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 返転の儀式はその名の通り、転生者を元の世界へと送り返す儀式だ。イトリが捕えた違法転生者は、だいたい三日から五日の間に、儀式をもって元の世界、ほとんどはニホンへと送り返される。

 その時の転生者の反応は様々だ。嫌がるもの、喜ぶもの、怖がるもの。そして今回のショウ・クボタは。

「くそ度胸にもほどがあるだろ」

 次の日に部下を伴って牢屋に迎えにくれば、硬いベッドの上でショウは仰向けに寝転んでいた。寝ている。とっくの昔に日は昇っているというのに、彼はぐーぐー寝ていた。

 ウォレスに目で促し、牢屋の中へと入らせる。適当に呼びかけ肩を叩けば、ショウはうにゃうにゃ言いながら目を覚ました。

「ショウ・クボタ。ついてこい」

「……ふぁーい」

 寝ぼけ眼のまま、ショウは大人しく後ろをついてきた。暴れる違法転生者には拘束をすることもあるが、この分なら必要なさそうだ。

 先頭にミルバ、ショウを挟んで後ろにウォレスとアークレナが続いて、薄暗い牢屋を進む。

 後ろから聞こえてくる足音が、足を引き摺るようなものから、足を上げて歩くものに変わってきた。ようやく目が覚めてきたのだろう。やがて普通の足音になった時、ショウが急に大声を出した。

「そうだ! 聞きたいことがあったんだ!」

 耳を劈く声に、ミルバの眉間にぎゅっとしわが寄る。

「……うるさい」

「あ、ごめんなさい。で、あの、転生って、生まれ変わりみたいなやつでしょ。……じゃあ、もしかして、おれ、日本で……!」

「ああ、それか」

 ミルバは振り向かず淡々と冷めた言葉を返した。連なって階段を上れば、四人分の足音が不規則に混ざり合う。地上への門が開き、眩しい光が四人を照らした。

「死んだとは限らないぞ」

「……え?」

「違法転生者の転生方法は多種多様だ。高所から落ちた奴もいれば、扉を開けたらとか本に吸い込まれたとかいう奴もいた。トラック? とかいうのに轢かれ――ぐぇ!」

 カエルがつぶれたような汚い声がミルバの口から飛び出す。何かというと、ショウが勢いよくミルバの背中に突っ込んできたからだ。

 視界の隅で噴き出したウォレスと、その頭を叩くアークレナが見えた。隊長が苦しむさまで笑うな。あとで覚えていろウォレス。

 そして今は目の前のこいつだ。

「おい、クソガキ!」

 顔だけ振り向いて怒鳴ってみても、そこにあった満面の笑みには欠片も効いていなかった。

「良かったー! 帰れるんだっ!」

「耳元で叫ぶな!」

 どうやらこのタックルは喜びのハグだったらしい。ハグというよりも背中にまとわりついている。ぐりぐりと無理やり引き離しても、ショウはスキップでもしそうなほど浮かれていた。

「もーびっくりしたじゃん! 怖がらせないでよー。ま、帰れるならいっか」

「いや、お前は記憶がないんだから分からんだろ……」

 ミルバの言葉はもはや届いていなかった。不安な気持ちは分からなくもないが、うるさいことには変わりがない。呆れるミルバの横から、ウォレスとアークレナが能天気に口を開く。

「ま、暴れるよりかはいいんじゃないっすか」

「ええ」

 ミルバは重たいため息をついて、そうだなと声を絞り出した。そしてへらへらと笑うウォレスをじろりと見る。

「ウォレス、あとで話がある」

「え」

 ほら見ろ馬鹿、とアークレナのじっとりとした目つきが語っていた。

 そう、それに、イトリの仕事は転生者を送り返すこと。身も蓋もなく言えば、送り返した先で転生者がどうなろうと知ったことではない。この世界からいなくなりさえすればいいのだ。

 浮かれるショウを引き摺って城の中へと入っていく。ある意味拘束しておいたほうが良かったかもしれない、と思うほどに彼は足取り軽やかで目立っていた。

 そんな一行に騎士や使用人たちの冷ややかな視線が降り注ぐが、八年も浴びせられると慣れたものだ。ミルバたちは気にせず、ショウは気づかず、四人は足を進める。向かう先は昨日訪れた騎士たちの執務室とは真反対、魔法が使える神官たちのいる部屋だ。

 重厚な扉の前で立ち止まり、ミルバはノックをして少しばかり声のボリュームを上げた。

「異世界転生取締部隊のミルバだ。転生者を連れてきた」

 中からの返事は待たず扉を開ける。最初は許可があるまで待っていたが、忙しく動き回る神官たちが返事をしないこともざらにあった。なので最近はとりあえず声だけはかけ、あとは気にせず入っている。

 ここは神官たちの儀式用の部屋だ。窓には目隠しに重たいカーテンがかけられ、床には魔法陣が描かれている。部屋の隅には杖やらホウキやらの魔道具が無造作に置かれ、棚にも物が無造作に積まれている。

 城の中にはいくつもこういった部屋があるが、ここは一番雑に扱われている部屋だった。城を守る結界を張る為の部屋などは、見目と能力、共に一級品の魔道具に囲まれ、空気すら清浄に感じるという。まぁ入ったことのないミルバには知る由もない話だが。

 白いローブを深く被った神官は、まるでミルバたちに今気づきましたという反応をした。そして淡々と口を開く。

「転生者を魔法陣へ」

「ショウ、部屋の真ん中へいけ」

「うん」

 促されるまま、ショウは部屋の中央へと足を進める。この男、警戒心とかないのだろうか。ショウは物珍しいそうに部屋の中をきょろきょろと眺めながら、指定された魔法陣の中央へと立った。

「ではこれより、返転の儀式を行う」

 神官が三人、魔法陣の周りに立って三角形を作る。各々が杖を持ち呪文を唱え始めれば、いつものように魔法陣が淡く発光していく。

「おおっ、なにこれ!」

 ショウは自分の足元を興味津々に見ているが、ちゃんと魔法陣の中央からは動いていなかった。やがて神官の声が強くなり、比例して魔法陣の光も増していく。

 いつもと同じ返転の儀式。あとは、この光が目を開けていられないほど眩しくなり、それが落ち着けば転生者は消えている。

 はずだった。

「やったー日本だー! ……って、あれ?」

 眩い光に瞑っていた目を開け、背けていた顔を部屋の中央へと戻せば、そこには儀式をする前とまったく同じ光景が広がっていた。変わっているのは、期待に満ちていたショウの顔が、きょとんとした表情になっていたことだけだ。

 誰もが現状を理解できずに、その場に立ち尽くしていた。返転の儀式が失敗したという記録はない。誰一人例外なく、この世界から転生者を送り返してきた。

 ゆっくりとした動作で辺りを見回すショウと、呆然としていたミルバの視線がかち合う。無言で見つめあい、先に口を開いたのはショウだった。

「……ミルバさんまで日本に来た?」

「……んなわけないだろ」

 笑えない冗談に、笑えない軽口を返す。ショウの口元は僅かに上がっていたが、笑いたくて笑っているのではなく、混乱のすえに笑うしかないというのが正しい。

 神官たちが慌てて再度呪文を唱えだす。室内はまた光に包まれ、けれどショウはそこに立っていた。

 横にいたウォレスとアークレナも、困惑した様子でショウや神官を交互に見ている。ミルバもただ、じっと見ていることしかできなかった。

 それから神官が何度呪文を唱えても、何度眩い光を放とうとも、ショウがニホンへ送られることはなかった。

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