第55話

 時は早くも一年が過ぎようとしていた。


「ナーニョ様、ようやく指輪が完成しました。どうぞお受け取り下さい」


 今日は指輪のお披露目という事で陛下、王妃、王太子、宰相の立ち合いの元で行われた。


 例外として神官長も参加している。


 本来ならこの場に居なくても良いのだが、神官長本人から指輪が欲しいと強請ったようだ。


 神官長はヒエロス以外にも範囲魔法のヒエストロや浄化魔法のヒーストールの指輪、水の玉を出すターランが刻まれた指輪が欲しいと。


 この一年、治療した人達の中には魔力を持っている人はまだ出てきていない。


 今後魔力持ちの人間が現れた時にも指輪を使いたいと神殿保管用に一セット用意するよう要請があった。


 みんなが待ちわびたこの瞬間。


 第二研究所の研究員は指輪が入っている小さなケースを渡してくれた。


 国としても待ちに待った瞬間といえる。


 ナーニョも新しい魔法が使えると思うと嬉しくなって思わず笑みが溢れた。


 この日のために試験を繰り返してきたのだ。


 指輪の研究をしていくうちに判明した事は僅かな差ながらもローニャとナーニョの使いやすい指輪が違うということ。


 金属の種類や配合を考え、ナーニョに合わせた指輪を作る事が優先事項として扱われた。


 もちろんそれには理由がある。


 ローニャは成長途中だからだ。成長しきった後でローニャに合わせた指輪を作る事になっている。


 だがナーニョが使うことになった指輪もローニャはしっかりと使えるため、ローニャも成長するまでは同じものを使う事になる。


 神官長も何度か研究所に足を運び自分専用の指輪を作ってもらっていた。


「ありがとうございます」


 早速範囲魔法のヒエストロの指輪をつけて魔法を使ってみたの。


 護衛や従者も含め、室内に居た人達全てが淡い光に包まれ回復していく。


「やはりナーニョ様の凄いですね」

「そうだろう?流石私の娘だ」

「私も初めて回復魔法を体験したけれど、凄いわ。ナーニョ。たまには母にこっそり魔法を使ってもいいわ」

「ふふっ。お母様、今度掛けますね」

「私もお母様に掛けてあげるね」

「嬉しいわ、ローニャ」


 王妃はギュッとローニャを抱きしめる。


 今のローニャはかなり大きくなってきている。


 身長百五十センチ程度。以前のドレスや服は小さくなり、着られないのでまた新たにケイルート兄様が使っていた服を貰って着ている。


 ドレスは成長して足が出てしまうと見栄えが悪いけれど、ズボンであればまだ許されるようなので普段はズボンとシャツという装いになっている。


 余談だが、ナーニョはワンピースや自分用の特別騎士服を着用し、ドレスも持っている。


 成長してしまえばローニャも同じようになるだろう。


 そして今回お披露目された指輪は初級の物ばかりだ。


 全ての魔法を作り、試弾するにはまだまだ時間が足りない。


 ただ、範囲回復魔法ヒエストロや怪我回復の上級の魔法であるヒエロスターナは優先的に作られた。


 ヒエロスターナの魔法は欠損を治す魔法で魔力の消費は激しい。


 ナーニョやローニャは使う事が出来るが、ナーニョで一日に二人、ローニャは一日で一人という程度。


 無くなった物を新たに作り出すにはそれ相応の魔力が必要となるようだ。


 ローニャの成長もあと少しだ。


 ここ最近は魔力が一気に増え、安定しはじめているのを確認し、ナーニョとしてもホッとしている。


 そして王都を中心とした近隣の村や街も怪我から復帰した騎士達やナーニョ達のおかげで怪我人は減少傾向にあるみたい。


 先の見えない不安から平民達は全体的にどことなく暗い顔をしていたが、今では活気にあふれた街になりつつあった。


 二人のおかげで救われた人も多く、彼女達は今やこの国に無くてはならない存在だった。


 そして獣人である二人の容姿もまた歓迎される一因となったのはいうまでもない。



「陛下、王妃様、私、やりたい事があるの!」


 ナーニョが魔法を使い、その場に居た人達が高揚している最中、ローニャが口を開いた。


「やりたい事とは何だい?」

「あのね、私、魔法の研究員になりたいの。私はお姉様よりも治癒魔法は得意ではないし、怪我人を治したいけれど、血は少し苦手だと思ってしまうの。

 でも、みんなが喜んでくれる事をやっていきたい。

 サーローの魔法でこの国を豊かにしていきたい。みんなで美味しいごはんが食べれらるようにしていきたいの。

 ちゃんと治療も続けるわ。でも、植物の指輪を使っていきたい」


 ローニャは確かに幼い頃からサーローの指輪を使っていて得意な魔法だ。

 サーローはナーニョより効果を出せている。


 今まで飢えずにいたのも奇跡なほどの世界。


 治療も大事な魔法だが、ローニャの魔法は歓迎されるはずだ。


「そうかそうか。ローニャはそう考えているのだな。ナーニョはやりたいことはあるのか?」


 陛下の問いに言葉を詰まらせるナーニョ。


「えっと、私は、まだ、この世界に慣れるのに必死で何も考えていませんでした。今度までに考えておきます」

「そうか。無理はない。二人ともこの世界に来てずっと勉強や治療を続ける毎日だったからな。突然やりたい事を聞かれても困ってしまうだろう」


 私は何をしたいのだろう?


 今後をどう過ごしていけばよいのだろう?


 先ほど言葉にした慣れるのに必死だったというのも嘘ではない。

 けれど、今まで妹を守る事に必死でそればかりを考えてきた。


 ローニャも大人になりつつある。


 十二歳を過ぎて身体も成長し、やりたい事が実現できるようになる。


 獣人ならあと三年で独り立ちする者も多いし、私もそのうちの一人だった。


 ローニャが自立する事を邪魔してはいけない。


 ローニャに時間を割いていた私はこれからどうすればいいのだろう。


 元居た世界ならきっと私はそのまま魔法使いとして祖母の元で生涯働いていたと思う。


 人間の世界に落ちてきた私達は考えていた将来を否定されたようなものだ。この世界で求められているのは怪我人を治す魔法。


 私は治療者としてこのまま活動していくべきなのか。


 自分のやりたい事……。


 会場は最後まで歓声に包まれていたが、ナーニョは心に引っかかりを作ったまま指輪のお披露目会は終わった。


 その日から心の何処かで自分のやりたい事というのが心に引っかかりながら治療や研究、勉強を忙しくこなしていた。

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