第14話
「あの、ここはどこなのか聞いてもいいですか?」
私は恐る恐る男の人に聞いてみた。
「ここはウィンワーズ国の英雄エサイアス・ローズド・シルドア様の邸でございます。私、家令のロキアと言います。
隣にいるのは侍女のマーサといいます。お嬢様方のお名前を窺っても?」
「私の名前はナーニョ・スロフ。こっちが妹のローニャ・スロフです。私達は猫種の獣人で異界の穴から落ちてしまったのです」
するとロキアさんはなるほど、と理解したように頷いていた。
どうやら大昔は獣人や他の種族が異界の穴から落ちてきていたようだが、ある時から異界の穴の一部はすぐに閉じてしまうようになったのだとか。
空きっぱなしの穴からは魔獣や魔物が出てくる。
すぐ閉じる穴には別の種族の世界があるのだろうという話だそうだ。
確かにそうだ。
私達の世界にも人間が落ちて来たのだから繋がっているのだろう。
ただ、行き来をすることは出来ない。
危険すぎるからだ。
そしてこの世界以外の世界は異界の穴を閉じる術が確立されているためすぐに穴が閉じるのだろう。
この世界はまだ閉じる術がないらしい。
未だ魔物が穴から出てくるのだとか。
そしてこの邸の主であるエサイアス様という人は英雄として称えられるほど魔物をこれまで狩ってきたのだとか。
ロキアさん達は色々聞きたいと言っていたが、私が怪我をしているので明日改めて話をしましょうという事になった。
今日一日、魔獣に追いかけられたり、異界に来た衝撃もあって私もローニャも疲れてすぐに眠ってしまった。
翌日、朝食を終えてロキアさんとマーサさんにこの世界の事の話を聞こうとした時、部屋の外から騒がしい音がする。
ドタドタ、ガタンッ。
怒号のような声も聞こえてくる。
ロキアさんは失礼しますと言って急いで声のする方へ行ってしまった。
「どうしたのですか?」
「お客様はどうかお部屋に」
侍女のマーサがそう言って扉をしめようとしている。
「待って、私、見てくる!」
ローニャは私が止めるのも聞かずに走って声のする方に行ってしまった。
「妹がすみません」
と言いながらローニャが戻ってくるのを気まずい思いをしながら待っていると、ローニャは走って戻ってきた。
「お姉ちゃん! 男の人が大怪我しているみたい! 血がいっぱいで今にも死にそうなの! 私じゃ上手く出来ないっ。どうしよう」
半ばパニックになりかけている妹を落ち着かせて話を聞くと、玄関で血まみれの男の人が数名の男の人に担がれて来たみたい。
ローニャは回復魔法を掛けた方がいいと判断したようだが、怪我人が全身出血しているのと人間が大勢いたので怖くて戻ってきたようだ。
魔法を使うには集中しなければいけない。
今のローニャでは難しいと自分で判断したのだろう。
「分かったわ。私が代わりに行くわ。ローニャはここにいて隠れていなさい」
私は丸テーブルに乗っていたハンカチより少し大きめの布を頭巾のように被り、大怪我を負った人の所に向かうため扉を開ける。
部屋を出るとすぐに血の匂いが鼻を衝いた。
この匂いを辿れば部屋に着くはず。
私は急ぎ足で部屋に向かう。
その部屋が近づくにつれ血の匂いが濃くなっていく。
そして私はある部屋の前で立ち止まった。
数名の男の人の声が聞こえてくる。
……きっとここだろう。
私はヒエロスの指輪をつけて扉を開けた。
「!!! お客様、ここへ来てはなりません!!」
ロキアさんが驚いたように声を挙げた。
ベッドに居たのはローニャが言っていた人だろう。周りに三人ほどの男の人がいる。
そのうちの一人が「隊長!気をしっかり!!」と気を失わせないように大声を上げ続けている。
後の二人は止血のため布で傷口を押さえているようだった。
「離れて!!!」
私は大股で歩きながら大声を上げる。
声に驚いた男の人達が一瞬手を止めた隙にベッドで寝ている怪我人に手を当てて魔法を唱える。
「ヒエロス!」
魔力はすぐに怪我人の身体を包み込んだ。
十か所以上の切り傷。そのうちの三か所は深い。致命傷になりそうな深い傷から回復していく。
回復魔法は柔らかな光を帯びて血まみれの男の人を包んでいる。
……とても傷が深いわ。
失った血も相当量だろう。
魔力の消費する代わりに傷はじわじわと消えていく。それと共に怪我人の荒かった息も穏やかになっていった。
「嘘だろ!? 傷が消えているぞ??」
止血していた男の人が手を放し驚愕している。
「ロキアさん、怪我は治したけれど、失った血は戻らないわ。
この人間の足の位置を高くしてしばらく休ませた方がいいと思います。では、妹が心配しているので」
「おい!!? ちょっと!?」
誰かが後ろから声を掛けようとしていたけれど、私は無視して走って部屋に戻った。
血まみれの怪我人を見てあの時の事を思い出してしまった。
あの惨状。
もう後悔したくない、なんとか助けなきゃ……。
言い逃げのように走って部屋を出た自分。
勝手に回復させてしまった。
自分は出過ぎた真似をしてしまったのではないかと後悔しながら部屋に戻ってきた。
「お姉ちゃん大丈夫だった? 手が、汚れているよ。拭こう?」
「そ、そうね」
未だドキドキと興奮している私を落ち着かせるようにローニャはピョコピョコと動きながらマーサさんが手渡したハンカチで私の手を拭いてくれている。
まだ下の階ではバタバタと騒がしい様子だったけれど、私とローニャは気にしないように部屋で静かに過ごすことにした。
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