形のない宝

sui

形のない宝


朝ぼらけ。

欠伸噛み噛み、シート敷く。

眠れる勝者、来るよしもがな。


「おお……一句?一句出来た」

「何言ってんだお前」

「百人一首に倣って、今頃眠ってるあいつらムカつくなぁという気持ちを詠ってみた」

「色々間違ってるぞ」

「眠い」

安さだけで選んだ妙な柄のシートが朝日を反射し、リンタロウの目に染みる。

「そっち抑えたか?」

「ツヤツッヤなのねぇ、君ぃ」

「真面目にやれよ」

「シート広げるだけなのに真面目もクソもないだろが」

「……飛んでったらどうするんだよ」

「俺達二人乗せてヒュンヒュン飛んでいくっつーなら、そらもう一儲けするしかないでしょう」

「レジャーシートで飛んでみた結果」

「後の事件映像である」

「炎上するわ」

「お茶の間で失笑されちゃう」

「それ、失笑じゃなくて嘲笑な」

「日本語検定~」

「どぅえ~い」

荷物で端端を押さえて中央へ座る。地面は当然のように冷たく、じっとりしていた。

「尻の下に何か敷きてぇ」

「寝っ転がればいいんじゃねぇの?」

「落ち着かんて」

バッグを漁って適当な紙束を引き摺り出す。世間がいくら進んだ所で爆発も炎上もせず汚れ役を引き受けてくれるのは結局アナログ様様だ。

「おお、紙よ。願わくば駅構内や店舗出入口から消えません事を」

「俺にもくれ」

「紙がなければ寝っ転がればいいじゃない」

「言ったはいいが、やっぱ落ち着かねえんだ。あと考えたら湿る面積が増えるだけだわ」

敷物の防水能力について考慮するべきだったが今更だ。

後から来る人間に言っても到着するまで自分達が不快であり続けるのは変わらない。これ以上手間や金をかけるつもりもない。

トウスケはリンタロウの手元から紙を奪い、半分に引き裂いて早々尻の下に押し込んだ。

「俺の紙が~」

「紙は平等なんだよ」

「んな事言って、惜しみなく奪うじゃん。畜生、いとしと書いて紙と読む」

「そこはかとない都都逸」

「ドイツどどいつダンケシェーン。でもあれもさぁ、結局は『下心』なんだよな……」

突然暗い顔になったリンタロウの肩をトウスケは叩いた。一体何を思い出したのかは知らないが、朝から悲しい話はすべきではない。その後が辛くなる。

「世知辛いのは止めようや」

「お客様の中に上心をお持ちの方はいらっしゃいませんか!」

「いや意味変わってるわ。つーかそこまで来たらもう脳で良いだろ脳。頭使えよ」

「馬鹿野郎、心臓は心がついてるけど脳に心はねぇんだよ」

「どうして突然心臓に拘る」

胸を押さえる仕草をしながらリンタロウが後ろに倒れる。

家を出る頃にはやや薄暗かった空もすっかり明るくなってきた。これでは馬鹿な騒ぎも人目につこうものだが、幸い周りにいるのは同類だ。

誰も彼もが浮かれている。

「知性による落ち着きは必要だ。しかしトキメキという神経の混乱もまた必要なのだ」

「下の心に上心、合わせて宜しく真心な」

「正気を失う位の恋をしててぇ~」

「そんなん、ただの野獣ですよアナタ。自制心は必要ですよ、キミ」

リンタロウが全身をくねらせて左右にのたうち回った。

恋と言う苦悶を表すには適切な動きであったかも知れない。

しかし人類というそれなりに巨大な生き物が地面で行ったこの動きは小虫や微生物からすれば天変地異の如き事象である。用も意味も価値もないリアクションに巻き込まれてどれだけの数が死に絶えただろう。

彼等が待つ友人の誰かが居ればそんな無粋な発言もあったかも知れない。

しかし幸か不幸か敗者は二名なのである。尻をズラして距離を取り続けるトウスケの言葉に無自覚な破壊者がスッと起き上がった。

「……脳と言う字面から得る脳みそっぽさって異常だよな」

「……心とか疲れた人の顔みたいだもんな」

道を歩く人の数は増え、どこかの子供とトウスケの目がバチリと合った。

「上の点に悲しみばかりではない何かを感じる」

食べ物の匂いが流れてきて、拡声器か何かを通した声が周囲に響き出す。その後、よく分からないが陽気だという事だけは伝わって来るBGMのような物が流れ始めた。

「上。上……上かぁ」

「上なぁ」

二人揃って天を仰げばそこには枝。しかし付く筈の花は三輪程度のものである。

「心を尽くしたと言えば許されるでしょうか」

「眉間に点が生えそうではある」

「人に任せるってこういう事だろ?」

「まぁ、実際難しい話ではあったからな」

情報、情熱、事前準備。

言葉遊びは嗜んでいてもそっち方面には「じ」足らずであった。お陰で大概おかしな場所に居座っている。

「世知辛いから止めようか」

「まぁ自由ってこういう事さ」

「自由ってヤダワー、でも不自由もヤダワー」

二人揃ってペットボトルの液体を啜る。


「おい、そこの妙な二人」


「はぁ?」

「何だこの野郎」

「そうだそうだ、胸に手を当ててから言え」

暴言と共にぞろぞろ現れたのは友人達だ。

彼等にはこれから尻を湿らせる苦行が待っている事だろう。



何はともあれ、花見の季節だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

形のない宝 sui @n-y-s-su

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説