第56話
「ナーニョ、どうしたんだ? 最近どことなく元気がないな」
この日、私は一人で騎士団に第三研究室の研究員と共に来ていた。第三研究室は兵の強化を専門に研究をしている。
ナーニョは協力という形でたまに第三研究室にも足を運んでいるのだ。
この世界と異世界での武器の違いがあるのを知り、伝えるとたらしい武器の開発や新しい指輪での補助魔法を使って魔獣の倒し方の訓練にも参加している。
戦闘に関わる事は普段しないのだが、ナーニョ自身も短剣は持っているので自衛のために使い方を教えてもらっている。
そんな中訪れた騎士団で兄ケイルートがナーニョを心配して声を掛けてきた。
「兄様……。ごめんなさい。元気がないように見えましたか? 私は元気ですよ?」
ケイルートはわざとらしく溜息を付き手招きをする。
「元気なわけがないだろう。まぁ、こんな所では話すことも出来ないな。ちょっと隣の私室へ来い。
美味い茶と美味しい菓子でも食べれば元気も出るだろう。あぁ、お前達は付いてくるな。あくまで兄妹の話だからな!」
私は第一騎士団の執務室の隣にある私室に兄と入った。
「まぁ、最低限の物しか置いていないがそこに座ってくれ」
私室は兄の趣味の部屋なのだろう。
壁一面に剣や盾が所狭しと飾られている。家具などはソファと小さな丸テーブルなど最低限しかない。
周りをキョロキョロと見回している間に兄の従者がお茶を淹れてくれる。
ナーニョはその香り豊かなお茶にじわりと心満たされていると、兄が口を開いた。
「で、何がそんなにお前を不安にさせているんだ?」
「不安……ですか?……」
ナーニョは言葉に詰まってしまった。
どう答えて良いのか分からない。
自分自身で答えが出せていないのだ。
「何でもいいから話してみろ」
ケイルートはそう言うと、ナーニョの隣にドスンと座った。
「……よく、わからないのです」
「何が分からないんだ?」
「……先日、指輪のお披露目会の時にローニャは将来魔法の研究員になりたいとお父様達に言っていました」
「うん」
「そして私にもお父様はなりたいものがあるのかと言ったんです」
「そうか」
「でも、答えられなかった。分からないんです。今まで必死で生きてきた。妹と暮らすために魔法使いになろうと頑張って勉強していたんです」
「うん」
「けれど、異界の穴に落ちて、世界が変わり、生活や食べ物も全て変わった。ローニャは必死で自分の居場所を作ろうと頑張っているわ。
ローニャなら魔法の研究員になれるだけの魔力も技術もある。ローニャが成長していく中で私はどうなんだろうって。
ローニャを姉の私が守らなきゃって必死になってきたの。
でも、ローニャはもうすぐ大人になって自分の意思で動こうとしている。
そこに私は必要ないんじゃないかなって。
嬉しい事なの。
でも、寂しい気持ちと今までローニャのためにって動いていた事が無くなったら……。
これから私は何のために生きていけばいいのかなって。
ローニャはとても人懐っこくて誰からも愛されてて、私からみても上手く立ちまわっていて私より何倍も大人だなって思わせられる。
凄く賢いし、気配りも出来ていて誰よりも周りを見ているの。
そんなローニャが羨ましくもあって、私が守っているって思っていても私が守られているのだと思う。
色んな気持ちが混ざりあってどうしていいか分からない。
だって今まで生きるために必死になってきたから。
妹のためだけにって考えて過ごしていたから。やりたい事なんて考えた事も無かった。……好きな事、嫌いな事もないの」
「……そうか。ナーニョは頑張ってきたんだな。人生を変えるほどの出来事があったんだ。仕方がないことだ。ナーニョは何も可笑しくない。
俺だってこうして騎士団長をしているが、今まで兄がやっていた事だ。三男の俺が今こうして騎士団長になっている。
人生どうなるかなんて分からないもんだ。
ただ、俺はナーニョがこの世界に来た事を喜んでいる。こんなに可愛い妹が出来たんだ。妹が聖女だと崇められようが俺にとっては守るべき妹だ。
無理にやりたいことなんて考えなくてもいい。
ただ何もせず自堕落に生きたっていいんだぞ?王女ってもんは好き勝手わがままに生きているもんなんだからな」
ケイルートはハハッと笑いながら菓子を口に放り込んだ。
私は、その言葉に、涙が溢れ出た。
今までそんな事を言ってくれる家族は居なかった。
あぁ、私は辛かったのかもしれない。
苦しかったんだ。
一生懸命我慢していたんだ。
兄の優しい言葉に今までぐっと我慢してきた心が震える。
「!? ナーニョ、どこか痛いのか?」
それらしく話していた兄が驚き斜め上の気遣いをする事に泣きながらクスリと笑ってしまった。
「兄様、どこも痛くないです。兄様の言葉が嬉しい。ケイルート様が私の兄様になってくれて本当に良かった」
「俺もナーニョが妹になってくれて嬉しい。あまり無理はするな。我慢もするな。吐き出したくなったらいつでも聞いてやる」
「……はい。兄様」
私は涙が乾くまでの間、兄様とお菓子を摘まみながら王宮の話をしていると、ノック音がした。
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