第92話

「ナーニョ様、ようこそお越しくださいました」


 店主はにこやかに話し掛けてくれる。


「珍しい物とかありますか?」


 何気なく聞いてみると、店主が手元の箱から取り出した装飾品を出してきた。


「これは魔獣の骨を削って作った腕輪なんです。凄いでしょう? この腕輪を作るほどの太い骨は滅多にないんですよ。

 それにこの腕輪に付けた玉もアクセントになっていて素晴らしい出来ではありませんか?」

「……素晴らしい細工ですね。職人の高い技術力に溜息が出そうです」


 骨を削り模様が彫り上げられた腕輪。


 中央には魔獣から獲れた小さな赤い玉があしらわれていて芸術品と言ってもいいような一品だった。


 ……欲しい。


 初めてそう思った。でもこれだけ素晴らしい作品だ、絶対値が張るだろう。


「……おいくらですか?」


 ドキドキしながら値段を聞くとやはり素晴らしく高い値段だった。高い。私やローニャが半年働いてようやく稼げる金額だ。


「どうしよう、お金を持っていないわ。でも、欲しい」


 すると一緒にいた護衛が口を開いた。


「ナーニョ様、陛下から王女としての品格を保つための費用はほぼ使われていないはずです。そこから捻出すればよいではないでしょうか?」

「そこから使ってもいいのですか? でも使ってしまったら足りなくなるのではないでしょうか?」

「そのくらい大丈夫ですよ。高位貴族のドレス二着程度ですから。ケイルート殿下からあと十着は作れといつも言われていましたよね?」

「……そうね。確かに兄様は言っていたわ。分かった。買うわ! おじさん、その腕輪買います! もう一つ同じのはありますか?」

「残念だが、これは一品限りの代物なんだ。少し値段は落ちるが、こっちの金具が付いている物ならあと三つあるよ」


 別の箱から出された腕輪は一つひとつの模様は違うが透かし彫りされていてどれも素晴らしい。ただ骨の大きさが足りないため金も使われている。これはこれで素晴らしい。


 ローニャにはこれで我慢してもらおう。


「ローニャにも買いたい。いいですか?」

「もちろん、大丈夫です。お二人の予算は潤沢にありますから」

「おじさん、これとこれ下さい」

「あいよ!」


 おじさんは木箱に腕輪をしまい、手渡してくれた。


「大事にしますね」


 私は大事そうに箱をリュックに入れて歩き出す。


「ナーニョ様が装飾品を買うのは珍しいですね」

「興味はありますが、ほらっ、指輪のこともあるからあまり装飾品は付けられないんですよね。これなら大丈夫そうかなって。それにとても綺麗だったから」


 騎士達は納得したように頷いている。





 そして私達は魔獣専門店が肉を卸しているという『ポイズリーの店』にやってきた。


 ここは魔獣肉を料理している変わった店だ。


 魔獣の肉はとても癖が強く、そのままではとても食べにくいらしい。


 ただ、癖になる人も一定数いるようで混むことはないけれど、客は途切れないようだ。


「いらっしゃい」


 店内に入ると店主の声が聞こえてきた。小さな店で席は十ほど。


 この間行った食堂とは違い、独特な雰囲気がある。


 メニューは壁に張り出されているものだけだそうだ。ガポン肉のステーキ、ガポンスープ、レレンの煮込み、レンカのサラダ。


「ナーニョ様、何を食べますか?」


 騎士達は席に座り、メニューを見ている。


「レレンの煮込みを頂くわ」


 店主は軽く頷くとすぐに準備に取り掛かった。


「独特な肉の香りですね。これははっきり好き嫌いが分かれそうだ」

「そうね。私はまだ大丈夫、かな? ガポンってどんな魔獣ですか?」


 私達は魔獣と一口に言っているが、魔獣に固有の名前はない。


 異次元の空間から落ちてくる魔獣は多種多様であまり意味がないからだ。


 ただ大まかに蛇種、猪種、熊種などの系統に分類している。この街周辺に出た魔獣は同じ種類が数多く出てきたのだ。そのため名前が付いたのかもしれない。


「今日騎士達が倒したひざくらいの高さの魔獣じゃないですか?」


 雑談をしながら料理が出てくるのを待つ私達。カウンター越しに店主が会話に入ってきた。


「ガポンは今日騎士団が一番狩った魔獣だ。レレンは人間程の大きさの魔獣であまり数はいない。レンカは鳥型の魔獣で罠を使って捕まえるんだ。どの肉も癖は強いが食べた翌朝は元気一杯だよ!」

「滋養強壮にいいのか。明日起きるのが楽しみだな」


 そうして話をしている間に料理は完成し、テーブルに置かれた魔獣料理。


 ガポンの肉を頼んだ騎士達は大きな肉の塊に嬉しさと不安が混じったように笑っている。


 ナーニョの頼んだレレンの煮込みは香草が効いていて匂いは気にならないわ。どの料理にもロティが付いていたので私達はロティを千切りながら料理を味わうことにした。


 レレンの煮込みを口にした途端、ナーニョの全身の毛は一気に逆立った。

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