかり投稿の中に、これから入学する観桜大学の情報を入れてしまった。
と言っても大学名や住所を書き込んだ訳じゃない。入学手続案内の書類が一部映った画像をアップしてしまった。
これも出来心なんだけど、恋愛垢がフォロワー数を増やすには恋愛エピソードばかりを呟いてはダメとの事。フォロワーへの感謝を示す言葉や日常感を出した投稿を間に挟む事で『実在感』と『繋がり』をアピる必要がある……とネットに書いてた。
だからボロを出さない範囲で、テーブルの上とかに人気のあるコンビニスイーツなんかを置いて撮影し、一言添えて投稿……なんて事をやってしまっていた。数字に魅入られた憐れな人間の末路だ。
その写真の一つに、観桜大学を特定させてしまう情報が入った。
とはいえ、俺は別に芸能人でもないしインフルエンサーでもない。半ばネタ扱いで盛り上がっている道化師、恋愛の教祖(笑)って感じの存在。そんな俺の事を特定しようとする奴なんていないと思っていた。
でもいた。
『あなたの正体を知っています。バラされたくなかったら観桜大学の入学式の日、15時に校門の前で造花を一本持って立っていて下さい』
……このダイレクトメッセージが届いた時、俺は全身の血の気が引くのと同時に迂闊な自分を呪った。
無視すれば良い、なんて到底開き直れない。大学が特定されている以上、いつ俺自身が特定されるかわかったもんじゃない。過去の画像に俺自身が気付いていない重大なヒントが潜んでいたかもしれないし、知らない間に個人情報が抜き取られているかもしれない。
勿論、そんな事はあり得ない。でも平常心を失っていた俺は疑心暗鬼に陥り誰にも相談すら出来ず、もう会うしかないと腹を括ってしまった。
で、入学当日――――
「あなたが『ファイティングポエマー』なんですね……」
適当に付けた捨て垢のアカウント名を肉声で聞いた瞬間、地獄のような羞恥心に襲われ悶絶した。
同時に、DMを送ったのが余りにも可愛い女の子だった事に言いようのないトキメキと緊張を覚えた。彼女は俺と同じ観桜大学の新入生だったようでスーツ姿だった。
そんな彼女が素性を明かしたのは、その後――――最寄りのカラオケボックスに入ってからだった。
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