第73話

「アンガスト、入るよ」


 伯爵が部屋に入ると、そこには伯爵夫人が子息の身体を拭いている所だった。


「ナーニョ様、こっちが妻のアンナ、ベッドに寝ているのが息子のアンガストです」


 ナーニョは軽く会釈する。


 夫人はどことなく不審な目でみていたが、伯爵の足を見て驚き、わなわなと震えながら涙を流しはじめた。


「……ナーニョ様、どうか、どうか、息子をお助け、下さい」


 消え入るように涙を拭いながら夫人は言葉を溢す。子息の状態は見た目からしてかなり悪い状態だ。顔面に攻撃を直接受けたのだろう。


 そして胸元は大きな傷跡が残っている。確かに生きているのが不思議な位だ。


「伯爵、辛い言葉になると思いますがはじめに言っておきます。

 人の頭はとても繊細です。たとえ魔法で壊れた所を修復しても記憶は戻らないかもしれない。

 もっといえば全てを忘れているかもしれない。親としてそれでも支えていけますか?」


 獣人の世界でも偶にはあった話だ。


 治癒魔法で回復させても全ての記憶が元通りになるのはほんの一部でしかない。


 頭の治療は本当に繊細で難しいのだ。


 欠損を治療する時に患者の記憶を利用して欠損を治していく方法を取っているが、生まれた時から欠損していたら魔法は使えない。


 別の治療方法が取られるのだとか。

 教科書にはそう書いてあった。


 私はまだその治療をしたことがないのであくまで知識としてあるだけだ。


「もちろん構いません!」


 夫婦の強い言葉に私は安心する。


 親の愛を感じる事が出来て少し胸が詰まる。


 指輪をヒエロスの指輪と交換し、魔法を唱える。慎重に魔力を流していく。 


 彼は相当強い衝撃を受けたのだろう。顔を中心に光が傷口を包み癒していく。


 彼も伯爵と同じように魔力が残りやすいとすれば更に注意しなければいけないだろう。


 ゆっくりと時間をかけ治療を終えた私。


「治療は終わりました。もうすぐ彼は目覚めるでしょう。数年間寝ていたため体力までは治療出来ないのでその辺りは徐々に身体を動かしていくことでまた元の生活に戻れると思います」


 まだ眠っている子息。


 治療した顔は伯爵とそっくりと言えるほど優しい顔つきだった。


 夫人は顔も身体の傷も治った息子を見て有難うございます、有難うございますと何度も言っていたわ。


「では私は神殿に戻ります。何かあればお知らせ下さい」


 私は伯爵達に軽く会釈をして部屋を出た。


 家令の案内で邸の玄関まで来ると、家令は感謝の言葉と共に籠一杯の食べ物を渡してくれた。


 どうやら神父様から魔法を使うとお腹が減ると聞いたようで準備してくれていたのだとか。


 家令にお礼を言いつつ、私は神殿へ戻った。


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