第15話

 あの後、二人で一部屋は狭いでしょうとローニャは隣の部屋に案内されたけれど、一人になるのは嫌だとわがままを言ったの。


 でも仕方がないと思う。


 知らない世界にポツンと一人になれば寂しい。


 両親が亡くなってからずっと私達は一緒だったもの。


 私も一人では心細い。


 ロキアさんはあれから忙しく動き回っているみたい。


 そこからの数日は会う事が無かったけれど、代わりにマーサさんが食事や湯浴みの準備をしてくれたり、服を用意してくれたりと私達は感謝しながら恩恵に預かることにした。





 怪我人を治してから一週間は経っただろうか。


 怪我人の意識は回復したらしい。


 マーサさんが泣きながら教えてくれた。

 医者は連日邸を訪れて怪我人を診ていたらしいけれど、怪我がないので薬を飲ませるだけになっていたようだ。


 私達はというと、静かに部屋から出ることなく過ごしていた。


 ローニャは私が背負っていたリュックから魔法の教科書を読むことにしたようだ。


 といっても、私が背中を攻撃された時に教科書と書類が怪我の肩代わりをするように千切られてしまっていたが。


 読みにくいと言いながらも本を読んでいるローニャ。


 私はマーサさんにお願いをして刺繍のセットを用意してもらった。


 この世界の刺繍針はやや小ぶりだったけれど、私達のいた世界の物と大差はないようだ。


 針が小ぶりに思えるのは獣人が人間に比べ少し大きいからなのだろう。


 私にはピッタリサイズだったので良かった。




「ナーニョ様、ローニャ様。エサイアス様がお呼びです」


 ロキアさんがにこやかに私を呼びに来た。


 どうやらあの怪我人はこの邸の主であるエサイアス様だったようだ。


 私はロキアさんに連れられて執務室へ向かう。


 もうベッドから離れているのは無理し過ぎなのではないだろうか?


 どんなに身体の強い獣人でもしっかりと一週間はベッドで休むものだと教えられていたのだが、人間は違うのだろうか?




 ――コンコンコン


「失礼します。ナーニョ様、ローニャ様をお連れしました」


 私はロキアさんの後ろから顔を出す。


「君がナーニョ嬢かい?」


 私は彼を見てビクッとロキアさんの後ろに隠れた。


 あの時、興奮していたせいか全く顔を覚えていなかった事に今更ながら気づいた。


 エサイアス様は邸の主で英雄だと聞いていたけれど、とても若い人だった。


 私の後ろにローニャも隠れている。


 その様子をロキアさんもエサイアス様もクスクスと笑っている。


「そちらに掛けてほしい」


 私達は言われるままソファに座った。


 ふかふかのソファはとても高級そうだ。私達庶民がこんな場所に呼ばれるのは似つかわしいことこの上ない。


「ロキアから君が私の傷を治したと聞いた。私は魔獣と対峙していてあの時の怪我で死を覚悟していたんだ。助けてくれた君に感謝したい」

「え、あ、いえ。当たり前の事をしただけですから……」

「ところでその耳は本物かな?」

「はい。私達は魔物に追われて異界の穴へ落ちてしまったのです。私も妹も人間の血が濃い猫種の獣人です」


「……獣人。今、この世界に獣人が存在しないのは知っているかい?」

「えぇ。殆どの獣人はこの世界に落ちて来ないと思います。落ちる前に異界の穴を閉じますから」

「異界の穴を閉じる?? 異次元の空間のことが……? そんな事が出来るのかな?」

「えぇ。魔法使いなら可能です」


 私の言葉にエサイアス様は驚いた顔をしている。


 この世界に魔法使いはいないのだろうか?


 この世界の事情を知らない私にとってエサイアス様の驚きは反対に新鮮だった。


「私の傷も一瞬で治したと部下たちが言っていたんだ。もしかして君が使ったのも魔法なのだろうか?」

「? ええ。治療魔法で怪我を治しました」

「君は魔法使いなのかな?」


「いえ、見習い、というか……魔法使いの試験を合格してこれから魔法使いになる予定だったので正確には魔法使いではないです」

「そうか。君は異次元の空間を閉じられるのかな?」


「異界の穴を閉じる魔法が刻まれた道具があれば可能だと思います」

「それは作る事が可能なのかな?」

「……それは、分からないです」

「そうか、ごめん。ところで横にいるローニャ嬢はナーニョ嬢に似ているが、姉妹なのかな?」

「は、はい。妹のローニャです。十一歳です」

「ローニャ嬢もナーニョ嬢と同じく魔法が使えるのかい?」

「は、い。姉ほどではありませんが使えます」


 ローニャは今までに無いほどビクビクと震えながら答えている。


「そこまで怖がらなくても大丈夫だよ。獣人はみんな魔力を持っているのかな?」


 ローニャの代わりにナーニョが答える。


「大昔の獣人は持っていなかったそうです。人間が穴から落ちて来た時に魔法使いだったようで人間と獣人が交わり、私達は魔力を持っています。

 獣人でも獣の血が濃い場合は魔法が殆ど使えない人もいます。

 私達のように人の血が濃く出ている場合は魔力量も多いそうです」


 私はなるべく丁寧に伝わるように話をする。

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