第3話 新人と隊員たち

1

「今日付けで、異世界転生取締部に新しい人員が配置されることになった」

 もはや言う意味もないが、ミルバは一応定石通りに言葉を連ねた。イトリの詰所の外で誰が聞いているか分からない。まぁそんなことをする物好きはいないと思うが。

「彼は俺の親戚であり、右も左も分からない田舎者のド新人だ。それを考慮して指導してやってほしい」

 ミルバの斜め後ろで、親戚という設定になっている青年がそわそわしていた。ウォレスはにやけ顔が隠しきれていないし、アークレナはいつもの重たい瞼が更に重たくなっている。二人とも気持ちは分かるが真面目にやれ。

「では、挨拶を」

「はい! ショウ・クボタです! よろしくお願いしまーす!」

「クボタは名乗るなっつっただろうが」

「あ」

 魔法で髪の毛を赤く染めたショウが、すみませんと恥ずかしそうに笑った。



 


 違法転生者であるショウ・クボタを異世界転生取締部隊に所属させる。

 無謀としか思えない提案だったが、存外にもオーランド総騎士団長からは許可が出た。勿論、最初は難色を示していたが、ミルバとて馬鹿ではない。総騎士団長を説得するためにいくつかの案を用意して会議に出ていたし、何より、その場に同席していた第三騎士団長ゼンのフォローが大きかった。

 まず、ショウが転生者であることは隠す。瞳は濃い赤、髪の毛は鮮やかな赤に魔法で色を変えている。ショウが転生者だと知っているのは、イトリの三人と騎士の上層部、一部の神官だけだ。牢屋の看守たちには居場所を移したと伝えている。

 次に、ショウはミルバの親戚とする。田舎からやってきて、少しの間騎士を体験してみるというていだ。それならば返転の儀式で急にニホンに帰ったとしても、田舎に戻ったと言い訳が聞く。

 そして、ショウは必ずイトリの誰かと共に行動をさせる。基本的には隊長であるミルバがその役割を担うだろうが、とにかくショウを一人にさせないこと。宿も一人暮らしのミルバが連れて帰るか、ウォレスたち若手騎士の宿舎へいれるかの二択。

「そこまでして所属させなくても、看守の人員を増やせないのか」

 そう言われることは想像していた。

「おそれながら、たかだか転生者一人のために看守を増やすのは、あまり得策ではないかと。騎士は魔物討伐へ回し、違法転生者に仕事をさせれば一石二鳥です。牢屋に入れておくにも金がかかりますので」

 だからちゃんと返答を用意しておいた。そこにショウは脱走癖以外の素行は決して悪くはないこと。外に出た時も、悪事を働かず人に危害を加えもしなかったことを話す。そしてゼンがイトリは信頼できると口添えしてくれ、あくまでショウを監視するため、というスタンスでの所属が決まった。

 そう言った内容を、ミルバは三人に増えた部下にざっくりと話した。ただし、伝えなかったこともある。

「そんな手間を取るぐらいなら、違法転生者など殺せばいいものを」

 会議に同席していた騎士団長は第三のゼンだけではない。第五騎士団長もそこにはいて、彼は生粋の転生者嫌いだった。会議終わりにすれ違いざま聞こえた言葉は、独り言と片付けるには些か大声であった。

「コナルガルフではその様な野蛮なことをしないため、私たち異世界転生取締部隊が設立されたと記憶していますが」

「おっと失礼、気にしないでくれ。独り言だ」

 彼は振り向きもせず、片手をひらひらとさせながら部屋を出ていった。この件に関しては、いらぬ喧嘩を買ってしまったと思っている。そしてわざわざ部下に話すことでもない。第一、転生者やイトリを嫌う者たちが少なからずいることを、ウォレスとアークレナの二人は嫌というほど知っている。

 ここで支給された服と黒いローブにはしゃいでいるショウは、知りもしないことだろうが。

「すげーゲームキャラみたいな服だ!」

 ショウが元々来ていた服はイトリの詰所に置いている。今はミルバたちも普段来ているのと同じような、どこにでもあるシャツとパンツとブーツ、それにイトリの唯一の制服である黒のローブだが、転生者のショウには物珍しいようだ。膝まであるローブを翻らせて遊んでいる。

 剣は扱ったことがないと言うので、ミルバたちが使っている騎士用の長剣ではなく、最低限の護身用として短剣を持たせた。ただし、よほどのことがない限り抜くなと強く言い聞かせている。

「さっきも言ったが、クボタは名乗るな。こっちじゃ存在しない響きの姓だから、転生者だと一発でバレるぞ」

「じゃあどうすればいいの?」

「基本的には名前だけだ。別に怪しまれやしない。どうしても姓が必要なら、カザロイドを名乗れ」

「それってミルバさんの苗字だよね」

「ああ。相変わらずよく覚えているな」

 名前だけならまだしも、あの状況下でフルネームを聞き取っていたとは。やはり度胸だけはあるらしい。いや、深く物事を考えていないだけか。あれだけ泣き喚いたというのに、泣くだけ泣けばけろっとした顔で平然としてる。

「なら、隊長の甥ってところすかね」

 話に入ってきたウォレスの顔には、面白いことになったと隠す気もなく書いてある。

「甥だと? そんな年齢じゃ……おいショウ、歳は」

「二十一だよ」

 十代後半ぐらいに見えていたが、存外歳を取っていた。ショウが童顔なのか、ニホンでは二十を超えてもこんな幼い見た目なのかは知らないし、興味もないが。彼の楽観的能天気も子どもの世間知らず故かと思っていたが、二十歳を超えてコレということは性格に違いない。

 三十九のミルバと、二十一のショウ。いち早く年齢差をはじき出したのはアークレナだ。

「兄姉の子どもなら、甥でもおかしくはないですね」

 そして幸運なことに、ミルバには田舎でのんびりと暮らす姉がいる。詳細が埋められ、設定がより強固なものになってしまった。他の騎士たちを騙すには都合がいいが、素直に喜ぶのも何だか癪だ。

「叔父さん、子どもの時以来だね」

「速攻で設定を飲み込むな」

 ミルバに睨まれても、ショウは楽しそうに笑っている。そこにウォレスも加わり、性質が似ているのか二人はすぐに意気投合していく。アークレナは変わらず淡々としていたが、若者同士気が合うのか、後輩の存在に少し浮かれているのか、気がつけば輪の中に入っていた。

 雰囲気が悪くなるよりはいいが、それにしても馴染み過ぎではなかろうか。昨日まで逃亡劇を繰り広げていた相手だというのに。

 どうにもショウには、あっという間に人の懐に入る才能がある。きっとこれはチートなどではなく、彼自身の性格や雰囲気によるものだろう。

「おら、仕事するぞお前ら」

「はい」

「はーい」

「うぃーす」

 バラバラの返事をしつつ、ミルバの前に三人が並ぶ。

「ショウ、これからは敬語を使い、俺のことは隊長と呼べ」

「はい、ミルバ隊長!」

 返事は良いが、今までの行動をみるにあまり信用できない。ちょっとテンションが上がるだけで、関係ないことをべらべらと喋りだす男だ。いつぼろが出るか不安だが、まぁそこは田舎者だから仕方がないという設定で押し切るしかない。

「それで、イトリの仕事って何なんですか? 転生者って今はおれしかいないんですよね?」

「ああ。今日の仕事は城内だ。ついてこい」

 




 白で統一された美しい城内の、長い廊下の奥の、さらに隅の、人通りのない薄暗い倉庫。古い武器や防具、鍛錬用の剣や使い古されたマトなどが無造作に散らばっている。それらを使うもの、修理するもの、捨てるものに分けていく。分け終えれば、あとはそれらを然るべき場所へ置いていくだけだ。

 こういった作業は、アークレナに指揮を取らせるのが一番効率が良い。彼の指示の元、男たちは黙々と体を動かし、昼前にはあらかた終わらすことができた。

 慣れない作業に疲労したようで、ショウは大きく息を吐いて床に座り込んだ。そして少し考えたあと、ミルバに向かって口を開く。

「これって雑用じゃない?」

「今頃気づいたか」

 異世界転生取締部の仕事は違法転生者を捕まえ、元の世界へ戻すこと。だが転生者がいない時はもっぱら雑用係だった。それも大体が、他の騎士団から振られた雑用だ。

「昔は違っていたがな」

「雑用係じゃなかったってこと?」

「イトリの仕事の方が雑用だったんだ。あと敬語」

「あ」

 残りはやっておく、というアークレナたちの甘えて、ミルバとショウは先に昼休憩を取ることにした。街の小さな食堂には、お昼時とあって大勢の人が訪れている。

「イトリができたのは八年前。ただその頃は、転生者は年に一回来る程度だ。俺はあくまで騎士団所属で、転生者が来た時だけイトリとして仕事をしていた」

「へー」

「たが五年前ぐらいから転生者の数が増えだして、気がつけば騎士とイトリの比率が逆転していた。今じゃ、転生者は十日に一人程度で来る」

「そんなに来るの!?」

 焼いた鶏肉をフォークに刺したまま、ショウが前のめりに驚いた。ちぎったパンを口に放り込んでミルバが頷く。ショウも遅れて鶏肉を頬張ると、咀嚼もそこそこに口を開いた。

「イトリは転生者を元の世界へ帰してるんですよね」

「ああ」

「こっちの世界に住むのはダメなんですか?」

「それか……」

 それについては、国の上層部たちが散々話し合いを重ねた。色々な意見があったが、方向性が決まったのは五年前のとある事件からだ。それからは転生者との関わりは必要最低限にし、彼らに自由意志は持たせないと決められた。違法転生者は誰であろうと問答無用で元の世界へ返す。

 殺せばいい、という過激な意見もあったが、国家として流石に人殺しを容認するわけにもいかない。

「お偉いさんの会議で決まったんだよ。転生者には干渉せず、送り返すのが丸く収まる」

「最初からいなかったことにする、ってこと?」

「理解が早いじゃないか」

 唇の片方だけを吊り上げて、半ば馬鹿にするようにミルバが笑う。だが、普段なら突っかかってきそうなショウは黙って視線を落とし、フォークで付け合わせの野菜をつついていた。

 思ったことは脳を通さずにすべて口から出てくるタイプの男だと思っていたが、言い淀むこともあるようだ。芋にいくつかの穴が開いていく。

「なんか……事なかれ主義ってどこでもあるんですね」

 ぼんやりと落とした視線は皿に残った芋を見ていない。あれは過去を見ている目だ。まだ子どものような青年だが、彼なりにニホンで何かしらあったのだろう。

「まぁな」

 彼が何を思い出しているか分からない以上、ミルバに言えることなどない。ただ、タイミングよく店員はきてくれた。暖かな湯気のたつマグカップを二つ、ミルバたちの机に置いて笑顔で去っていく。ミルバは茶色い液体が入った方をショウの方へ寄せ、自分は黒い液体の入ったマグカップを手に取った。

 ショウは芋から視線を上げて、今度はマグカップを見つめる。匂いでそれが何かは気づいたようだ。

「お前のはミルクたっぷりだ」

「カフェオレだぁ。ありがとうミルバさん」

「こっちじゃ子どもの飲み物だがな」

「美味しいならいいの!」

 温かいうちにカフェオレを飲もうと、ショウは残った芋を次々と片付けていく。子どもとしか思えない行動に、ミルバはふっと鼻を鳴らす。

「詰まらせるんじゃねぇぞ。クソガキ」

 ミルバが食後のコーヒーをゆっくり飲んでいれば、店の入り口付近から聞きなれた声が近づいてくる。倉庫整理を終わらせたウォレスたちだ。彼らが食事を済ませれば、次の労働が待っている。

 午後からの仕事は街での雑用だ。街での仕事は壊れかけた柵の修理やひび割れた道の補修、強風で倒れた大木の処理などが多い。勿論専門の大工たちがいるが、手が足りなかったり、民から苦情が来ると騎士団が派遣される。今日の仕事は柵の修理だ。

「えー! 騎士さまじゃないのー!?」

「何だよイトリかぁー」

「はいはい、危ないからどいてろ」

 子どもたちにあからさまにがっかりされることにも、もう慣れた。遠くから眺めるばかりの騎士が近くに来てくれる、と聞けば期待する気持ちも分かる。だがイトリはそもそも騎士の命令でここに来ているのだから、文句はそっちに言ってほしい。

 ここでは大工たちの指示に従い作業を進めていく。子どもたちには不評だが、意外と大工たちには評判がいい。という理由も、騎士様たちをこき使うのは気が引ける、というものだから素直に喜んでいいのか疑問だが。だが、プライドの高い一部の騎士たちは指示通りに動かないこともあるようで、イトリの皆さんは親しみやすくて良いです、と言ってくれるのは誉め言葉として受け取りたい。

 ショウとウォレスはあっという間に子どもたちと仲良くなっており、気が付けば最初より子どもの数が増えている。嫌われるよりは好かれる方がいいが、遊びにかまけてやしないだろうか。

「ねぇお兄ちゃんたちイトリなら、転生者も見たことあるんだよね?」

「どんなヤツ? 勇者さまってホント?」

「ばーか、勇者なんているわけないだろ」

 わいわいと話す子どもたちに囲まれて、ショウは返答に困りおろおろしている。まさか自分がその転生者とは口が裂けても言えない。助け舟を出したのはウォレスだ。その場にしゃがみこみ、子どもたちと視線を合わせる。

「転生者のこと詳しいなぁお前ら」

「うん。まおうを倒すために、異世界から勇者さまがきたんでしょ」

「聖女も一緒にいたんだよ」

「伝説の剣でまおうを倒して、異世界にかえったって聞いた」

「じゃあ、その伝説の剣は今どこにあるでしょーか?」

「はいはい! すごく深い地下にある!」

「正解! いやぁそんだけ詳しけりゃ将来はイトリになれるぞ」

「えー、騎士さまのほうがいい」

 素直な意見に笑いながら、ウォレスは子どもたちの頭を撫でてやる。

「でも、わるいやつもいるって聞いたよ」

「ぼく、転生者に会ってみたいって言ったら、お母さんに怒られたもん」

「そりゃ人だからな。良い奴も悪い奴もいるさ。例えば……」

 ウォレスはそこでもったいぶるようにたっぷりと間を開けると、わっと両手を大きく振り上げた。

「オレとかー!」

 がおーと大声で獣の真似をすれば、子どもたちはきゃっきゃと笑いながら逃げていく。わざとバタバタと滑稽な走り方で、ウォレスは子どもたちを追いかける。子どもたちは転生者の話から追いかけっこへと興味を移し、ショウの周りからもいなくなっていた。一人を除いて。

 追いかけっこに混ざらなかった少年が、ショウをじっと見上げている。純粋な瞳にショウも笑顔を返した。

「お兄ちゃん、前にもいっしょに遊ばなかった?」

「え?」

「ほら、むこうの空き地で」

 その言葉にショウの笑顔は一瞬にして引き攣り、ミルバはあることを思い出した。ショウは何度目かの脱走の時に空き地で子どもと遊んでいた、と。ミルバがぎろりと睨みつければ、振り向いたショウと視線がかち合う。冷や汗をかいた様子は随分と情けなく、顔には助けてと書いてあった。

 おそらく、助けなければショウは自爆する。ミルバは呆れを盛大に含んだため息をつき、子どもへと声をかけた。

「気のせいじゃないか? こいつは昨日コナルガルフについたばかりだぞ」

「じゃあちがうのかなぁ。その時のお兄ちゃん、もっとかみのけ黒かった気がするし」

「どこにでもいる平凡な顔だからな、見間違えたんだろ」

 そう言ってミルバはショウの頭を押さえ、ぐりぐりと髪の毛をかき回した。嫌がるショウを押さえつければ、子どもはひとしきりけらけらと笑い他の子どもの元へと走っていく。どうやら誤魔化せたようだ。

「ありがとうミルバさーん」

 頭を押さえられたままのショウが、上目遣いに礼を言う。そして手から逃げようとするから、ミルバは最後にがっつりと髪の毛をかき乱してから放してやった。

「わっ、やめてよぉ」

「尻拭ってやったんだ。これに懲りたら余計なことするなよ」

「はーい」

 髪の毛を直すショウに背を向け、ミルバは仕事の続きへと戻った。子どもたちと走り回っていたウォレスは、アークレナに捕まって怒られている。そんな姿すら面白いのか、子どもたちはウォレスの周りで楽しそうにしていた。ウォレスには年の離れた妹がいるといっていたから、子どもの扱いには慣れているのようだ。

「あの赤毛の子は新入りかい?」

 持ち場を離れたミルバに対して、年配の大工は穏やかで嫌がる顔一つもしていない。

「ええ。俺の甥で、半分体験みたいな感じですが」

「そうかい。素直そうでいい子じゃないか。イトリに入ってくれるといいな」

「……そうですね。まぁ、彼次第ですが」

 ショウが正式に入隊することはない。彼は転生者で、帰る場所がある。神官たちが返転の儀式が失敗した原因を探し出せば、今度こそショウはニホンに帰れる。そういえば神官は何も言ってこないが、儀式の方はどうなっているのか。まぁそのうち言ってくるだろうと、深く考えずにミルバは仕事に戻った。

 この日のショウの宿はミルバの家だ。明日からは騎士の宿舎で、ウォレスとアークレナが交互に泊めることになっている。仕事終わりに夕食を買って帰り、独身男性のさして広くもない家で、二人向き合い食事をとる。客間なんてものはないからショウにはソファーを使わせたが、彼は文句一つ言わなかった。

 ショウにこの街のことを教えたり、反対に向こうの話を聞いたり。こうしていると本当に親戚を預かっているようで、ショウが違法転生者だということを忘れてしまいそうだった。

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