第31話
「おはようございます。今日も宜しくお願いします」
「ナーニョ殿、ローニャ殿、おはよう。今日も宜しく頼む」
ザイオン医務官は私達を連れて入院している部屋へと向かった。
「昨日は最重症者をナーニョ殿に治療して貰った。あの後、しばらくしてから目覚めた者もいる。
失血が多かった者はまだ目覚めていないが、体調を今朝も確認したがもうしばらくしたら目覚めるだろう。
今日ナーニョ殿には昨日ほどではないが、やはり重症の患者をお願いしたい。
ローニャ殿には裂傷患者を中心に魔法をお願いしたい。もちろんこちらで止血をしてあるので血を目にすることはない」
「ザイオン先生、ご配慮いただきありがとうございます」
「ローニャは血まみれだって大丈夫だよ!?」
「ふふっ、ローニャは偉いのね。でもこうして少しずつ慣れていくのは必要なの。
それに貴女はまだ魔力が安定していないから重症患者の治療中に魔力が尽きると困るの。身体が大きくなったらお願いすると思うわ」
ローニャ自身も自分の魔力が不安定なのが分かっているようだ。子供の時は魔力自体が少ないからそう気にしなくても良いのかもしれない。
子供から大人に成長する少し前から身体が準備するためか魔力は安定しないのが自分で分かるのだ。
「エリオット、ローニャ殿を無理させてはならん。体調を常に気にしておいてくれ」
「わかりました」
私達は患者がいる部屋の前で少し話をした後、ローニャと助手のエリオットさん、第一研究室のマイアさん、ゼロさんが部屋に入っていった。
私はザイオン医務官と上の階に移動し、重症患者の元へいく。
ここは治療が遅れた人も多いようで包帯を取り換えても出血や化膿して膿が出ていたりする患者も多い。
血の匂いや壊死する独特な匂いに思わずハンカチで鼻を覆いたくなってしまう。
「お待たせしました」
私達が部屋に入ると同時に第二研究室の人が二人ほど部屋に入ってきた。
ローニャの所にも二人ほど向かったらしい。
私達は軽く会釈する程度に挨拶をした後、ザイオン医務官は治療する患者の状況を話てくれる。
「この患者は治療が遅れたため両足が壊死しはじめております。
薬を飲ませて様子を見ている状況でしたが、今日、明日の具合で両足切断を判断せざるを得ない状況です」
「嫌だ!!! 嫌だ! 足を切らないでくれ!」
騎士はザイオン医務官の言葉に叫び、暴れ始める。
「取り押さえろ」
ザイオン医務官の声で下女達が暴れる騎士を取り押さえた。
その様子を見ていたナーニョは彼の前に立ち、声を掛けた。
「落ち着いて、大丈夫よ。足は切らないわ。下女の方々、押さえなくても大丈夫です」
不安そうにしながら下女達は押さえる力を緩めた。
「お願いだ!! 殺さないでくれ! 嫌だ! 嫌だ!」
「大丈夫よ。私の手を取って」
ナーニョはそう言って騎士の手を取った。
「嫌だ、死にたくない、死にたくないんだ」
彼はナーニョの手を力いっぱい掴んでいる。その様子を見ていたザイオン医務官が慌てて止めに入ろうとするがナーニョは断った。
「大丈夫、今、治しますから」
そうしてナーニョは魔法を唱えた。
ナーニョの手から患者に淡い光が広がっていく。足の方へと向かうにつれ一段と強い光になった。
「あぁ、暖かい。なんて気持ちいいんだ……」
先ほどの緊迫したような声が柔らかな声に変わる。
「もう大丈夫ですよ。足は治療しました。ですが、壊死した部分からばい菌が体中を巡っていたので当分は安静にして下さいね」
騎士は自分の足の感覚が戻った事に気づき動きを止めた。
「あ、有難う。ありがとうございます……」
涙を流しながらお礼を言う患者にナーニョは手を握り返し、微笑む。
「ナーニョ殿、身体中にばい菌が巡っているのは分かるが大丈夫なのだろうか?」
「怪我をしている状況ではばい菌の繁殖に身体の抵抗が追いつかないのだと思います。ばい菌は血の中で増えて身体のあちこちを攻撃している状態。
私の魔法ではばい菌を殺すことは出来ない。けれど、攻撃されている箇所の修復は怪我の治療と共に終えました。
幸い、薬も効いているようなので安静にしていれば自然に身体がばい菌を殺してくれると思います。ただ、薬は当分飲み続けた方が良いのかなぁと思いました。
こればかりは私に分からないのでザイオン先生の判断でお願い致します」
「分かりました」
魔法は万能ではない。あくまで怪我を治療するだけなのだ。
「次の患者は右手と両目を無くしております。腹部の出血が未だ止まらず昨日の部屋へいつ移動になるかと話をしていたところです」
ザイオン先生は淡々と患者の状況を話す。その様子を見ていると悲しくなった。
いつもの事。
沢山患者を見送ってきたのだと。
「死にたい、殺してくれよ……。こんなんじゃ生きていても意味が、ない……」
か細い声で話をする患者。
「ごめんなさい。今は貴方の怪我を治療することしか出来ない。けれど、研究所の方がよりよい道具を開発したら……貴方の光を失った目も、無くなった腕も、治せるようになる。私も頑張って治療するから、希望を失わないで」
そう言って魔法を唱えた。
やはり腹部の傷は修復しようと身体が頑張っているのだろう。
けれど、出血が止まらないのは精神的な物も影響しているのかもしれない。
両目の光が失われたとザイオン先生は言っていたけれど、辛うじて左目は眼球が残っている。
これなら治せそうだ。
光が患者を包み、怪我を治療していく。
「……治療が終わりました。左目は見えるようにはなっていますが、どこまで視力が戻っているかは分かりません。何度か治療が必要になるかもしれないです」
「分かりました。後で確認しましょう」
研究所の人達は黙って状況を観察しているようだ。
「……治療、有難うございます。貴女様のお名前は……?」
「私ですか? ナーニョ・スロフと言います。きっと研究所の人が今よりも良い物を開発してくれると信じています。欠損は治せる。希望を捨てないで下さい。また治療しにきますね」
「……はい。あ、りがとう、ございます」
こうして一人ひとりに声を掛けながら治療していった。
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