双頭の大蛇アンフィスバエナ!魔境グンマー奥地に恐怖のオーク族は実在した!

第6話 双頭の大蛇アンフィスバエナ!魔境グンマー奥地に恐怖のオーク族は実在した!-①

「シオ~ン、おっかえりぃ~!ミチノク遠征どうだった?シオンに会えなくてボク寂しかったよぉ~」


「ぶぇっ!ちょっと、飛びつかないでくださいよ、ナスル先輩。」


 ぐえぇ、苦しい。

 出社するなり先輩社員がノーブレーキで突撃してきた。


 ネイビーブルーのスーツにロングスカートを合わせ、金糸の髪をなびかせる少女

…なのは見た目と声だけで、中身は私より4つ年上の20代男性だ。


 名前はナスル・ブン・ハイヤーン。

 幼少期の事故で半身不随となったのち、当時研究中だった戦闘用バイオ錬金義体の被験者となる事で『歩ける』体を取り戻した、熟練の人形術士だ。


 文字通り、手足のごとき彼の人形操術は生身の人間の動作精度を上回っており、とりわけ射撃に関しては右に出る者は居ない。


 外見に引きずられたような少女趣味と、この異様な距離の近ささえなければ、私も手放しで尊敬するのだが、まったく世の中ままならない物だ。


 やはり心技体すべてに優れる、この天才エリート死霊術士シオンが、弊社を引っ張って行くより他あるまい。


「いや、ほんと遠かったですね。座りっぱなしでお尻が痛くなりました。あとナスル先輩、距離が近いです。」


 はい!いいかげん離れんしゃい!

 首にかじり付いた小柄な体をペッと剥がして横に置く。


 全身義体だけあって小柄な割に重たいんだよな、この人。

 ゴトッて言ったぞゴトッて。



「あっ、シオン!今ちょっと失礼な事考えたでしょ!」


 うぜぇ


「すみません、ちょっと一発ビンタしていいですか。」


 衝動的に腕を振り上げようとした私の背後で、ガチャリとドアが開く音がした。


 やべ!もうそんな時間か。

 奴が来たと言う事は、もう始業時間ギリギリだ。

 早くタイムカード押さないと。


「おはざーっす。ナスル先輩相変わらずキモいっすね。シオンも入り口で遊んでないではよ入れ。邪魔だ。」


「はぁー?私も被害者なんですけどー?傷つきました、ハラスメント報告上げときますわ。」


 ギリギリに出社して来たくせに何故かルーナが偉そうだ。

 しかし、24歳男性社員のぶりっ子は精神的に来るものがあるので、バッサリ切り捨ててくれたのはグッジョブ。

 毎度こんな感じなのに、先輩もよくやる。


 それはともかく、今日は朝一から次の現場に向けたミーティングがあるのだ。

 アホ2人は放っておいて会議室に直行せねば。


 ってあれ?


「おや?課長、シエロさんはお休みですか?」


 ウェンズデイ株式会社の現場担当は総勢4名。

 私、ルーナ、ナスル先輩に加えて、航空偵察担当のシエロさんが居る。


 そのはずなのだが、会議室に集まったのは、課長と私たち若手組の3人だけだった。

 風邪でも引いたかな?脈道の遅延情報とか出てたっけ?


「ああ、シエロは別件で出張中だよ。悪いけど本件はあなた達3人で対応して。」

「マジっすか?いっつも居ねえよなあの人…」


 ルーナが露骨に嫌そうな顔をする。

 まあ分かる、ヤコダ山では私と一緒にとぼとぼ歩いてスキャンの絨毯爆撃を行ったが、飛行術士のシエロさんが居たら、あの作業は1時間くらいで終わったはずだ。


 ぶっちゃけ効率が悪い。

 なんだこの人員配置。


「まあ、そう言わないで。事前調査に必須の人材だから、スケジュールがカツカツなんだよ。それに、どの道今回の案件に彼は不向きなんだ。何しろ現場が…あのグンマーだからね。」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 魔境グンマー

 先の魔大戦の折、緑の呪いを投下され、地域全体が深い迷いの森に沈んでしまった首都圏の魔境だ。


 曰く、この地では魔道具が使用できない、周辺地域に比べて異常に気温が高い、共通語とは異なる未知の言語を使用している、などなど不気味な噂が後を絶たない。


 まあ、実態は森林の成長速度が異様に速くなってしまっただけで、道路もあれば高速地脈道レイラインウェイも通っている。

 なんなら東部は、国内有数の大手機械メーカーが製造拠点としている工業都市だ。


 ホウライ本島で林業と言えばゴブリン族の出番だが、この辺りは畜産や機械工業など腕っぷしを求められる産業が盛んで、伝統的にオーク族の発言力が強い。


 彼らは密林に溶け込む緑色の肌を持ち、巨体と器用さを兼ね備えた人間重機だ。


 その壮健さたるや、成人式では欠かさずバンジージャンプが執り行われ、近隣のトツィギと抗争にでもなれば、グンマー兵2人を退かせるためにトツィギ兵数千の犠牲を覚悟しなければならないと言われるほどである。

 ホンマかいな。


「グハハハ!全盛期のグンマー武勇伝なっつ!それ、あたしらが子供の頃のネタですよ!帝都の方じゃまだ擦られてるんですか?ダハハハハッ!」


 と言うようなうんちくをアホ2名に語っていたら、なにやら地元民っぽい運転手さんに笑われてしまった。

 やっぱネタなのかこれ。


「あ、でも成人バンジーはやりましたよ!丁度あたしの番で紐が千切れて、川底ブチ砕いちゃって大変でしたわ!ガッハッハ!」

「サラッととんでもねえ話ぶっこんで来たな?」


 マジかい。

 ルーナも間抜け面でのけ反っておる。

 そして、乗車口が後ろ側だったから気づかなかったが、ひょっとしてこの運転手さんはオーク族なのかな?


 声の感じから女性だと思うが、随分と背が高い。

 私もストライダー族としては小柄な方ではないが、彼女との身長差は頭一つ分では済まないだろう。

 目測だが立ったら2メートルは下らないのではなかろうか。


「お客さん達は温泉ですか?グラスポート町まであと一時間くらいなんで、景色でも見ててください。まあ、木ばっかりなんですけど!」


 運転手の言葉につられて外を見る。

 確かに窓の向こうの景色は、見渡す限りの木、木、木だ。

 視界全てが緑と茶色の二色で埋め尽くされている。


「うわぁ~、すっごい森だねぇ!これは確かにシエロさん来ても仕方ないかも…」

「そっすねぇ…てか、こん中からヘビ一匹探すなんて無理じゃね?」


 車窓越しにもありありと感じられる魔境の緑の迫力に、女子二人が唖然とする。

 いや、女子二人じゃなかった、女子と男子だった。

 ああもう!紛らわしいんだよ、ナスル先輩!


 ともかく、今回我々が対処する魔獣は、この森のどこかに潜む双頭蛇、『アンフィスバエナ』。

 目撃例の少ない魔獣で、姿や大きさがハッキリしないが、ともかく大きな蛇の姿をしているらしい。


 最大の特徴は尾の代わりに第二の頭を持つ事で、それぞれの頭部が独立してお互いの死角をカバーする事で、高い戦闘能力を発揮するのだとか。


 その行動範囲は広大なグンマー西部森林全域に及んでおり、事態を重く見た地元の温泉地グラスポート町が弊社に駆除を依頼する運びとなった。


 出来れば生け捕りで、と言いたいところだが、既に複数の犠牲者が出ている以上、そういう訳にもいかないだろう。


 本件の主担当を務めるナスル先輩は、私やルーナとは異なり、完全に殺傷を目的とした第一種ブラスターの所持免許を保有している。


 ナスル先輩殺しのプロがアサインされると言う事は、つまりそう言う事なのだ。


「クライアントはグラスポート町内会でしたね。あと1時間程との事なので、2人とも寝ないでくださいよ。」


 それにしても、見れば見るほど凄まじい森林だ。

 樹種こそスギやヒノキなど一般的な人工林のそれだが、一本一本がとにかく太い。

 私達3人で手をつないでも、一周に足りるかどうか。


 そんな、どこぞの御神木かと見紛うような巨木が、道端にニョキニョキ生えているのだ。

 それに比例して落ち枝も大きく、時おり道に仕掛けられた罠のようにバスをガタガタと揺らしている。

 てか、これタイヤ大丈夫かな?


「ああ、ご心配なく。グンマーは自動車産業も盛んですからね。ちゃんと魔境の道路事情に合わせたタイヤが普及してるんです。」


「へぇ~!トラクターとか建機に使われてるやつと同じような感じ?スピードはどうやって確保してるの?」


 運転手のお姉さんが、慣れた様子で地元の豆知識を解説してくれる。


 ナスル先輩は自分の体が半機械だから、こういう話題によく食いつくんだよな。

 仕事道具のアタッシュケースをぬいぐるみのように抱きかかえて、楽しげに体を揺らしている。


 バスの乗客は私たちだけで、実質貸し切り状態だ。

 丁度いいから少し相手をしていてもらおう。

 その間に、私はちょっとお昼寝…もとい、簡易的な瞑想を行い、この天才的頭脳のスタミナを温存する。

 その時である!


「ぎゃわーーーーーっ!?!?!?」


 ドガァン!と大きな音に続いて、バスが急停車した。

 すわ何事か!?

 幸いバスが何かに衝突したわけではないようだ。


 進行方向数十メートル先の森が突然爆ぜ、もうもうと土埃が舞っている。

 精密スキャンしてみると、何やらニョロリと細ながい影…

 いや、細くない!恐ろしい太さで、かつ長い!

 尖塔じみた魔境の木々すら相対的に小さく見えるほどに!


「蛇…?」


 ルーナが咄嗟に変身を試みて、やめた。

 賢明な判断だろう。

 これを不用意に刺激するのは危険だ。


 土埃が収まると、そこに佇んでいたのは、胴体の前後から2つの鎌首をもたげてこちらを威嚇する、巨大な双頭の大蛇だった。


「総員退避!急げ!」


 ナスル先輩が声を張り上げる。

 彼の言う通りだ。

 まだクライアントへのヒアリングすらできていないのに、こんな遭遇戦で軽く片づけられる相手ではない。


 運転手は腰を抜かしている。

 ルーナが部分変化で筋力を強化し、抱き上げるのを確認してから、私も走り出した。


「「SPIIIIIIT!!!」」

「くっそが!こいつ毒飛ばしてくんのかよ!」

「そりゃ飛ばしてきますよ!図鑑に書いてあったでしょ!空よ泣き叫べ!」


 死霊術『拒絶の絶叫きょぜつのぜっきょう

 私の中に捕らえてある死者達の怨念を使役し、断末魔の大合唱で音の障壁を作り出す。


 大質量の流体を防ぐには、斥力障壁よりこちらの方が有効だ。

 重さがかかっても割れないのが良き。


「全員、隊列を組め!ボクが先行する!ルーナは運転手を連れて続け!シオンはそのまま障壁で2人を守るんだ!」


 ナスル先輩が叫びながらグリンと腰を半回転させ、上半身だけで敵に向き直る。

 同時に、両手に構えたブラスターから、夥しい数の術弾がブチまけられた。


 それも、私やルーナが使うような衝撃弾ではなく、魔獣の甲殻をもブチ破る対獣徹甲弾だ。

 素早くも精密な射撃がアンフィスバエナの鱗を叩き割り、しかし、その傷は驚くべき速さで塞がっていく。

 なんて再生速度だ!


「さすがに二種ブラスターじゃ埒が開かないね…!」


 無論、先輩もそんな事は織り込み済みだ。

 あえて皮膚の再生に体力を使わせ、敵のスタミナ切れを早める作戦だろう。

 私も引き続き音障壁を展開しつつ、可能な限り速度を上げる。


「ひ、ひぇぇ!お助け!」

「ぐぇっ!暴れんなってよ!」


 運転手はまだパニック状態で、とても自力では走れそうにない。

 ルーナの体力が心配だ。

 既に額をダラダラと汗が伝っている。


「SPIT!!!SPIT!!!」

「SPIT!!!SPIT!!!」


 左右交互に二つの口から豪雨のごとく毒液が降り注ぐ!

 手数が多い!

 障壁を緩められない!

 まずい、そろそろルーナが限界だ!


「ぐっ…重ってぇ!オークってのは何キロあるんだ!」

「ぅ、150キロくらい…かな?」


 ああそうですか!貴重な情報どうもありがとうね!

 アンフィスバエナが執拗に追ってくる。

 ジリジリと距離が縮まる。

 今にも飛び掛かられそうだ。


 坂が下りなのが不幸中の幸いと言うべきか。

 だが、このまま消耗戦に耐え抜けばいずれは…!


「SPI…!?」


 毒液噴射が途切れた!

 当然の結果だ。この毒はオルゴン生成物ではなく、生理的に分泌されたアンフィスバエナ自身の体液なのだから。


 毒腺に蓄積した分を使い切れば、再度の充填まで飛び道具は使えない。


「ルーナ!手をこちらへ!満たせ、安らぎの水よ!」


 その隙に障壁を解除、同時に別の術を発動。

 両掌を柔らかく広げ、手首を合わせて花に見立てた手の中に、己の心臓から流れ出る魔力を集中する。


 死霊術『回生の泉かいせいのいずみ

 死者の記憶にこびり付いた痛みや疲れを癒す術だが、生者にもある程度は効果がある。


「サンキュ!飛ばすぞッ!!」


 ルーナのスピードが目に見えて上がる。

 反対にアンフィスバエナは毒液を吐き疲れて少しずつ遅れ始めた。


 距離が離れる。

 もう牙は届かない。

 毒液の間合いも出た。


 それから更に走る事数分、ようやく敵が諦めて、向きを変える気配がした。


「はぁ、はぁ…ま、撒いたね。」

「ふひぃー…はい…どうにか…」

「ぜはぁーーーーッ!もう走りたくねぇーっ!運ちゃん無事か?」


 3人とも息も絶え絶えだ。

 ルーナが大の字に寝ころびながら運転手を気遣う。

 見た所、どうにか立てるようにはなったようだが…


「う、うん…なんとか。ごめんね、あたしオークなのに、荒事はからっきしで…」


 なにやら意気消沈しているが、慰めている余裕はない。

 呼吸を整えつつ広域スキャン。

 アンフィスバエナは追ってきていない。

 その他こちらに向かってくる魔獣の反応もひとまず無し。


 未汚染動物は反応が弱すぎて感知が難しいが、よほど鈍感でなければ、正気で私に挑もうなどとは思わないだろう。

 魔力保持量だけで比べたら、今しがた散々追い回されたアンフィスバエナより、私の方が大きいのだ。


 しかし、差し当たって我々が直面している問題は、単純な暴力で解決できる物ではなかった。


「…で、ここ何処だ?」


 ほんとだよ!

 迷いの森のど真ん中で本当に迷子とかシャレにならないんですけど!?

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