炎上して卒業した元アイドルがネット恋愛の教祖としてバズった俺に全身全霊を懸けて頼ってくるけどちょっと早い

馬面

01 プロローグ

 大学生になったからと言って、特別な人間になれるなんて思ってもみなかった。


 受験は難関校でもスポーツ推薦でもなく安全策をとってA判定のそこそこな所を選択。大学デビューするつもりもなかったし、犯罪者予備軍のような曰く付きサークルに入る予定もなかった。


 キャンパスの広さと一人暮らしの開放感に感動して、でも少しずつ慣れていって毎日をダラダラ過ごしながら残り少ないモラトリアムをネズミみたいにカリカリ囓っていく。そういう、何処にでもいる大学生になっていくイメージだった。


「おはよう。藍原あいはら君」


「……おはようございます」


 この、俺を物凄い熱量で見つめてくる同い年の女子大生――――茜谷彩羽あかねや いろはと出会うまでは。


 彼女は間違いなく特別な人間だ。それは一目見れば誰でもわかる。


 一言で言えばアイドル顔。艶のある黒髪ロングと小顔が構成するフォルムからは一切の歪みを感じない。決して派手なメイクじゃないのに眉、目、鼻、口、頬、顎のどのパーツにも華がある。特に大きな目は、広すぎず狭すぎずの二重と長い睫毛に囲まれ柔らかくも強烈な印象を与えてくる。


 身長は165cmくらい。ライトグリーンのトップスと白いスカートはどちらも淡白な色合いで、それが綺麗な容姿を際立たせている。


 一目見ただけでわかる別格感。本来なら俺の人生には一切関わる事のない存在だったんだろう。


 それはそうだ。


 だって彼女はアイドルだったんだから。


「どうして敬語? 嫌味?」


「いえ。そんな事は決して」


 彼女がそう捉えるのも無理はない。今の茜谷彩羽にとって目に映るものは全て猜疑の対象に違いない。


 彼女はアイドルだった。つまり過去形だ。


 24人組アイドルグループ【Doll-Chaseドールチェイス】。


 今から15年くらい前に一世を風靡して、その後もメンバーを入れ換えて存続している有名グループだ。多分、今でも沢山のファンを抱えている。


『多分』っていうのは俺がアイドルに詳しくないから確定的じゃないのと、人気のピークを過ぎてかなり経っているから。実際の人気がどれくらいなのかはちょっと見当が付かない。


 何にせよ、彼女がそのグループの一員だった事は間違いない。一年前までは。確か去年の3月に"卒業"って形で脱退した筈だ。


 だから今の茜谷彩羽の肩書きは一般人。推薦なのか一般入試だったのかは知らないけど、正規のルートで今春からこの観桜大学の学生になった。


 とはいえ一年前までは現役女子高生アイドル。俺をはじめ、その辺の一般人とは比べ物にならない知名度だ。



 それなのに――――誰も近寄ろうとはしない。



 大学のキャンパスには大勢の大学生がいるし、中には遠巻きにこっちの様子を窺っている学生もいる。でも声を掛けようとする人は誰一人としていない。


 そしてそれは、決して意外でもなんでもない。


 彼女は間違いなく……腫れ物だ。


「だったら普通に話して。じゃないと……」


 綺麗な眉の間に皺を寄せ、目付き鋭く彼女は躙り寄ってくる。


「泣くから」


 ただし涙目で。


「わかりま……わかったから。でも俺なんかに関わっても意味ないと思うよ? ホント、あれはただの偶然だから……」


「そんな事ない! 偶然でバズるとかないから!」


 いやあるんだよ。今まさに目の前の俺が証明してみせてるんだから。



 ……元アイドルの茜谷彩羽がどうして俺なんかに声を掛けてくるのか。しかもやたら必死なのか。


 その理由は今更反芻するまでもなく、大学に入る直前にやらかした俺の迂闊さに尽きる。


 だけどそのお陰で、普通に生きていたら絶対に巡り逢う事のなかった"特別な人間"と知り合う事になれたんだから――――



「だからお願い! 私に恋愛を教えて!」



 人生、何があるかわからない。





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