第3話 俺のことが好きなら……俺は別れたくない

「え——……? い、今……何て?」


 あまりにも受け入れ難い事実に、俺は聞き直してしまった。


『だから、その……私は庵くんに相応しくないから、別れて下さい』



 いやいやいや、そんなことを急に言われても!

 この数日間、俺がどんな思いをしながら過ごしていたと思っているんだ?


 浮気? 他の男と?


「待ってよ、俺は寧々ちゃんのことが好きなんだけど、寧々ちゃんは俺のこと嫌いになった?」

『嫌いになってないよ! でも他の男と浮気したような女、庵くんは嫌でしょう?』

「嫌じゃない! 俺はそれでも寧々ちゃんが好きだ! いいよ、一回くらい許すから……だから別れるなんて言わないでくれ。俺は寧々ちゃんのことが好きなんだよ」


 泣きながら縋るように懇願した俺に折れたのか、寧々ちゃんは『分かった』と答えて、俺達はお付き合いを続行させた。



 浮気は——本当は許し難い事実だったが、寧々ちゃんを失うことに比べたら大したことではなかった。


 それに俺のことを思ってカミングアウトしてくれたのなら、俺は……水に流して許そうと思った。


 そもそも病院に行かなかったからと会わなかった俺が行けなかったんだと思い、次の週に寧々ちゃんに会う約束をして、デートの計画を立てた。


「……もし、今度またクラミジアになったら、また病院に行けばいいんだ。そして彼女の分まで処方してもらえばいいんだ」


 別れを告げられたときにはもう付き合って半年が経過しようとしていた。


 俺はいつか、寧々ちゃんと結婚するんだ。


 その事実だけに縋るように、俺は気付けば……自分が思い描いていた憧れの寧々ちゃんに恋していた気がする。



 事実、二度目のデートの時は前ほどテンションが上がらなかった。


 あれ、もっと可愛かった気がするんだけど、こんな顔だったかな?


「いおりん、本当にゴメンナサイ。もう二度といおりんのことを裏切らないから」

「——ううん、俺のほうこそゴメン。寧々ちゃんに寂しい思いをさせてしまって」


 その日、台風が上陸間近だったらしく、海岸沿いのホテルは強風と荒波で大変な状況だった。

 だけど寧々ちゃんのことを思ったらいてもたってもいられなくて、無理して駆けつけたのだ。


 三時間も掛けて泊まりに来て、エッチだけして——……彼女は早々とホテルから出て実家へと帰ってしまった。


「ごめんね、いおりん。親が心配するから帰らないと」

「うん、いいよ! 女の子なんだから心配するのは仕方ないと思う。むしろ俺、ご挨拶に行ったほうがいいんじゃないかな?」

「それはまた日を改めて……。今日はいおりんにもらったお菓子をパパとママと一緒に食べるね」


 こうして俺は、台風の脅威の中、たった一人残されてしまった。


 こんな暴風雨の中、いったい何をしてるんだろう……。


 しかも後日、病院に行った結果、クラミジア陽性と告げられたし……。



 俺は——寧々に出会ってから、彼女としか行為をしていない。性行為以外で感染する可能性はほぼゼロだ。


 ということは、彼女が感染しているということを意味する。


 俺は事情を説明して先生に彼女の分まで処方してもらおうと試みたが、やはりそれは難しいと拒まれてしまった。


 だから彼女自身に病院に行ってもらうしかない。



『え、そうなの? でも私、全然症状ないのに』

「いや、でも寧々ちゃんが感染してないと俺が陽性になるわけがないんだよ」

『でも……そもそも症状がないんだったら、このままでもいいんじゃない?』


 あり得ない発言に、俺は思わず耳を疑ってしまった。


 え、何て……?


 この女、頭がおかしいんじゃないか?


 段々と疑心暗鬼になってきた俺は、徐々に寧々に対する気持ちが冷め掛けていた気がする。


 けど、やはり恋は惚れた者が負けなんだ。

 彼女に甘い言葉を囁かれると、つい顔が緩んでしまうし、好きだと言われたら気持ちが昂ってしまう。


 こうして俺達はズルズルと、一年も付き合うこととなった。



———……★


「一年の内、数えるくらいしか会ってないけどね(泣)」

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