第16話
「魔法は、色々使えるのかな?」
「私達獣人は媒体を通して魔法を使うのが多いのですが、獣人には発音しづらい言葉もあるので媒体に最初から詠唱の言葉を刻んでおくのが一般的です」
「そうか。ナーニョ嬢は回復の魔法が使える物を持っているという事でいいだろうか?ローニャ嬢も?」
「そうですね」
エサイアス様は何かを理解するように頷きながら考えている。
「君は私の邸の庭に落ちてきた。だから私が君達姉妹を保護することになるだろう。だが、君が使った回復魔法はとても貴重な能力だ。
どうかこの世界をよくするために協力を願えないだろうか。
この世界に魔法使いはいない。つまり今魔法が使えるのはナーニョ嬢とローニャ嬢のみだ。
現状、異界の穴を閉じる術もない。いつも魔獣や魔物との戦いを騎士達は毎日のように繰り返している。どうか助けて欲しい」
私は彼のその言葉にどう返せば良いか分からず困った。
まだ魔法使いとして一歩も踏み出していない私が騎士達の役にたてるのかどうか。
安易に返事をしていいのかも分からない。
異世界へ来たばかりで右も左も分からない状況だ。
それに私が守るべきはローニャ。妹だけは何があっても守り抜く事を決めている。
「エサイアス様、突然そのような事を言われてもナーニョ様は困ってしまいます。
ナーニョ様はまだ十五歳になったばかり。そんな幼子に責任を押し付けるのは酷でしょう」
ロキアさんが助け船を出してくれた。
この世界の成人は何歳なのだろう……。
「そうか、十五歳だったのか。すまない。魔法が使えると知って一人先走ってしまった。でも、それほどこの国の現状は良くない。
このまま進めば人間は魔獣に負けてしまう。そうなる前に、なんとかしたいんだ」
「そう、なんですね」
「それに、ナーニョ嬢には申し訳ないのだが、私が負傷した時に君が魔法を使って治療してくれただろう? 部下も医者もそれを目撃してしまった。
話が広がり、それは国王の耳にまで届いた。国王が君を呼んでいるんだ」
国王が呼んでいる?
国王ってことはこの国で一番偉い人だよね?
私の魔法がそれほどなのかと不思議な気分になる。ここの人間は魔法が使えないのであれば私達の世界に落ちてきた人間は別世界の人間なのだろうか?
「わ、私達は国王に会うことになるのでしょうか?」
「あぁ、もちろん私も行くからその辺は心配しなくて大丈夫だよ。ただ、国王には魔法の事を話さなければならないと思う」
「はい」
「私の体調を考慮して待たせていたから明日にでも会う事になる。大丈夫、国王は優しい人だから心配いらないよ」
「は、はぃ……」
「申し訳ないが、ナーニョ嬢、私にまた回復魔法を掛けてもらえないだろうか?」
「まだ怪我が治りきっていませんでしたか?」
「いや、傷は治っているのだが自分の目で見てみたいと思ってね」
「分かりました」
私は震えたままのローニャの手を一度ギュッと握った後、指輪を取り出し、指に嵌めた。
「失礼します」
そう言ってエサイアス様の元へ行き、手を取り魔法と唱えた。
『ヒエロス』
魔力は触れている手からエサイアス様を包み込んでいく。
彼は淡い光が包むのを凝視している感じだ。前回は出血している傷口を塞ぐために魔法を使った。
こうしてゆっくりと魔力を流してみると、驚いたのは私の方だ。
エサイアス様は私より少し年上、二十歳くらいに見えるけれど、身体には至る所に傷がある。
かなりの数の古傷だ。
場所によっては無理して傷を治したような場所があって筋肉が固着しているようにも感じる。
今まで無理して魔物の討伐をしていたのではないだろうか。
ヒエロスは古傷全てに留まり、淡い光を放ち修復していく。
古傷は動けば痛む箇所もあるだろうし、痛みはなくても引きつれを起こしている場合もある。
私の持っている指輪の限界もある。
古傷は一度で全てを治しきる事が出来ない時もある。それと欠損も治すことは出来ない。
だが、上級の指輪や特級の指輪なら一瞬で治るのでこういう時、使ってみたいと思うわ。
「治療終わりました」
エサイアス様は立ち上がり、動きを確認している。
「凄い、これは凄い」
喜んでいるというより感動に打ち震えているようだ。
カッと目を見開いたかと思えば私の手を両手で包みこんだ。
「有難う。本当に有難う。素晴らしい」
「い、いえ。特別なことは何もしておりません」
「いや、この世界で魔法が使えるのは君達だけだ。それに古傷まで綺麗に治せるなんて凄いとしか言いようがない」
古傷が治ったと知ったロキアさんはハンカチで涙を拭っている。今まで口にしない分辛いことも多かったのだろう。
私達も親を亡くした時、村の惨状を目の当たりにしてきた。
救えなかった命も沢山あったに違いない。
私はそれ以上何も言わずローニャと明日の話を聞いた後、部屋に戻った。
私達は湯浴みをした後、フカフカのベッドに入り、今日の事を話し始めた。
「お姉ちゃん、びっくりしたね。まさかヒエロスだけでこんなに感激されるとは思ってもみなかったわ」
「そうね、私も驚いちゃった」
「これからどうなるんだろうね、私達」
「まぁ、悪いようにはならないと思うわ。でも、本当にみんなが魔法が使えないのかは疑問よね。私達のように指輪を使えば魔法が出来るようになるのかもしれないよね」
「お姉ちゃん、さっきエサイアス様がとっても喜んでいたでしょう? あれを見て思ったの。私にも何か協力出来ることがあるんじゃないかって。
まだ子供だけど、みんなが困っているなら協力してもいいと思っている。お父さんやお母さんのように死んじゃう人が沢山なんでしょう?」
「……そう、ね。ローニャが協力したいと思うなら協力してもいいと思うわ。でもローニャ、私達はまだこの世界にきて右も左も分からないの。人間が悪い人たちだったらどうするの?」
「きっと大丈夫だよ。ロキアさんもマーサさんもいい人だもの。
ヒエロスでこんなにもエサイアス様が喜んでロキアさんが泣いているのってとても凄いことだと思う。私、出来る事、頑張ってみたい」
私はローニャの素直な言葉に涙が出そうになる。
あの村の惨状を思い出す。
エサイア様達はあの国王軍の豹の獣人さん達のようにきっと人々を守るために戦い続けているのだろう。私達のような孤児を作らないために。
一人でも悲しい思いをする人が居なくなるために。
きっと私一人なら顧みる事もせず協力を惜しまないと思う。けれど、私には大切なただ一人の家族がいる。
世界中の人間を敵に回してもローニャを守ると決めている。
ローニャを幸せにできるのなら私も協力は惜しまない。
「そっか。ローニャは偉いね。お姉ちゃんは鼻が高いわ。その考えはとても崇高だと思う。
誰にでも出来る事ではないと思うの。
でも協力するかしないかは明日の王様の話を聞いてからでも遅くはないんじゃないかな?」
「そうだよね。私達を無理やり働かせようとする悪い人達かもしれないもんね」
こうして私達は自分達のこれからの事を考えたあと眠りについた。
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