第4話 決着、そして賛歌
「何事だ?戦闘ではなく、一度小屋に戻ってきてくれなど。」
焦り気味に走ってきた嵐山によって一度戻ってきてくれという伝言がやってきた。
詳細な内容も全く聞いておらず、本当にただ戻ってきてくれという言葉に流石に戸惑いはするが、あの嬉しそうな顔を見るに何か思いついたのだろうと思い、仕方なく小屋に向かう。
「…なんだこの匂いは?」
小屋にあと少しで到着といったところで、小屋の方角から自身の鼻を疑うほどの
今まで嗅いだこともないような香りで、自然と口の周りによだれがたれそうになってしまう。
「おっ!!来たか!!まぁとりあえず座ってくれや!!」
今まで使ったこともなかった机が地面に設置され、卓上にはこの時代では目を疑うほどの
さすがの現状にいつも表情を崩すことがなかった杉山が崩すというより、何とも言えない表情をしてしまう
「………どういう…つもりだい?」
その言葉を言うのと同時に、両者が食卓につく。
「やっとわかったんです。いえ、やっと思い出したんです。刀と心を通じ合わせる方法を。」
その言葉に、少しは
「なんで食事を作ったかみたいな顔してますね。まぁ、食べながらでもいいんで話しましょうか。自慢じゃないですけど俺の料理は美味いですよ」
少し顔を伺ったが、話すより先に食事をしてほしいのか、中々話をし始めないので用意されていた箸で料理を一つまみし、口に運ぶ
「っ!!!!美味い!!……ってそうじゃなくて」
一瞬うま味の波にのまれそうになるが、意識を取り戻す。このままでは話を聞く前に
「まぁ、話しますかね。」
相手も食事を取りながら、ふんわりと話し出す。
「実は俺、昔杉山さんが言ってた刃は心を成すって言葉聞いたことがあったんです。まぁ昔っていうのも変ですけどね。俺の心の通じ合わせ方、心の在り方、それは「感謝と敬意」なんだと思います。」
一区切りがついたことで、一度食事を口に運びなおす。この見解に対する自分以外の意見を聞くのが初めてだった杉山は神妙な面持ちになる。
「俺の心を形成してくれたのは、父と…母でした。俺に愛を教えてくれて、俺に刀を教えてくれて、俺にとってのすべてでした。でも、いつしかその記憶と感情に蓋をしたんです。母がいなくなって、父が死んだとき。完全に自分の全部に蓋をして、何でもない自分を取り戻そうとした。だから、今まで母のこととかも、刃は心を成すという言葉も忘れてました。父のことを覚えてたのは…使命感なんですかね?そこだけはわからないです。」
杉山は、自信が冷徹な人間だとばかり思って生きてきた。あまり感情の起伏がないから、他人に言われてきたから、そう思いながら人生を通過してきた。
だが、今この瞬間初めて自身の感情が揺れ動いた。
瞳を潤ませながら
「でも、そんな俺の蓋を取り除いてくれたのが貴方です。なんでそんなことになったのかってさっきまで考えてましたけど、全部理解しました。貴方に見覚えがあったのかも、なぜあの言葉を母が発していたのかも。…でも、この理由は俺が貴方に勝ったら話します。どんな手を使ってでも、勝ちます。それが、俺なりの敬意です。」
「あはははは!貴様が勝つか、面白いじゃないか。それじゃあこの食事が終わって少し経ったらでいいかい?」
杉山は、確信というほどではないが、信じ始めていた。この男が自分を負かせることを、自分を満足させてくれる初めての
今までに見せたことがないほど口角を上げ、喜びを表現する
そして、不意にポロリと吐いてしまった貴様という言葉。
「敬意と感謝を込めて、貴方を倒します」
お行儀悪く、箸で相手を指しながら、そう言い放つ。
各々が最終決戦に向けて最終調整を行う。緊迫した空気などではない、因縁も保身も名誉も必要ないただの闘いなんだから。
―30分後―――
既に決戦場にて瞑想を行っている者の元にやってくる一つの足音がある。決意と感謝に満ちた軽快な足音だ。
足音を聞いているだけだというのに、心の高鳴りを抑えることができない。とどまることなく加速し続けるビートを鎮めるのは一体どっちなのか。合図も何もなく両者が相まみえ、そして闘いの幕が切って落とされる
前回の戦いのように様子見をすることなく、手の内を隠すことなく、二名の武士がお互い接近しあう。
刃を交え、ぶつかり合う音が森林中に鳴り響く。ただ前回のような無理やり響かされているような感じではなく、この周囲を取り囲む全ての植物たちの歓声のように聞こえる気がする。
何度も何度も刃を重ね、両者互角の展開が続いている。ここで、嵐山が仕掛ける。脳天を狙った最大限の一刀を浴びせようと振りかざすが、その刀と共に超常の身体能力からなる跳躍をし、回転しながらその勢いを利用して下半身に叩き込む
ただ、それだけの必殺級の一撃を浴びせようとも間一髪のところで、杉山は防ぐ。
「やっぱりね。これが防げるってことは杉山さん。《《》》ん心が読める
ですね?」
「相手の心を読む」決闘においてこれ以上ないほど有利な要因を作りやすい能力の一つだ。
「貴様にしては気づくのが遅かったじゃないか。。だが、それを知ったとて勝てるほど私は甘くないぞ!!」
今度は杉山が接近し、仕掛けてくる。正面から右斜め下あたりから刃を振り上げるようにして振るう。
その攻撃に、後ろに引きさがり、回避を試みた。
ただ、この軌道は普通の太刀筋ではなく、杉山の卓越した緩急の扱い方からくる認識を阻害する必殺にも等しい一太刀であった。
その不一致の一撃にその場に倒れそうになる嵐山だったが、やる気によって態勢を戻し、さらに引き下がる
「何としてでも勝つ…恨まんといてくださいよ!!!」
嵐山は、後ろに下がったと同時に地面に軽くしゃがみ込み、土をつかんでその土を杉山目掛けて投げる
卑怯で姑息な一手だと思うかもしれない、どんな言い訳があってもそれは変わらない。ただし、この両者の間には善悪を区別するほど正常な思考はなかった
勝ちたい、負けたくないという熱による集中が二人を貪欲にする。理由のない熱だけが二人を囲い込む
一時的に視界が悪くなるという条件を背負い込もうとも、感覚は衰えない。相手の刀身に視覚以外の全神経を集中させる。
「甘い!!」
感覚によって導き出された地点にを刃を振るう。だが、その感触は虚空であり、何の手ごたえもなかった。あったのは自身の腹の痛みだけだった
実際先ほどまでは嵐山もその地点にいた。だが、刹那を生きる嵐山にはその動きを捉えられているという事実を理解できた。
故に刃を地面に一度置き、しゃがみ込んだ後に地面に手を置き全身を使った蹴りをお見舞いしたのだ。
「はは!!俺たちは武士である以前に一人の人間だぜ!?足位使ってやるよ!!」
もう剣士どうこうだ剣がうんぬんの話ではなく、意地をかけた喧嘩のようになってしまっていた
「面白い戦い方だね。さすが未来から来たといったところか。なら私は、その未来技術をこの刃で断ち切る!!」
刀以外の手段を行使されようとも、客観的に見て卑怯な行為をされようとも、剣士としての誇りは折れない。
「私は、剣士としての誇りをもって貴様を打ち負かす!!」
先程までの構えとは打って変わって、本当に構えと呼んでもいいのかと思うほど歪な構えをとる。ただ、さっきよりも無差別に放たれる威圧感は増していた。
杉山はの刃は常識に囚われない、条理に縛られない不変を貫く刃だ。
「俺は…剣の道に対してずっと失礼なことばっかしてきたよ。閉じこもって、独りよがりでさ。だから、剣士として才能に浸るのはもうやめた!!泥臭かろうとも、卑怯だろうとも俺は、一人の人間として、誇りを取り戻す!!」
人としての誇りと剣士としての誇り。誇りを真の意味で自覚したこの二人の戦いは、誇りと誇りのぶつかり合い。決闘は佳境に突入する
お互い一度距離を取り合い、頃合いを見計らう。嵐山がいつになく慎重になった事でいつもと違う展開が続くことになった事で、かなり体力的な疲弊が多いが、相手も一度腹部に傷を与えた。
体力を加味しても圧倒的に嵐山が有利だろう。
(なんだ?あれ?)
刃を振り上げ、目を瞑って何をするのかと思えば、その場から動かず、さらにしゃがみ込み、正座状態になる。まるで好機だぞと誘い込んでいるかのように無防備だった
流石に少しの間は様子を見た嵐山だったが、一向に動く気配のない杉山にしびれを切らし、己の持ち合わせる速さで急接近する。
永遠が刹那に変わった瞬間だった。
嵐山の肩に、渾身の一撃が命中した。
予測を超える瞬発能力を持っていた嵐山でさえ反応することができなかった。
今まで緩急や技巧を軸とした剣技を用いていた杉山だったが、初めて速さを利用した。嵐山ほどではないにしろ、神速に踏み込むほどの速度だった
「速さ…良いものだね。今まで鍛えてこなかったのを惜しむくらいだ。」
痛みによってその場に肩を抑えて膝立ちになる。
今まで、勝利の経験しかなかった実績が今になって仇となってしまっている。一切の痛みに対する耐性のなさは、強者である嵐山を泣かせるまでに至る。
「君に勝ちは渡さないよ!!」
最後の一撃を脳天に叩き込もうとしたその時だった
パァァァン!!!
(急に感覚が!?)
杉山がふらふらとよろめき、その場に倒れ込む。初めての境遇に汗を滝のようにかき、恐怖しているようだった。
その隙を狙ってすかさず顔面目掛けて刃が放たれる
「いやぁ見様見真似だけど何とかなるもんだな。「クラップスタナ―」だっけか?」
最初で最後の
この知識を少しでも知っていたものなら効かなかったかもしれない、嵐山と杉山の意識の波長が一致しなければ効かなかったかもしれない。
過去の人間なら知りえるはずもないであろう知識と、同様の興奮を持ち合わせたことで生まれた別ベクトルの一度限りの必中必殺の一撃である。
一度叩かれたおかげで、意識を取り戻すことはできたが、体勢的に不利な杉山目掛けてもう一度刀を振りかぶる。
「っっ!?!?!?!?!?」
勝負というのは、実力だけで決まるものではない。運の良さによって左右されるものも少なからずあるだろう。
嵐山の最大にして最小の天敵である「セミ」が今目の前に飛来してきてしまったのである。もちろん、この隙を杉山が見逃すはずもなく、足を刃で叩き、体勢を崩した。
その隙を狙って、もちろん頭部を狙ったが、その狙いは嵐山の意地によって捻じ曲げられることになる。
現代の剣道において、面に食らうというのは、培ってきたプライドが許さない。無理やり空中で体制を捻じ曲げる。
だが、今の杉山の全膂力を込めた一刀を腹に込められる。
その影響によってかなりの距離吹っ飛ぶことになる。
ただ、杉山も相当の傷を負っているせいで、吹っ飛ばされた後を追うことができなかった。
「「はぁ…はぁ…」」
もう既に両者の体力は完全につきかけていた。いや、もう既に体力と呼べるようなものはなかったのかもしれない。最後の最後、意地と意地だけで意識と体を持ちこたえさせていたのだ。
すると突如、嵐山の体から光の粒子のようなものが溢れ出てきた。
いや、体の一部が光の粒子になっているのだ。
「…まじかぁ…もうタイムリミットかよ。もうちっと楽しみたかったんだけどなぁ…よし。…次が最後の一撃だ。」
握り続けていた刃を、今一度構えなおす。それは、師匠との特訓によって適性を見出してもらった最適の構え。
上段の構えだった
現代剣道の技術を、強さを見せつける時が来たのかもしれない。通用するかなんてわからない。そもそも、実践に想定されているのかだってわからない。
でも、とことん現代の技術を以て、勝ちたい
「…ならば、俺も最後の一撃にしようか」
おそらく今までの構えのすべては独自の流派による構えだったのだろう。歪で奇抜、だが、油断も隙も感じなかった完成された構えだった。
でも、今取られた構えは隙だとか、そういう次元では表せなかった。
嵐山が見てきたどんな時代の偉人たちの構えよりも完成されていて、洗礼されていて、それでいて美しかった。
「「いくぞ!!!!」」
同時に踏み込み、同じ速度で進み、同じタイミングで刀が交わる。
同時に存在するはずのない「刹那」と「永遠」が、今この瞬間だけ混ざり合っていた。
そんな中、この大地横たわるものが一人、息を切らし、刀を振るわせ、空を仰いでいる者が一人いた。
勝ったのは
「私の勝ちだよ……嵐山君」
ただ一人、この場の全てを背負い、立ち尽くしていたのは過去の剣豪「杉山泉」だった
一方嵐山誠の意識はすでに風前の灯火で、言葉通り今すぐにでも消え去りそうだった。それは、意識だけではなく体も例外ではなかった
既に嵐山の体は身体の先が見えるほどに透明であり、本当にもうじき消えてしまうのだろうというのがわかる
「君は…さっき言ってた通り、もう未来に戻ってしまうのだろう。名残惜しいが、私から君に…賛歌を送らせてほしい。」
「 」
意識が朦朧としていて、なんて言ってたのか全く聞き取れなかった。
だけど、その声には親族の温かみがあった。いや、実際には本当に血族なのだ。回想中に思い出した母の顔と名字。「杉山もね」
それに、見覚えのあるといった杉山泉の顔。なんで見覚えがあったのか思い出した。
母と似ていたからだ。
本人は男だと言っているが、どことなく面影があった。
そもそも、今思い返せば剣道に精通した一家だったのも嵐山ではなく杉山のほうだった。それ以外にも断言できる要素はいろいろある。
多分、遠い遠い先祖なのだろう。意外と杉山家の歴史は長いと母から聞いたことがあった気がする
(このこと…伝えたかったな…)
人生で一度も味わったことのなかった敗北による悔しさ、言い残したことがある事による無念な気持ち。
だが、この感情は、人として大きな成長を促すピースの一つなのだろう。
(半信半疑だったんだけどな…そもそも時間逆行なんて
薄れゆく意識の中、そう脳内で考えていると、深い眠りに落ちるように意識は途切れた
目の前で人が消えた。だが、特別恐怖したり驚いたりはしない。
儚くて、尊くて、それでいて美しかった
「結構、引きづる気がするな」
傷というわけではないが、心に空いた穴は、そうそう埋まることはないだろう。あれ程まで楽しい思いをしたのは初めてだし、あれ程まで強い相手と戦ったのも初めてだ。元の世界の自分だと会えなかったんだと考えると名残惜しい。
そんなことを考えていると、どこからかガサゴソという物音がした。
今までの自分だったら、この事にひどく感情を動かされていただろう。
でも、今の自分だったらそんなことはない。相手がどんな人間であろうと、人は成長するものだと今日知った
人は、どうしようもない存在であることが大半であり、自分以外の人間は信じないという考えが主流だった。
だが、今回の出会いで、杉山は人が「好きになれた」
刀を構えることなく、杉山はその物音が聞こえた方向に近づいていく
そこには、酷くおびえた小柄な女性がいた。特に変な衣服を着ているわけでもないので、未来の人間というわけではない。となると、迷い込んだということだろう
「大丈夫かい?」
杉山は優しくその女性に手を差し伸べ、助けを出す。
今に思えば、この出来事は嵐山君と出会ったことによって運命の歯車とでもいうものが狂ったせいなのだろう。
まさか、こんな連鎖して運命の人と出会うことになるなんて。
相手の女性の名字は「嵐山」彼と同じ苗字だ。
これも、何かの運命なのかもしれないな
異刃決戦 隼ファルコン @hayabusafalcon
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