5

 悪酔いをするような飲み方はしないが、それでも次の日が休みなのはありがたい。新しく違法転生者が来ない限り、今日は予定通り休みだ。イトリの唯一良いところは、違法転生者が来ない限りは急ぎの仕事も常駐しなければならない仕事もないということ。

 勿論、休日であろうとショウは一人にはできない。前日にショウの希望を聞いてみれば、ミルバと二人で街を見て回りたいと言う。ウォレスたちとも話し合い、午前は二人が、午後はミルバがショウと一緒にいることとなった。午後からならば酒も完全に消えるだろう。

 ウォレスたちと昼食をとっていたショウを店まで迎えにいく。だがいざ街を見て回るのかと思いきや、ショウは最初に出会った丘へ行きたいと言い出す。ミルバは望み通りに丘まで連れてきてやったが、そこで大きく息をついた。

「で、何か話したいことがあるんだろ」

「あ、やっぱり気づいてた?」

 流石だなぁ、なんて言ってショウが笑う。流石も何もあるか。二人で街に行きたいのかと思えば、すぐに人のいない丘に行きたいと言い出す。ミルバにしか話せない何かがあると言っているようなものである。

 丘の上はいつでも風が吹いていて、今日もショウの短い赤毛が揺れていた。

「転生者って、昔何があったの?」

「誰かに聞いたのか」

「ううん、なんとなく。転生者があんまり好かれてないのは分かってたし」

 そう言うが、ショウはどこかしょぼくれた顔をしていた。あの様子を見るに、誰かから聞いたのであろう。ヤシヴドもまさか直接言いに来るほど暇ではないはずだから、市民か騎士か。勿論、ショウが転生者とは知らずにだ。転生者を嫌っているのは、何もヤシヴドだけではない。

 ミルバは適当な石に腰掛けた。ここから見えるコルナガルフ城は相変わらず美しい。

「昔は転生者が来ても、牢屋には入れてなかった。だから街中も自由に行き来できたんだが」

 ショウもミルバのすぐそばに腰を下ろした。地べたに座った分、ショウを見下ろす形になる。

「お前よりも幼かったから十代だろうな。転生してきた少年が、装備もなしに外へ出ていった。それも少女と共に」

「その女の子も転生者?」

「いや、コナルガルフの住人だ。そして……」

 ミルバはそこで言葉を止めた。伏せた視線の先は土煙る地面だが、瞬きをすればあの光景が蘇る。

「二人とも魔物に殺された」

 ひゅっ、とショウが息を飲んだ。

 ミルバや騎士たちが駆けつけたときには全てが遅かった。血溜まりに哀れな死体が二つ。少年が少女をかばうように重なり転がっていた。

「転生者が少女を連れ出したせいで二人は死んだと大問題になり、それから転生者は牢屋に入れておくことになった。転生者は厄災だとな」

「……」

「二人がどういう経緯で街の外へ行ったのかは分からないが、二人が死んだことは事実だ」

 今日は一段と抜けるような青空が広がり、透き通った空気は街の賑わいすら聞こえてきそうだ。だがそこにいるはずだった少女の声は聞こえない。

 当時のミルバはまだ騎士という肩書きであり、違法転生者の監視義務もなかった。けれどミルバを責める声は多く、あの時守ってくれたゼンには感謝している。異世界転生取締部隊として独立した部隊になったのもこのあとすぐだ。一人では部隊として成立しないからと、ウォレスとアークレナもこの時入隊した。

「……怖かっただろうなぁ」

 ショウはぽつりと呟き、自身の両手を合わせて静かに目を閉じた。それが何を意味する動作なのかは知らないが、きっと亡くなった二人を思っているのだろう。やがてゆっくりと瞼が開き、黒い瞳がミルバを見上げる。

「じゃあ、イトリはすごく大事な部隊なんだね」

「いや……そうでもない」

 厄介者の転生者に時間をかけ過ぎだと批判の声は常にあった。

 ヤシヴドのような過激派は、転生者は追放すればいいと度々言っている。そうすればわざわざイトリなどという部隊も必要ない。見つけ次第街の外へ放り出せばいいだけなのだから。あとは野垂れ死のうがどうしようが、コナルガルフには関係ない。

 イトリはいつだって解散の危機に瀕している。そしてイトリがなくなった時、ミルバが騎士に戻れる保証などなかった。だからミルバは嫌で仕方がないイトリにしがみついている。人気がなくとも疎まれようとも、ここで八年生きてきたのだ。

「街の人の反応知ってるだろ」

 流石にそんな過激派の意見をショウには伝えないが、彼とて仕事中に何度も耳にしたはずだ。

「あー、確かにがっかりされたなぁ。ミルバさんも大変なんだね」

「そうだよ。だからこれ以上俺に迷惑かけんな」

「あははっ、それは約束できないかも」

「しろよ」

 何がそんなにおかしいのか、ショウはけらけらと笑う。ミルバは聞こえるように大きくため息をつくと、ショウをじっとりと睨みつけた。

「ったく、俺がイトリだってことに感謝しろ」

「うん」

 間髪を入れずにショウが頷く。疎むようなミルバの視線も気にせず、彼は目が眩むほどの笑みを浮かべるのだ。

「おれは、ミルバさんがイトリの隊長で良かった」

 心の底からそう言っている。ショウ・クボタが思ったことをそのまま口から出す人間だということは、もう嫌という程知っている。

 赤い瞳が日光を浴びてさらに輝く。反射する光を真正面から受け止めてしまい、ミルバは思わず顔を逸らした。

「……そりゃどうも」

 今日は天気が良すぎるせいか、太陽は眩しいし少し暑いくらいだ。

「ミルバさんはなんだかんだで優しくて、おれの面倒も見てくれるし、連れてってくれるお店のご飯は美味しいし。それにウォレスさんとアークさんもすげぇいい人たちだね! ほんと、最初に会ったのがイトリの人たちにで良かったなぁ」

 ショウはまた聞いてもいないことをべらべらと喋っている。そろそろこいつの口を縫い付けたほうがいいかもしれない。結局敬語も抜けているし。ミルバは文句を言うのも面倒になって、目をつぶった。

「ミルバさん!」

 今もまた、馬鹿でかい大声でミルバを呼んでいる。何をそんなに叫んでいるのか。

「ミルバさん! 魔物が!」

 その言葉にミルバはかっと目を開き立ち上がった。ショウが指差す先は門の外。狼に似た魔物と帽子を被った人間を認識すると同時に、ミルバは丘を走り下りた。

「ショウ! 来い!」

 遅れてショウがミルバの後をついてくる。ミルバにとっては何ともない坂道だが、慣れないショウは何度か転びそうになっていた。だが必死にバランスを取り、遅れないように後ろを追ってきている。

 丘をほとんど下り終えた辺で、ミルバを腰から剣を抜いた。

「お前はあの人を連れて街まで逃げろ! 魔物とは戦おうとするな!」

「わ、分かった!」

 ミルバは逃げる人と魔物の間に体を滑り込ませる。人の方へちらりと視線を向けてみるが、傍目で分かるほどの大怪我は負っていないようだった。小柄だったから女性に思えたが、深く被った帽子で顔は分からなかった。

 剣を構えて魔物の意識を自分へと向ける。背後でショウの声がしたから、あとは街の方へ逃げるはずだ。

 ふっと短く息を吐いて集中する。目の前で牙をむく魔物は、数日前にショウを襲った魔物と種類は同じであったが、サイズは一回り大きかった。あの体の大きさで迫られれては、こちらが力負けすることは目に見えている。

 魔物はぐんと一気に距離を詰めると、その鋭い爪をミルバへと大きく振りかぶった。ミルバは正面から剣でその爪を受け止めたが、やはり力は魔物の方が強い。それが分かっていたから、ミルバはあえて力を抜いて後ろへ下がった。突然力をかける先が無くなった魔物は、一度バランスを崩す。そこを見逃しはしなかった。

 今度距離を詰めたのはミルバの方だ。魔物の横へと足を滑らせ、その首めがけて剣を振り下ろした。一刀両断とはいかなかったが、半分以上めり込んでしまえば同じこと。叫び声はあげたが、抵抗する力はもはや魔物に残っていなかった。魔物は息絶えたことを確認してから、ミルバは剣を引き抜き、ぶんと振って血を飛ばす。辺りを見回してみたが、他に魔物の姿はなかった。

 ミルバは小さく息をつき振り返った。ショウはどこまで逃げただろうか。魔物の脅威はなくなったが、怪我をしているかもしれないし、あの女性は早いところ街まで送り届けた方がいい。

「は?」

 だがミルバの思いとは裏腹に、ショウと女性は少しだけ離れたところでしゃがみこんでいた。あれだけ逃げろと強く言ったのに何をしているのか。いや、それとも動けないほどの怪我を負っていたのか。

「ショウ、どうした!」

 なんにせよ話を聞かないことには何も分からない。ミルバは剣を鞘に戻して、小走りで彼らの元へと近寄った。女性は地面にぺたんと座り込み、ショウは女性を守るように前に出ている。

「ミルバさん……」

 ミルバを見上げるショウの顔は、驚きに目を開き戸惑っていた。あれだけよく喋る男が、今は言葉なくどうしていいか分からなくなっている。何があったとショウのすぐ横にしゃがみこんだミルバは、我が目を疑った。強張った体に、思わずごくりと唾を飲み込んだ。

 女性が目深に被っている帽子から黒い髪の毛が流れ落ちる。涙をためて恐怖に震える漆黒の瞳が、ミルバの視線とかち合った。

 ミルバが異世界転生取締部隊となって初めて、二人同時に違法転生者が存在した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る