第3話 刃は心を成す

「何者だ?」


「あ…こんちゃーっす」


 異色な出会いを果たした両者との間には、緊迫きんぱくした空気が張り詰めていた

 かたや時代に見合わぬ服装をした不審者ふしんしゃと、かたや今にも刀剣を相手に対して斬りつけようとするほどの圧を放つのような顔つきをした者。


(って…女の人??しかもなんか見覚えがある気がする。なんかの偉人かな?)


 嵐山は失礼な先入観せんにゅうかんからこの刀を振るう者は男とばかり考えていた。だが、今になって思うと聞きれるほどの心地のいい素振り音に、予測不能よそくふのう緩急かんきゅうのきいた音は女性から放たれるものだったのかもしれないと考える。


「貴様…死にたいのか?」


 しびれを切らしたのか、無礼な態度をとり続ける嵐山におよそ女性とは思えないほど鬼のような形相ぎょうそうでにらみつける。


(余計なこと考えちまったけど、この人…やっぱ滅茶苦茶めちゃくちゃつえぇな。さっきの素振すぶりの音でもわかったけど、今まで出会ってきたどんな強者よりも刀の扱いがすげぇ。その点に関しては…多分、俺よりも)


 ただ、さやに軽く手を置いているだけに過ぎないというのに、それが分かってしまう

 自身のほこりである強者つわものとしてのかた熟知りかいしているのだ

 ゆえに嵐山は不意にも相手の力量りきりょうを一目にして見抜いてしまう


「貴様…なぜ刀を持っていない?」


「あぁ…?えっと、生憎あいにくと俺は刀を扱わなくて…」


 嵐山は、過去という点と、剣豪という二つの要因から、推測すいそくとしてでしかないが、この時代は剣を持つことがおかしくない時代だと既に考えている。

 だから、相手がこのような質問をしたのだと考える


 だが、あえて刀を扱っていることに否定したのは、後々何かをするつもりだったが、少なくとも刀を持ち合わせていない無防備むぼうびな状況で相手のふところもぐむほど無謀無謀ではない


「…嘘をつく必要はない。貴様、相当な手慣てなれだろう?」


 まとを得た意外な返答が帰ってきたことに、少し瞳孔どうこうが小さくなってしまう

 嵐山が相手の実力を見抜みぬくことができたのは、刀を扱っている時の音と、実際に刀に手をかけている時のかまえでその実力を理解したに過ぎない

 刀を持っているというのならまだしも、この女の前で一度も刀についての話題さえしたこともないというのに一瞬にしてその実力を見抜かれるのはかなり不気味ぶきみ


「……なんで分かった?刀使ってんの見せたことないだろ?」


「おちょくっているのか?貴様ほどの実力者じつりょくしゃなど、立っているだけでわかるに決まっているだろう。」



「それで、貴様は何者なのだ?答えなければ―――」


 そう忠告ちゅうこくすると、腰の辺りからかちゃりと金属きんぞくが何かとぶつかり合うような音が聞こえてくる

 基本的にこういう時の対応は未来から来ただとか、そういう一般的いっぱんてきに不要な混乱こんらんまねくような事を言うべきではないことを理解はしているのだが、それを除いた場合どういう言い訳をしたらいいのか分からない


「え~と…」


 さすがに一朝一夕いっちょういっせきでこの難問に対する答えを出せるはずもないので、あごに手を置き、考える動作を取る

 打開策だかいさくを考えていると再度カチャリと刀を少し抜く音が聞こえてくる


「ちょっ…待ってくれよ!―――って…あぁぁ!!普通に面倒くせぇなぁ!!俺ぁ未来から来たんだよ!!未来から!!」


 無防備むぼうびだというのに牙を向けられることに苛立いらだったのか、死ぬかもしれないという危機感ききかんからかは分からないが、特定の一部分以外の一切の素性すじょうを、初めて出会った知らない相手に明かしてしまった

 当然のように未来から来たなどという言葉に相手はまゆをひそめ、刀身部分が半分程度見えるくらいまで抜く

 もうこれ以上どれだけ言い訳を重ねようとも納得してもらえるかもしれないとさとった嵐山は初めての死を実感じっかんする


「…どうやら、本当のようだな。まぁ、にわかにしんがたくはあるが。」


 そう言うと女は、ほとんど抜かれたといっても差し支えのないほどに刀身があらわにされた刀をさやに納める


「………えぇ?なんでやねん?」


 もちろん、この後はなんで俺が未来から来たのを信じてもらえたのかという、事について言及げんきゅうをしたもののはぐらかされ、この土地とちでの相手の自宅に招待される。

 正直なところ、流石さすがにこの場所の情報があまりに少なすぎるし、右も左も一切分からない状態なので、ありがた…じゃなくて仕方なく手招てまねかれてやる

 もちろん、一緒に歩いている間言及げんきゅうは続けていたが、この時代の剣士は一切返答することもなく、振り返ることもなく、ただ前を向き歩き続けている。


 嵐山は相手のえらそうな態度に余計な考えをするのをやめた


「着いたぞ。ここが私の家だ」


 そう言われて案内されたのは目算もくさん10じょう程度の竹を並べて作られた小屋だった。正直なところ立派りっぱとは言い難いが、こんな山奥でかつ辺りの植物しょくぶつと同様の物を建材に使用している事から、一人で作ったんだろう。

 そう考えたらかなり凄いものだと思える。


土足どそくのままでも大丈夫だ」


 そう軽く告げると、相手の女は、そそくさと小屋の中に入る。後を追うように嵐山も土足のまま小屋の中に入る。

 入るなり、竹の凝縮ぎょうしゅくされた香りが全身を突き抜ける。たしか竹のにおいはアロマセラピーになるくらい良い匂いらしいから、心が落ち着く。

 内装ないそうに関しては本当に簡素かんそなもので、生活するうえで必要な物や食せるものと水しか携帯けいたいされておらず、ミニマリストを超えた何かだと思う


 特別とくべつな指示だったりもなかったので、休みたいと思ったのだが椅子いすのようなものもなかったので、とりあえず適当なところに腰を下ろして休息きゅうそくをとろうとする。

 短時間たんじかんしか動いたりとかしていないはずなのに、既に身体が相当そうとう重くなる程度には、疲労ひろう蓄積ちくせきされていた。

 

 本当にすることも何もないので、適当てきとうに師匠との模擬戦もぎせんのイメージトレーニングをする。今目の前にいるこの人が、俺と対等たいとうの実力があるかもしれないって考えると、久しぶりに闘争意欲とうそういよくに歯止めが利かなくなる。


「…急だが、先程の件を謝罪を…させてくれ…先程は汚い言葉ことばづかいをしてしまいすまなかった」


「え?急ってか、唐突すぎ?んぅ…??」


 本当に唐突とうとつ謝罪しゃざい戸惑とまどいを隠そうとするとか、許すとかそういう考えしているどころじゃないほど脳がバグってしまう。


「私は…底が知れない不審ふしんな者や、単純な強者きょうしゃと出会ってしまった時は少し口が悪くなってしまうんだ。例えるなら貴様きさまと言ってしまったりだが。まぁ、正直貴方あなたあやしいことは否定できないが少なくとも話してくれた発言がうそではない事と、貴方が悪い人ではないことは十分に理解できた。みだしてしまって申し訳なかった」


 目の前であれだけ挑発ちょうあhつ脅迫きょうはく無視むしを続けてきた女が目の前で頭を下げる姿に多少の申し訳なさは感じたが、わずかに優越感ゆうえつかんのほうが勝ってしまった、


「へ~?まぁ別にね、何とも思ってなかったってのが本意ほんいなんだけどね、そういうことならぁ~、ちょっとお願いがあるわ」 


「…可能な限り受け入れよう」


 明らかに不服そうというか不安そうな表情をして、渋々しぶしぶ了承してくれる。


「とりあえず、先に移動してもいい?そこでやりたいことがあるんだわ」


 そういうと、嵐山は刀を用意して、ある程度動き回れる広場に案内してくれと要求する。

 別に拒絶きょぜつするほど変な内容だったりということもないので、特になんの文句もんくも言わずに案内をしてくれる。

 謝罪しゃざいのおかげで心のわだかまりを払拭ふっしょくすることができた影響で、今になって周囲の情景じょうけいが目にしっかりと映る。


 人の声どころか気配けはい一つないほど静寂せいじゃく神秘しんぴに包まれていて、その他の、例えばイノシシだったり鹿シカのように山奥や森林を拠点に活動している生物の反応一つ感じられない。

 ただ、そんな現状でもみょう恐怖きょうふではなく神秘的しんぴてきだという感想が先に出るくらいに生物が居ない理由になぞ説得力せっとくりょくがあり、妙に納得してしまう。


「ここで大丈夫か?」


 周りの景色けしき見惚みとれていると端正たんせいな顔立ちの女性剣士から――


「…はぁ…そういえば自己紹介をしていなかったな、私の名前は杉山泉すぎやませんだ。性別は「」だからそこのところはよろしく頼む。良ければ貴方のことも教えてくれ」


 明らかに思考中しこうちゅう邪魔じゃまされたような気もするが、おどろくべきことに、これほどまでに整っていながら幼く女性のような顔立ちと少女のような小さな肉体をしているというのに、男性だというのは、中々に信じきれないが、確かに声が男のような気がしなくもない気がする。


「俺は嵐山誠あらしやままことって奴だ。まぁ、バレちまったから言うけど元々刀かたなを扱っててぇ…ってか、杉山さん?男だったんですね!!」


 言いたいことがありすぎて、話の順序がごっちゃになってしまっている。


「それ以上私の性別に関することは言わないでくれ…先に粗相そそうをしておいて申し訳ないが…私は男でありながらこれほどまでに小さなからだであることに劣等感れっとうかんを抱いててな。もしもう一度言われたら、自分自身がおさえられなくなる気がする。」


 申し訳なさそうな表情はしているのは確かだが、奥底おくそこめられている抑制よくせいされた感情かんじょうはメラメラとたぎ感情もの悲痛ひつうにまみれた実状じつじょうが分かる。

 今思い返してみると、結構けっこうな回数性別に関することを脳内で考えたり、してたのは、大分失礼だったなーと思う


「まぁ…この話はやめましょう。とりあえず、目の前の―――」


 思考をさえぎられて確認するのが遅れたが、今になってようやく目の前に広がる景色を目にける。

 さっきまでの雑な道を通っていた時は辺りが全て竹で包まれていて見渡みわたせる程度の空間くうかんすら確保されていなかった。

 それは、手入れがされていない様子だったから当然なのかもしれないが、それでも今目の前に広がる光景こうけいは全ての前提ぜんていくつがえ


 不自然ふしぜんなほどに均衡きんこうのとれた比率ひりつの空間で、辺りの竹の全てが場のふち規定きていしているかのように規則的きそくてきで、明らかな人の手が加えられているように感じた。

 ただ、地面の様子や即席そくせき物置ものおき稚拙ちせつな出来具合を確認すると、その認識にんしきあやまりであることが分かる。

 

 要するに、多少の手はくわえられているものの、ほとんどが人工的じんこうてきにつくられた場所というわけではなく、場のほぼ全てが自然しぜんによって形成けいせいされた神秘の景色ユートピアともいえるべき奇跡きせきのような立地であった。


 立っているだけで鍛錬たんれんに対する意欲いよくき立てられるような雰囲気ふんいき充満じゅうまんしていた


「ここが、私が普段修練しゅうれんを行っている修行場しゅぎょうばの一つだ。ここで問題ないか?」


「…あぁ、ここなら…俺も強く…」


 こんなにも鍛錬たんれん最適さいてきな場所に連れてきてもらってうれしいはずなのに、喜ぶべきはずなのに、暗い顔が中々晴れない

 その様子を少し離れたところから見ていた杉山が物置の方向に向かい、何かを持ってきた


にぎれ。」


 うつむいていた嵐山に1m程度ていどの細長い物体を投げてくる。

 咄嗟とっさ出来事できごとだったがそれを嵐山はあたふたしつつもらえる


 その物体を触った瞬間しゅんかん嵐山は理解した。この物の正体と、これを通して伝えてこようとしている杉山の真意しんい

 

「やっぱり…バレてたか。」


 すでに杉山は構えていた。現代の日本では見たこともないようなかたとらわれない未知みちの構えだった

 ただ、油断ゆだんができるような雰囲気ふんいきなどではなかった。表情を見ればわかる。相手は確実に自分を殺しうるほどの程の鬼気ききを放っていた

元よりそもそも手加減するつもりもなかったので現代剣術げんだいけんじゅつの構えをとる


 その構えに杉山は多少のおどろきはするものの、一瞬にしてその意識を戦いにとうじる


 この両者を一言で表すならば、

 神速しんそくにも等しい一太刀で一撃にして相手をほふ一撃必殺いちげきひっさつ嵐山誠あらしやままことと、超越ちょうぜつ技巧ぎこうと得体のしれない覇気はきによる恐怖きょうふせによって相手の感覚をにぶらせる威風堂々いふうどうどう杉山泉すぎやません

 似ているけど、全く異なる二人の剣豪けんごうの戦いが、今始まる


 バシュゥゥ―――カサガサガサカサユラユラ

 既に、初めの一太刀は、放たれていた。物体同士が激しくぶつかり合う音が辺りの大気たいきを、植物を揺らす。

 初めに十八番おはこ一撃必殺いちげきひっさつ級の速度そくどにて相手の間合いに入り込み、その洗礼せんれいされた刀さばきによって相手の弱点である首を的確に捉えた

 嵐山の戦闘の歴史においてこの必中一撃ひっちゅういちげきの攻撃にて仕留しとめられなかった者は誰一人として存在しなかった。


 ただ、今回の相手は違った。


 当然と言わんばかりにその超高速ちょうこうそく一撃いちげきを受け止め、そして川を流れる水のように華麗かれいに、そして優雅ゆうがに受け流す。その一連の動作にはまるで力が使われておらず、自然体しぜんたいによって行われていた


 嵐山はその様子に一度距離間合いをとる。初めての体験に嵐山は武者震むしゃぶるいと笑みがこぼれる。

 初めての好敵手ライバルとも呼べるほどの対等、もしくは自分以上の相手と戦えて直球的にうれしいという感情が抑えられない。


 その様子を見かねた杉山は非常に悪い笑みを嵐山に対して向け、見せびらかすように手の甲を突き出し、指を天に向けこちらに来いと手招く。


 その行為に乗る嵐山は、今一度杉山に対してイノシシのように突撃する。ただ、今回の攻撃はさっきの攻撃とは違い、刀が到達する直前に体を素早く360度回転させ、全身の力を使って逆の方向から叩き込む。

 もちろん手ごたえはあったのだが、今回も不発ふはつだった。


 刀を頭上から下向きに伸ばし、目をつむりながら容易に受け止めてくる。 

 ただ、今回は一歩も引かず、その場から天性てんせいの肉体から放たれる超高速ちょうこうそく連撃れんげきを杉山相手に放ち続ける

 高揚によって呼吸すらできなくなるほどに嵐山の調子は絶好調ぜっこうちょうだった。今まで見たこともないほどの最高のパフォーマンスを、今見せていた。


 にもかかわらず、そのすべての攻撃を軽くいなし、避けきる。

 自分の力とはどう考えても釣り合わないほど軽量な力で受けきられるのに少しだけ腹は立つが、逆にそのしゃくさわ態度たいど闘争意欲とうそういよくをさらに刺激する。


 嵐山は挑発的な態度による激昂げきこうと、戦闘による歓喜かんきによってどんどん力と速さが増していく。

 なのにだ、どれだけ速く刀を振るおうとも、どれだけ万力まんりきが如き力を放とうとも、その全てを最小限さいしょうげんの動きでいなし続けてくる。

 杉山の表情にはまだまだ余力よりょくが残っており、常に全力以上の力を使い続ける嵐山が先に息が切れそうなほどである


「…やめだ」


 杉山がそう小さく発すると、今までいなし続けるだけだった刀を、つかを使って嵐山の脇腹わきばら辺りを突く。

 自身の速さが上乗せされた想像以上の痛さにもだえ、地面に手を突き今にも気絶きぜつしそうなほど辛そうな表情になる

 杉山はその様子を手助けするでもなく頭を踏みつけるでもなく、ただ見守っていた


「貴方は…『やいばこころす』という言葉を知っているか?」


 突然話をし始める杉山に戸惑う暇すら与えず、次の言葉を放つ


「今から話すことは一武士の戯言ざれごとだとでも思ってくれ。これは、私が考え、信条としている言葉でな、刀、広く言えば武具と主の心が一つになって初めて刀は真価を発揮し、「」となる。心を通わせ、共に戦地を潜るといつしかどんな刀とも心を通じ合わせることができる。そして、心を通わせた刀は、独自の魂を形成し、主の考えに応えてくれるというものだ。」


 先ほども言った通り、この言葉とこの考えは、杉山自身が発案したものだ。

 だが、嵐山はこの言葉と思想に聞き覚えがあった。どこで聞いたかということは覚えていない。単純に似たような考えを抱いたことがあるだけかもしれないし、それっぽいことを聞いたことがあるだけかもしれない。

 ただ、この杉山が話してくれた内容に絶対的な聞き覚えがあるのだ


「貴方は…これをおろそかにしている。力任せに刀を振るい、過剰かじょうな速さで刀を扱う。そのような事では、刀が刃となることはないだろう。これを理解して初めて貴方は強くなれる。」


 この発言など一個人の戯言ざれごとと感じる者もいるだろう。現に彼自身が自分が考えたことだろと明言している。

 だが、嵐山にはこの言葉が妙なほどに納得できる。


「私はいつでも戦ってあげよう。技術を高めたいという目的でも、身体を鍛えたいという目的でも、何でもいい。貴方との戦いは、惜しいと感じることさえあれど、十分に楽しいと思えるからね。」


 そう言い残すと、嵐山に背を向けてただ一人広大な土地の中心で舞のように綺麗な素振りをし始める。

 嵐山には、その背中が、ただ過ぎ去るだけのはずの背中が、辛く、重く鋭利なナイフで刺されるように痛い。


「…刀と、心をか…」


 初めて聞いたはずの言葉なのに、嵐山自身にはこの行為が自分にはどう足掻いてもできないような気がした。

 何度なんども試して、結果何度も挫折ざせつした事があるような気がした。


「…杉山さんは…なんであんなに静かなのに…だったのかな…」


 そう考えた途端に脳裏をよぎる二つの人影


 朧気おぼろげで、不確定で、断言できないけど見覚えのある温かみのある二つの人影。

 片方の影には常時黒塗りのようなもので上書きされており、姿が確認できない。もう片方の影は姿から顔まで視認できる。

 非常に端正な顔立ちをしている女性であり、腰のあたりまである邪魔なのではないかと思うほどに長い髪が特徴的であった。

その二つの影は、刀を振るっていた。女性が、男に教えるようにしていた。模擬形式の試合のようなものを要所要所教えるようにして行っていた。

 女性のほうは、模擬戦の時こそ冷静沈着といった姿で、元よりきれいな容姿が合わさって非常に様になっていた

 ただ、模擬戦が終わったらさっきまでの氷のような無表情が嘘のようになり、楽し気な表情に早変わりする。


『泉允!が全然なってないよ!!』


『もう…やっぱり強いな君は。全く勝てる気がしないよ。子供の前なんだからちょっと位手加減してほしいところだけどね。』


(…父さんの声だ…ってことは、あの人ってもしかして…」


 今、ふたをされていた全ての感情と記憶がよみがえってきた。悲痛にまみれた記憶も、楽しかったころの記憶も、全てを含んだ自身の過去

 目の前で和気藹々わきあいあいと楽しんでいる夫婦の正体と、自信が忘れてしまっていた絶対に忘れてはいけなかった思いを。


「そう…だったのか。昔の俺のほうがすげぇじゃん。っし行くか。」


 元より、嵐山は足りなかったのではない。

 今、勝利へのピースはすべて整った。

 



 



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