第2話 違法転生者
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異世界転生取締部隊の詰所はなんとも言えない空気が満ちていた。狭い室内に置かれた簡素な四角い机と椅子に、イトリの三人は腰かけている。腕を組んで目を瞑っているミルバ。ミルバの対面に座り、腕を頭の後ろで組んで天井を見つめるウォレス。その横で本をめくるアークレナ。全員の脳裏に浮かぶのは、さきほどの出来事だ。
「これからどうなるんすかねぇ」
気まずい空気を切り開いて一番に口を開いたのはウォレスだった。天井を向いたまま、独り言のように呟く。
「さあな」
本から視線を外さずにアークレナが答える。ミルバは黙って彼らの会話を聞いていた。
「だってさ、儀式の失敗はオレらに関係ねぇじゃん」
返転の儀式は異世界転生取締部隊が設立されてから初めての失敗を迎え、ショウはまた牢屋へと戻されることとなった。ミルバが下した決断ではない。上に指示を仰ぐためウォレスを走らせれば、彼は白銀の鎧をまとった騎士たちと帰ってきた。現状が理解できず戸惑っているショウの左右を、その騎士たちが固める。硬い籠手に背中を急かされ、ショウは転びそうになりながら歩き出した。
「どういうこと!? ねぇミルバさん!」
縋るようなショウの視線がこちらにまっすぐ注がれ、ミルバは思わず顔を背けてしまった。そんな目で見られても、ミルバにはどうすることもできない。
その後、イトリの三人には詰所での待機が命じられた。やることもできることもなく、ただ居心地の悪さを抱えたまま椅子に座っている。
「で、お前は何を読んでんの?」
ウォレスは天井からアークレナへと顔を向ける。アークレナは黙って本を閉じ、ウォレスへ渡した。それは魔法の書であり、その中でも結界や召喚の儀式について詳しく書いている。
「成果は?」
ため息混じりにアークレナは首を横に振る。三人の中では一番魔法や儀式の知識があるアークレナだが、専門家ではないし、そもそも返転の儀式自体そこまで一般的ではない。本になど書いてはいないだろう。
ウォレスはぺらぺらとつまらなそうに本を捲るが、すぐに飽きてアークレナへ返した。体重を後ろに預ければ、椅子の背もたれがぎしりと軋む。アークレナはまた本を開いた。
「だーから、オレらにできることなんてないって。神官に任せとけよ」
「調べるくらいはするべきだろう」
「相変わらず真面目ね、お前」
「俺は職務怠慢だなんだと難癖つけられて、給金を減らされたくないだけだ」
二人の会話もそこで途切れ、部屋の中にはページを捲る音ばかりが残った。椅子がぎしりと鳴らなくなったのは、ウォレスが前のめりになったから。
「ねぇ隊長、昼飯買ってきていいすか?」
ウォレスに想定外のことを聞かれ、ミルバはようやく瞼を上げた。こいつは何を言っているんだ、と胡乱な視線を向ける。頭をがりがりと掻けば、元々整えていない髪の毛が更にぼさぼさになった。
「待機って指示が出てるだろ」
「昼飯ぐらいいいじゃないすか。有事の際に万全の体調で動けるようにしとくのも、仕事のうちでしょ」
どう考えても外に出たいだけの屁理屈だが、一理あるといえばある。待機といえど、詰所から一歩も出るなというほどではあるまい。
「……寄り道はするなよ。俺はこれ以上の面倒事はごめんだ。責任を取らされるのは俺なんだからな」
「あざーす! 隊長たちの分も買ってくるんで期待しててくださいね」
喋りながらウォレスは勢いよく立ち上がる。手早く買い物に行く準備をすると、いそいそと入口へと向かい扉を開けた。上機嫌で出ていくウォレスの背中が、後ろ手に閉められた扉で見えなくなる。ミルバがため息をついて頬杖をつくと、はす向かいのアークレナが苦笑した。
「あれでもあいつなりに気を遣ってるんです」
確かにこのままここで意味もなくくすぶっていては、気分も下がる一方だ。ウォレスのような空気を変える明るさが必要だということも分かる。アークレナはページを捲る手を止めて、ミルバへ顔を向けた。
「多分、それなりに奮発して買ってきますよ」
「よく分かってるんだな、ウォレスのこと」
「まぁ、付き合いが長いので」
表情があまり変わらないアークレナが、珍しく穏やかな笑みを浮かべる。そういえば二人は幼馴染だと言っていた。こういった状況下で彼がとる行動は予想できるのだろう。
だがアークレナはすぐにその笑みを消し、本を閉じると真面目な顔をミルバへ向けた。
「隊長は今回のこと、どう思いますか?」
「神官のミス、で済めばいいが……。何にせよ、うちがいらぬ責任を取らされるのだけは避けたい」
返転の儀式にイトリは一切関わっていない。イトリは転生者を連れてきただけで、誰がどう見たって神官たちに非がある。例えそうであっても、物事の原因となった者と責任を取る者が同じとは限らないのだ。
「イトリの立場は弱いからな」
アークレナがわずかに眉をしかめて頷く。異世界転生取締部隊など、無いに越したことはない部署なのだから。
会話が止まった部屋の中は静かで、外の物音がうっすらと聞こえてくる。遠くの方では、騎士が鍛錬をしているようだ。そんな中、どたどたと忙しない足音が聞こえた。それはどんどん大きくなり、勢いそのままに詰所の入口が開けられた。
「隊長!」
そこにいたのは息の乱れたウォレスだった。どうした、と聞く前にウォレスが続けて叫ぶ。
「ショウ・クボタが脱走しました!」
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