第8話 双頭の大蛇アンフィスバエナ!魔境グンマー奥地に恐怖のオーク族は実在した!-③

「蛇の化け物…って、まさかアンフィスバエナか!?」

「アンフィス…?あ、ああ!そんな名前だった気がする。頭が二つある、家より大きい蛇なんだ!」


 レッドロック村の住人、スギタ氏の証言によれば、今日の夕方ごろ巨大な双頭の蛇が突然、村の家畜を襲いに来たのだという。


 十中八九アンフィスバエナだ。

 時刻は午後3時過ぎだったとの事なので、私たちが野営を始めて1時間ほど経った頃の出来事だ。


 撒いたのが午後1時半頃として、村までの移動所要時は2時間弱。

 人の足なら4時間かかる道のりを倍以上のペースで進んだ事になる。


 村に現れたアンフィスバエナは、毒液を吐き散らかして村人を威嚇。

 その巨体で家屋を破壊しながら畜舎を探り当て、そこで飼われていた家畜を襲ったのだと言う。


 幸いにも人的被害は出ておらず、豚3頭を丸呑みにした所で、アンフィスバエナはひとまず満足したらしい。

 今は村からは去っているそうだが、格好の餌場を見つけてしまった奴は、今後も継続的にレッドロック村に被害を及ぼし続けるだろう。


「信じられない凶暴さだった…!通信用の設備まで壊されてしまって、助けもいつ来てくれる事やら…」

「そんな!」


 切羽詰まったスギタ氏の言葉に、ナガノ氏が真っ青な顔で口元を覆う。

 魔獣の出現情報は近隣の村にも共有されていたはずだが、その活動範囲は想定を大きく超えていた。


 エサを探して一日のうちに森の端から端まで彷徨っていたと言うのだから、よほど飢えているのだろう。

 私たちが遭遇時に毒液を使い切らせた事も、それに拍車をかけたかもしれない。


「豚3頭って…どんだけ食うんだあいつ。変温動物ってのは小食じゃないのかよ?」


「妙なのはそれだけではありません。あのサイズの生き物がそんなスピードで這い回れば、進路上に逃げ遅れて圧死した生き物の痕跡が少なからず残るはず。なぜ口寄せに反応がない…?」


 どういう事だ?

 再度スキャンを試みるも、やはり森の中に巨大な生き物が踏み荒らした形跡は見られない。

 敵は一体この森のどこを移動している?


「考えるのは後だ。夜が明け次第すぐに出発しよう。」


 ナスル先輩が話を打ち切り、スギタ氏のために予備のテントを設置し始める。


 確かに先輩の言う通りだ。

 隠密移動のカラクリは分からずとも、敵の狙いと戦い方に関しては既に手の内が割れている。

 私は私がすべき事に、集中するべきだ。


 結局その日はロクに眠れなかった。

 本音を言えば、村の住民2人には、どこか安全な所で待機していて欲しい。


 だが、今回ばかりは敵の行動範囲が広すぎて、その安全な所がどこにも存在しないのだ。

 仮にこの野営に残したとして、ここがアンフィスバエナやその他の魔獣に襲われない保証など無い。


 それに、この森…迷いの森とも称されるグンマー西武森林を、案内無しに抜けるとなれば、いったい何十時間かかる事か。

 あの大食らいなデカブツに消化の時間を与える事は、次の被害を黙認するに等しい。


 結論として、私たちはナガノ氏とスギタ氏、両名を連れて日中の森を強行突破せざるを得なかった。


/


―翌朝


「作戦の最終確認を始めるよ。ボクたちは夜行性動物との接触を避けるため、本日午前6時から移動を開始する。10分後だ。ポイントマンをシオン、バックアップをボクが務め、ルーナは後ろのお二人の護衛に付く。申し訳ありませんが、ナガノさんとスギタさんはルーナの後ろから適宜道案内をお願いします。」


 ナスル先輩が険しい表情で指示を飛ばす。

 フォーメーションの先頭は私だ。

 索敵および敵の殺傷は主に私が受け持つ。


 そのすぐ斜め後ろをナスル先輩が並走し、私の討ち漏らしを片付ける。


 ルーナは変身して、後方警戒およびナガノ氏、スギタ氏の護衛だ。


 オーク族は膂力に優れるが、彼らは戦闘経験を積んでいる訳ではない。

 誰かが付きっ切りで守る必要があった。


「分かったよ。よ、よしく頼む。」

「だ、だ、大丈夫です…あたし行けます!ちゃんと案内しますからっ!」


 2人とも声の震えを抑えきれていない。

 今から自分を丸のみにできる、巨大生物の懐に飛び込もうというのだから当然だ。


 本来ならば私たち3人で処理すべき件に、危険を押して突き合わせている以上、絶対に怪我はさせられない。

 是が非でも守らなくては。


「おい、シオン。力み過ぎんなよ。ただでさえアンタ馬鹿力なんだから。」

「…善処します。」


 慌てず、走らず、決してはぐれないよう注意しながら歩を進める。

 素人を2人連れている以上、音を立てるなは無理筋だ。


 ただの獣なら大抵は私に恐れをなして向かってこないが、オルゴン汚染で生存本能の鈍った一部の魔獣はそうは行かない。

 歩き始めてから約20分で、最初の敵に遭遇した。


「来ます。」

「早速かよ!蛇相手に競り負けて、飯食えてねえのか?」


 私情は捨てろ、同情はするな。

 ここから目的地に到達するまで、私は一個の処刑器具だ。


 障壁で覆った左拳を盾とし、右手の手刀で切り結ぶ、白兵の構え。

 花園流唱闘術、椿の型。


「敵影5、右に3左に2。いずれも吸血タイプです。」

「了解!並ばせる!」


 小型の二足歩行魔獣『チュパカブラ』が5頭、両側面から挟撃してくる。

 残念だが、地獄の業火に自ら飛び込む者を救う術を、私は持ち合わせていない。


 合図に合わせて、ナスル先輩が両手のブラスターを閃かせる。

 おなじ第二種ブラスターでも、私が撃つそれとは精度が段違いだ。

 4発の衝撃弾がそれぞれ最適のタイミングで着弾し、5頭の魔獣が順番待ちの列に等間隔で並んだ。


 ありがたい、これでせめて周囲の木々は無意味に切り倒さずに済む。


 右手に構えた手刀に怨嗟の炎を収束、可能な限り細く短く、過剰でない出力に絞り込む。

 温度にして約3000ケルビン、鉄をも溶断する威力のイオンプラズマの刃。


 それを私は容赦なく、目の前の無力な生き物の首へと叩き込んだ。


「花園流『侘助わびすけ』」


 肉の焼ける匂いがする、血の爆ぜる音がする。

 ナスル先輩の射撃音が1発。

 猿型の魔獣『バーゴン』が、防御に失敗してのけ反っている。


 大きく広がった腕が邪魔だ。

 右腋から左肩にかけて、逆袈裟に溶断。

 頭を下げるかの様に崩れ落ちて来た、上半身の燃えカスを、殴り潰してどかす。


「うぶっ…」


 抑えきれない嘔吐の音。

 低めの声、スギタ氏か。


 人に近い形をした生き物が、目の前でグチャグチャに破壊されているのだから、無理なからぬ反応だろう。

 すまない、もう少しだけ辛抱してくれ。


 頭上から3羽分の羽音。

 ずんぐりとした飛行型『モスマン』。

 跳んで追い回すのは時間の無駄だ。


「先輩、向かって左をお願いします。ルーナは落下物に警戒を。」

「分かった。」

「おうよ!」


 地を蹴って一歩、空を蹴って二歩。

 敵はまるで反応できず、私の頭上3メートルを漂っていたモスマン1匹が刃圏に入った。


 残心などするまでもない。

 鱗粉塗れの乾いた体は、地表に達する前に炭化している。


 左の個体はナスル先輩が散弾の一撃で粉々にした。

 私は更に空を蹴って、後ろに飛んで逃げようとする最後の一匹を追い抜く。


 その勢いのまま後頭部へのかかと落としで撃墜、軌道の先では既にルーナが右ストレートを構えている。

 あれは…三音詠唱『牙突がとつ』か。

 なら結構。

 即死だ。


「おい、今どの辺りだ?大分進んだだろ!」

「予定ルートの半分は消化したはずです。周囲に敵影無し。」


 慌てず、走らず、決してはぐれないよう直進ルートを維持する。


 前方に岩。

 迂回の時間が惜しい、切り払う。

 その先に薮。

 掻き分けていられない、消し飛ばす。

 森が途切れた。

 崖が見える。

 邪魔だ、崩


「おい、シオンよせ!生き埋めにする気か!」

「ッ!?すみません。」


 いけない、暴力のタガが緩んできている。

 少しペースを緩めるべきだろうか?

 一旦足を止めてナスル先輩と相談したい。

 そう思って、後ろを振り返った、その時


「「SHYYYYYYYYY!!!」」


 突如、背後に巨大な反応が2つ落ちて来た。

 いや1つだ!2つの頭が同じ胴体で1つに繋がっている!

 アンフィスバエナ!一体どこから!?


「やられた!こいつ、樹との摩擦で体を支えて、空中を移動してるんだ!」

「はァ!?このサイズで!?」


 ルーナが吠える。

 にわかには信じ難いが、確かにそれなら口寄せで動きを読めなかった事にも説明がつく。


 実際この魔獣は、地表を走査した私の術も、樹冠まで登ったナスル先輩の目も欺いて、こうして我々の頭上を取ってきたのだ。


 異常に太く高く密なグンマーの森林に適応した、この個体ならではの狩りの技術なのだろう。

 二つの頭がカッと口を開き、昨日喰らった豚の滋養を毒液に変えて滲ませた。


「どけ!殺すぞッ!!」


 思わず口から殺意があふれ出す。

 しまった、と思った時にはもう遅かった。


 焦る意識とは裏腹に、体はとっくに衝動的な暴力を実行に移している。


 眼前に迫った毒液の塊に、術で保護した左拳を突っ込み、力任せに振り払う。


 そも私一人を守るなら、音障壁などと言う回りくどい手は必要ないのだ。

 届きもしない飛び道具を頼んだ浅慮漢は、重い代償を払う事となる。


 右手の炎刃の制御を緩め、10メートルほどの火球に変えて敵の体を丸ごと焼き尽…


…くす前に踏みとどまれ!


 何をやってるんだ私は!

 こんなバカでかい生き物の体液を、瞬間的に沸騰させたら、間違いなく水蒸気爆発が起こる。

 そうなれば、私たちはともかく、堅気の二人は直撃を受けて大火傷だ。


 すでに飛び掛かってしまった体を、強引に2つの頭の片方に向け、叩き斬る際の反動で急制動する。

 踏み込みを終えた私の足は、自ら生み出した慣性を受け止める為に、一瞬その動きを止めた。

 次の動作が、一手遅れる。


「SPIIIIIIIIIT!!!!」


 視界の端にはもう一つの蛇頭。

 その口から吐き出される毒を防ぐ障壁は、私にしか張れなかったのに。

 軌道上にナガノ氏…ダメだ、避け切れない!

 ルーナが跳躍する!


「きゃぁぁぁッ!?」

「コハルちゃん!伏せろッ!」


 切り飛ばされた頭の痛みに、悲鳴を上げて逃げ去るアンフィスバエナ。


 それを追っている余裕は私たちには無い。

 ナガノ氏を庇って、ルーナが毒液をまともに浴びてしまった。


「ぐ…つぅぅ!臭ぇんだよ、蛇公!ちゃんと歯ぁ磨いとけ…!」

「バカ!強がってる場合か!すぐに解毒剤を!シオンは回復の術を使って!」


 ナスル先輩がありったけの水でザバザバとルーナを洗い流す。


 私は急いで回生の泉を発動し、可能な限り彼女の体力の消耗を抑える。


 ルーナはおどけて見せているが、到底軽いダメージとは思えない。

 私のせいだ。

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