第4話 異端

1

 その転生者はまだ少女といっていい年頃の女性だった。名前はコトネ・アリカワ。黒い髪と瞳を持つ、ショウと同じニホンから来た違法転生者だ。

 違法転生者は十日に一度のペースできている。慌ただしくて気が付かなかったが、確かにショウが転生してから十日程度経っていた。

 コトネも今までの転生者と同じように牢屋に入れられた。その際、ショウがあらかじめ色々話してくれたおかげで、大人しく指示に従ってくれたのは助かった。魔物に襲われていた時は取り乱していたが、ショウと話をしてからは落ち着いている。今もショウとウォレスが牢屋へ様子を見に行っているから、問題はないだろう。

 問題があるのは、ミルバの置かれた状況である。

 オーランド総騎士団の執務室には、コナルガルフ騎士団の上層部たちが集まっていた。理由はコトネ・アリカワの処遇だ。

 椅子に腰掛けたオーランドの前にミルバは立っていた。その両横に上層部たちが並び、そこには騎士団長であるヤシヴドやゼンも当然同席している。ミルバはいつものように両腕を後ろにまわして立ち、三方向からくる圧を受け止めていた。その中でも殊更威圧感を放つヤシヴドが責め立てる。

「我が国に転生者が二人も同時に存在したことなどない。どうするつもりだ、ミルバ隊長」

 どうするも何も、ショウを送り返せなかったのは返転の儀式が失敗したせいだ。文句なら神官に言ってくれ。そう思いつつ口に出せるはずもなく、ミルバは神妙な顔で沈黙を保った。

「返転の儀式はどうなっている」

 オーランドが低い声を室内に響かせれば、神官長が一歩前に出る。

「何度も調査しましたが、前回の失敗の原因は不明です。ですが、あれから魔道具も一新し魔法陣も作り直しました。問題ないかと」

「いつできる」

「今すぐでも」

「よし」

 年老いてもなお鋭い眼光が、ミルバを真正面から貫く。

「聞いていたな、ミルバ隊長。今から返転の儀式を行う。コトネ・アリカワとショウ・クボタ、両名を儀式用の部屋へ連れてこい」

「今から、ですか?」

「何か都合が悪いのかね」

「いえ、失礼しました。今すぐに」

 ミルバは深く頭を下げると、くるりと体を反転させて部屋を出ていく。ゼンの心配するような視線も、ヤシヴドの嫌悪に満ちた視線も気づいてはいたが、ミルバが何か反応を返すことはなった。

 城内の廊下では、執務室の扉のすぐそばでアークレナが待機している。部屋から出たミルバが歩みを止めずに廊下を進めば、アークレナも斜め後ろをついてくる。

「今から返転の儀式を行う。ショウとコトネを連れてこいとさ」

「今から? 随分と急ですね」

「まぁ転生者が二人もいるなんて初めてだからな。早いとこケリをつけたいんだろ」

「儀式は上手くいくんでしょうか」

「さぁな。神官長は問題ないと言っていたが」

 早歩きで廊下を進めば、すぐに城外へ出る裏口が見えてきた。外はまだ日が高く、太陽が沈むにはまだ数時間ありそうだ。

 地下の牢屋へまっすぐ行こうとしたが、ミルバはそこで一度足を止めた。振り返れば、アークレナが疑問を顔に浮かべてこちらを見ている。そんなアークレナへミルバは一つ命令を下した。

「アーク、悪いがイトリの詰所までひとっ走りしてきてくれ」





 地下の牢屋は普段よりも騒がしかった。どうやら囚人たちにも二人目の転生者が現れたということが広まっているらしい。いつもはミルバを見るだけの囚人たちが、今日はアレコレを声を飛ばしてくる。無論、すべて無視したが。

 コツコツと足早に歩けば、すぐに緑と赤の髪の毛が目に入った。隊長、と先に気づいて声を上げたのはウォレスの方だ。ショウは牢屋の方を向いて何か話していた。

「どうなりました?」

「返転の儀式を行うから、部屋まで行くぞ」

「今からっすか?」

「今からだ」

 ショウもウォレスも驚いていたが、すぐに別々の行動へと移った。ウォレスは看守をしている騎士へ事情を話しに行き、ショウはまた牢屋の方へと向き直る。

「有川さん、日本に帰れるよ」

「ほ、本当ですか?」

「うん。返転の儀式ってのを今からするんだけど、それで帰れるんだ」

「良かったぁ……。あの、ショウさんも一緒に帰るんですよね?」

「え?」

 えっと、と口ごもりながらショウが伺うようにミルバへ視線を向ける。その時、駆けてくる足音が近づき、荷物を抱えたアークレナが現れた。彼はその荷物をミルバに手渡し、それはそのままショウの胸へと押し付けられた。理解が追い付いていないまま、ショウは反射的にそれを受け取る。

 それはショウがここへ転生した時に着ていたニホンの服。帰るならニホンの服を着ていた方がいいだろうから。

「これって、おれの……?」

「ああ。着替えてこい」

 ニホンの服を着てこいという意味が分からないほど馬鹿ではあるまい。ショウの表情が、驚きから喜びへとじわじわと変わっていく。そして場を弁えない大声で喜びを露わにするのだ。

「……ありがとう」

 だがショウは大声を上げることも、べらべらと聞いてもいないことを喋ることもなかった。間違いなく喜んではいるのだが、表立って爆発させることはなく自分の中だけで落ち着いている。そしてまがい物の赤い瞳に宿る感情は、喜びや嬉しさだけではなかった。

 ミルバは戸惑いに眉をしかめ、思わず隣にいたアークレナを見る。彼も同じように想像と違うショウの反応に少し困惑していた。

「どうした、帰りたくないのか?」

「いや、違っ、帰れるのは嬉しいんだけど」

 ショウは視線を逸らし、なぜか若干照れて頭をかく。ますます意味が分からず、ミルバとアークレナは首を傾げた。

「正直に言えよー、ショウ」

 後ろから聞こえてきたウォレスの声は、あからさまなからかいを含んでいた。ウォレスは鍵を片手で弄びつつ、にまにまと口元を緩めている。オレンジ色の瞳を愉快そうに細めてさらに言葉を続けた。

「隊長とバイバイするのが寂しいです、って」

「ウォレスさんっ!」

 地下に反響した大声が耳を劈き、ミルバたちの表情が歪む。ショウは一人パニックになりながら、ミルバたちには慌てて謝り、ウォレスのことは赤らんだ顔で睨みつける。だがウォレスにそんな抵抗が効くはずもなく、逆効果とばかりに笑い声をあげた。

「隊長聞いてくださいよ。二人を待ってるときにショウの奴――」

「わー!」

 先ほどよりも更にワンランク上の大声が響き渡る。いい加減にしろ。ショウは口を引きつらせ、うんうんと唸り声を上げ、俯いて、そしてぼそぼそと喋りだした。さっきまでの声量は何だったんだと思うほどの小声だ。

「……ミルバさんたちとお別れしなきゃならないのが、さみしいなって、思って……。それもこんな急だとは思ってなかったから。でもこんなの駄々をこねる子どもみたいだし、恥ずかしくて。それなのにウォレスさんがバラすから!」

「だってお前がさっき言ってたんじゃん。帰りたいけど帰りたくないって」

「言ったけども!」

 消え入るような声が段々と大きくなっていく。ショウはウォレスの胸倉を掴んでがくがくと揺さぶるが、バラした相手はけらけらと笑うだけだ。ウォレスの方が背も高いから堪えている様子もない。

 まるで兄弟喧嘩の様相にミルバは盛大にため息をついた。こっちはひりついた会議終わりで神経が張り詰めているうえに、すぐに転生者を連れてこいと言われているのだ。遊んでいる暇はない。

「ウォレス、鍵を開けろ。ショウ、着替えてこい」

 わちゃわちゃと未だにもみ合いを続ける二人へ冷たく命令を出す。二人は怒られた原因をお互いに擦り付け合いつつ、指示通りに動き出した。まったく、真面目に働いてくれるのはアークレナだけだ。

「随分と懐かれましたね」

「ガキだってことだろ」

「……隊長。良かったですね、ここが牢屋で」

 そのアークレナがよく分からないことを言いだした。怪訝な顔を向ければ、アークレナも口元が僅かに緩んでいる。

「だって照れてるでしょう? 隊長はストレートに好意を示されるのが苦手で――痛っ!」

 青い頭を思いっきりはたいてやった。拳じゃなかっただけ感謝しろ。アークレナは何で俺が、と呟きながらはたかれた頭を抱えている。何でも何もあるか。

 珍しいアークレナの悲鳴に、着替え途中のショウと鍵を開け牢屋の中に入ったウォレスがこちらを見る。ミルバはまるで犬でもあしらうようにしっしと手を振って、二人の興味をまとめて追い払った。

 三人ともふざけてないで仕事をしろ。ミルバは二度目のため息をついたが、その表情は少しだけ柔らかかった。

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