第7話 双頭の大蛇アンフィスバエナ!魔境グンマー奥地に恐怖のオーク族は実在した!-②
状況を整理しよう。
私、ルーナ、ナスル先輩の業務課若手3人組は、ここグンマーの森林に住み付いてしまった双頭蛇『アンフィスバエナ』の駆除依頼を受けて現地入りする最中だった。
まずは拠点の確保およびクライアントからのヒアリングを行うべく、バスでグラスポート町まで移動していた所、道中で偶発的にアンフィスバエナと遭遇。
準備不足での遭遇戦を避け、なんとか敵を振り切る事には成功したものの、全員そろって無我夢中で全力疾走した結果、迷いの森の奥深くまで入り込んでしまった。
つまり遭難だ。
「どんだけ奥まで来たんだこれ。道のみの字も見えねえじゃんよ。」
「通信も繋がりません。どうやら木が密過ぎて念話が通らないようですね。」
頭上は濃すぎて黒に近い緑、足元は対照的にやや視界の開けた茶色。
ホウライ本島の森林には珍しく、下生えが乏しい。
森林が発達しすぎて、日光が地表まで届いていないのだ。
ひとまず周囲を広域スキャンし、位置情報の把握を試みる。
地図と睨めっこしつつ、周辺地形から現在位置を推測。
人通りの多い路には、必然的にその輪郭をなぞる形で弱い地脈が形成されるため、これの形から襲撃ポイントとの位置関係も概算できる。
来た道は大体分かったが、戻るのは論外だ。
せっかく撒いたアンフィスバエナとまた鉢合わせしては元も子もない。
「ボクはちょっと樹冠まで登って、周辺の状況を目視確認してくるよ。この見通しの悪さで位置情報をスキャンだけに頼るのは危険だ。」
そう告げて、ナスル先輩がカシャリと下半身を変形させる。
人間のそれと同じような形をしていた脚部が、まるでカーテンを広げるかの様に扇状に展開。
たくし上げられたスカートの中から、昆虫を思わせる左右3対のブレード型脚部が飛び出した。
彼の戦闘用身体には、この手のグロテスクな折り畳み機構が随所に仕込まれているのだ。
「そんじゃ、下の見張りよろしくね~」
シャカシャカと金属の擦れる音を立てて梢に消えてゆくナスル先輩。
下から見るとデカい蜘蛛みたいで不気味だ。
残された私とルーナは、運転手を間に挟んで再び警戒態勢を取る。
口寄せの術を用いて、捕食あるいは圧殺された生物の痕跡を確認。
ターゲットの移動ルートを確認する。
流石に敵も用心しているのか、リアルタイムでの補足は困難だが、ひとまずこちらに向かって来てはいないようだ。
人間の死体の反応が見当たらなかったのは不幸中の幸いだった。
「あ、あの…ベイリーさん、クズノハさん、ちょっと良いですか?」
「ん?なんすか、ナガノさん?」
そう言えばバスの運転手の氏名も確認した。
彼女はコハル・ナガノ氏。
地元のバス会社に勤める新米ドライバーだそうだ。
同性と言う事もあってか、特にルーナとは話しやすそうに見える。
「もう一度さっきみたいに、地図で今いる位置を地図で指し示してくれませんか?あたしの実家、この辺りの村にあるんです。そこまでなら案内できるかも…」
「へー!そりゃ頼もしいっすわ。ぜひお願いします。」
なんと、さすが地元民や!
なにしろ迷いの森と名高いグンマー西部森林の奥地。
ここから徒歩で宛てもなく彷徨ったとして、首尾よくグラスポート町に到着できる保証はどこにもない。
多少回り道でも、人里で確実に体勢を立て直せるなら万々歳と言う物だろう
と言う訳で、一旦ルーナから私にバトンタッチ。
「広域スキャンの結果から推測して、私たちが今いる場所はここ、襲撃を受けた地点はこの辺りのはずです。」
「ああ、なるほど!それなら、ここから3、4時間も歩けば村に着くはずです。そしたら国道沿いなんで、グラスポートまですぐですよ。あたし案内します!」
心なしか顔色が良くなったナガノ氏とともに地図上で顔を突き合わせ、進むべき方角を確認する。
もちろん地形も平坦と言う訳ではないので、彼女の安全のためにも多少の迂回は必要だが、それでも大きな進歩だ。
「その村って、ここから東の谷にあるやつの事かな?移動には賛成だけど、日が落ちるまでの時間を考えると、今日中の移動は避けた方が良さそうだ。出発は明日にしよう。」
カシャカシャと岩のような樹皮に足先を食い込ませながら、ナスル先輩が下りて来た。
蜘蛛めいた奇怪なシルエットの脚が滑らかに収納され、再び人の形に戻る。
現時刻は午後2時。
大分日が長くなってきたとは言え、まだ3月上旬だ。
この森の光量の乏しさを考えると、あと2時間もすれば周囲は真っ暗闇だろう。
確かに、今から動き出すのは、いささかタイトだ。
「それじゃ、手分けして野営の準備だ。ボクはテントの設営を済ませて、通信環境の確保を試みる。ルーナは水汲み、シオンはボクの目が届く範囲でナガノさんを護衛しつつ薪を集めてくれ。各員、行動開始!」
/
ウェンズデイ株式会社には基本的に制服と言う物は存在しない。
服装自由、髪型自由、ついでにメイクやネイルも自由だ。
かく言う私も、現場仕事がない日はオフィスカジュアルで出勤している。
とは言え、やはり命のかかった現場でプロが使う道具となると、どうしても選択肢が似通ってくる物だ。
まして私たちは一つのチーム。
ある程度は機材の使い回しが効いた方が、補給の融通が利きやすいと言う大人の事情もあり、今回この現場に居る3人は3つの装備を共通化している。
1つ目は、外気の温度・湿度・気圧などの影響を緩和する全環境適応スーツ。
私がオフホワイト、ルーナがダークレッド、ナスル先輩がネイビーブルーを着用して、識別性を確保している。
実質的な私たちの制服だ。
2つ目は、護身用の第二種ブラスター。
免許取得も容易なため、弊社の業務課スタッフ全員に最低1本の携帯が義務付けられているが、私たちはこれを自主的に、同一メーカーの同一モデルで統一している。
そして3つ目が、腰に回した、この空間拡張ポーチだ。
ベルトに吊るせるやや大ぶりなポーチの中に、一畳ほどの空間が広がっており、野営の道具や防寒着などが圧縮収納されている。
私はその空間拡張ポーチの中から、私物のキャンプ用ワンドを取り出し、ナガノ氏に差し出した。
「ナガノさん、良かったらご一緒しませんか?何かしていた方が気が紛れますよ。」
「あ、はい…どもです。」
はにかみながら受け取るナガノ氏。
ルーナと一緒の方が気が休まるのだろうが、流石に魔獣との遭遇リスクのある水汲み作業に参加させるわけにはいかない。
ここはひとつ、キャンプ気分を楽しみつつ、緊張をほぐしてもらうとしよ…
「わ、すごい!これビクトリキックスのフルタングモデルじゃないですか!高かったでしょ?」
「えっ?ご存知なんですか?マジ!?ねー!やっぱ強度の欲しい用途だとビクトリですよね~!」
マジか!分かってくれますかナガノ氏!
分野は違えど、エリートが使う道具って、やっぱり選択肢が似通ってくるんだよね、分かる分かる。
なんだか一気に距離が縮まった気がする。
薪の拾い方もセオリーを理解しており、なかなか出来るお人のようだ。
選ぶのはなるべく乾いた古い枝。
湿気ていたら表面を切断の術で削ぎ落し、水が抜けて油分の残った内側の部分を露出させるのがコツだ。
まずは焚き火台の下の方に太い枝を組み、その上に焚き付けとして細い枝を乗せる。
幸いここは杉林なので、火口として枯れた杉の葉もたっぷりと被せよう。
ここをケチると熱量が足りず、太い薪に火が移らないので要注意。
「ほほ~、クズノハさんは杉の葉派ですか。あたしフェザースティック派です。」
「お、通ですねぇ!私いつも着火剤は松ぼっくりとかで済ませちゃうんで、アレあんま作った事ないんですよ~」
野営談義に交えて、ナガノ氏は明日向かう予定の村についても色々な事を話してくれた。
曰く、村の名はレッドロック。
水害を避けて河岸段丘の段丘面に形成された村落だ。
安全の代償として水利に恵まれず、田畑の収入の不足分を補うための副業として、養蚕業が発達したのだという。
それ故に近代養蚕技術の恩恵を強く受け、近隣に鉄鉱山が見つかったこともあって、一時期は随分と栄えたそうだ。
それらの産業が下火となった現代においても、保養地として名高いグラスポート町からのアクセスの良さを生かして、観光業で稼いでいるというのだから、まったく逞しい。
「小さな村なんですけど、古い建物やら道具やらが色々と保存されてて、行楽シーズンにはお客さんで賑わうんですよ。あたしの実家にも、先祖伝来の品~って槍とか鎧兜とか置いてありましたし。」
「それは気になりますね。状況が落ち着いたら是非、ゆっくりお邪魔させてください。」
焚き火もだいぶ安定してきた。
そこに狼女に変化したルーナが意気揚々と戻ってくる。
パンパンに膨らんだ20リットルの水タンク4つを、両腕に担いだ状態で。
「おら、帰ったぞ~!こんだけ有りゃ足りるだろ。」
「いや多いわ!一人頭20リットルて!風呂でも沸かす気ですか!」
一晩で水80リットルも何に使うんだよバカタレ!
そして、その量の水を私が煮沸殺菌するのか?全部?本気で言ってる?
「うるっせえなぁ。んなもん、いつもみたいに死霊術でちゃちゃっと火ィ出しゃすぐだろ。こちとら力仕事で疲れてんだわ。はよ手ぇ動かせ。はよはよ。」
「こ、こいつ…!今の発言で全キャンパーを敵に回したと知れ…!」
「まあまあ、クズノハさん!今回は遊びじゃなくてお仕事ですから!」
ぐぬぬ、まあ確かに。
今回はナガノ氏に免じて勘弁してやる。
仕方ないので、とりあえず全てのタンクに火の術を放り込み、沸騰させて湯冷ましにしておく。
その間に引き続き、焚き火チームで夕食の準備だ。
戦力外のルーナには適当に休憩を取らせておこう。
食器の用意は飯盒しかないので、メニューは缶詰と炊き込みご飯のみ。
とはいえ、現在我々が置かれている状況を鑑みれば上等な晩ご飯と言っていいだろう。
「お、これ美味いっすね、ナガノさん。米飯に乾燥キノコを炊き込んで、ピクルスは後から混ぜてあるんすか。」
「ほんとだ、手が込んでるねぇ。ナガノさんのアイディアなの?」
「いやぁ、グハハ!グンマーの郷土料理のなんちゃって版なんですけどね。気に入ってもらえて良かったです。」
うむうむ、私たちの渾身のキャンプ飯も中々に評判が良い。
これがエリートの実力ってやつよ。
ナスル先輩は食事の合間もちょこちょこと念話機を弄ってチューニングを続けているが、課長とのリンケージはなかなか確立しないようだ。
「うーん、ダメだ!念話自体が届かないんじゃ、どうしようもないな。すみません、ナガノさん。せめて、あなたを巻き込んでしまった事だけでも外に知らせておきたかったんだけど…」
「あー、いや、そんなに気にしないでください。実際こうして守って貰えてますし、あたしも丁度そろそろ里帰りしたいと思ってたんで!」
申し訳なさそうな表情のナスル先輩を気遣って、ナガノ氏が笑顔を作る。
腹が満たされ、体が温まり、そろそろ明日に備えて寝ようかと言う段になった時、それ唐突に表れた。
「はぁッ…!はぁッ…!はぁッ…!や、やっぱり人だ…!」
すわ、何事や?
キャンプに闖入して来たのは、オーク族の男性だ。
ナガノ氏よりも更に大柄なカラダをドスドス揺らして、まっすぐこちらに走ってくる。
「あれ、スギタさん!?皆さん、この人あたしの知り合いです。さっき話した故郷の村のご近所さんで。」
「き、君は…ナガノさんとこのコハルちゃんか!よかった、無事だったんだな!」
ふむ、近隣住民?さては遭難でもしたか。
アホのルーナがバカみたいに汲んできた水が思いがけず役に立つ時が来た。
私が差し出した湯冷ましを、一礼してガブガブと呷った後、
その闖入者は想定外の最悪の知らせを、私たちにもたらした。
「はぁ、はぁ…た、助け…!助けを呼んでくれっ!レッドロック村が、蛇の化け物に襲われてるんだ!」
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