stage8 屋上
夜風うずまく時計塔の最上部。屋上は本来、専用の職員でなければ出入りできない場所なのだろう、殺風景で、落下防止柵が申し訳程度に巡らせてあるくらいだ。
その柵を乗り越えた先の足下に、ペンキで書かれた大きな丸と十字があった。これはいわゆる、ドラゴンの着地地点を示す印だろう。
その印の真ん中まで走り、空を見上げた。屋上は松明が並べられて煌々と照らされている。その光を受けて、上空でドラゴンが一匹、ぐるぐると旋回していた。
「しつこいぞジェーン!」
「逃がすものですか!」
「ちくしょう、なんて女だ! キャプテン、他のドラゴンライダーはいないのか?」
「今日はクリスマスなので他の者は非番なのです。自分はセレモニーの準備に為に詰めておったのです」
「このまま逃げられないのか?」
「コマンドー(ドラゴンの名前)を地上に降ろせませんよ。こいつは小回りが利くけど上昇力がからっきしなんですから」
やいのやいのと言い争う声が、ジェーンの頭の上から降り聞こえてくる。ジェーンはなにか、ドラゴンに向けてぶつけてやれる物がないか探したが、ぱっと見では見つかりそうになかった。頼みのモップは急いでいたから投げ捨ててしまっていたし、胡椒瓶もここにはなさそうだ。
「もういい、遠慮はなしだ。あのあばずれにドラゴンの息を吹きかけてやれ!」
「王子がそう言うんじゃしょうがない。はいよう、コマンドー!」
乗り手がドラゴンの手綱を振るうと、ドラゴンが勢いよく羽ばたき、ジェーンへ向けて急降下した。大きな口をぱっくり開くと、真っ赤に焼ける息吹が飛び出し、ジェーンめがけて飛ぶ。
「きゅーてー、ああぁっ!」
かけ声一発してジェーンは逃げたが、半身逃げ損ねた彼女の体を火炎が包んだ。
火炎はあっという間に消え去り、ジェーンの肌は焼け焦げて煤まみれだった。しかしスパイダーシルクのランジェリーたちは無傷で残っている。乙女の最後の牙城はドラゴンの攻撃にも負けない美しさで、腕を、太股を、そしてデカパイを包んでいる。
「ちぃ! 思ったより利いてなさそうだぞ!」
「ドラゴンブレスは威嚇用なんですよ」
「じゃあもう一回だ!」
ドラゴンが旋回しながら上昇していく。ジェーンは床を転がり、体のくすぶりをいなしながら、立ち上がった。
「うぅ、この私にドラゴンのブレスをぶつけるなんて。絶対に、絶対に許さないわ!」
凄まじい、実に凄まじい怒気に駆られたジェーンの顔色には、絶望はいっさいない。ドラゴンを操るキャプテンが間近に見たら、驚き呆れるに違いない。
だが、ドラゴンが急降下のための高度を稼いでいる今はジェーンに攻撃方法を探す時間を与えていた。ジェーンは広い屋上を走る。ここはドラゴンライダー達の駐在所。何か武器が残してあるはずなのだ。
屋上には平屋建ての小屋があった。詰め所か、ドラゴン達の寝床か。ともかく、ジェーンはその小屋に近づいた。
小屋の大開きの戸口は半開きになっている。戸口は軽く開き、中にある物を見てジェーンは驚いた。
「ここにもロケット花火! それもこんなにたくさん!」
そこには機械室近くの倉庫に積まれていたものと同じ長大極太のロケット花火が、ぎっしりと積まれていた。もしかしたら、年越しの催しで盛大に使用するために準備されている物なのかも、とジェーンは考えたが、今はそれよりもっと有意義な使い方がある。
背後からは胡乱な羽ばたきが近づいてくる。ドラゴンが十分な高度を稼いで、急降下するための狙いを定めているのが分かったジェーンは、持てる限りのロケット花火を掴んで飛び出した。
「さぁ今度こそ終わりだ、ジェーン!」
「ならこのロケット花火を食らいなさい! 王子!」
「うわぁ、やばい! よけろキャプテン!」
「コマンドーは急には止まれませんよ!」
辺りを照らす松明で持てる花火のすべてに火をつけたジェーンは、急降下して口を開くドラゴンめがけて、花火を放った。
「とどけー!」
「あたるなー!」
空気をつんざく発火爆裂音をあげて、火球が煙の軌道を残してドラゴンに、その上に乗るキャプテンとウルフ王子に殺到した。
目の前を通り過ぎる火の玉の熱気と煙の匂いに王子は震え上がったが、ドラゴンライダーとして訓練されているキャプテン、そして二人を乗せているドラゴンのコマンドーは、それらを辛うじてかいくぐって、ジェーンの立っている屋上の床面スレスレを飛び抜けた。
ジェーンは間近でドラゴンが通り抜けたことの突風であわや時計塔の外へ落ちそうになるのを、床面に転がって防いだ。倒れた格好で飛び去っていくドラゴンのしっぽをにらみつけると跳ね起き、再びロケット花火の山を掴み出すために小屋の中へ飛び込んだ。
「ジェーンが逃げたぞ! 追え! キャプテン!」
「しかしあそこには!」
「いいから行くんだ! 今がチャンスだ!」
「・・・・・・王子が言うんじゃしょうがないな。はいよう! コマンドー!」
ドラゴンの叫びが近づいてくる。ジェーンの手には、外の松明から引き抜いてきた燃えさしがあった。大戸口へまっすぐ飛び込んでくるドラゴンが見えた瞬間、その場に山積みにされていた花火へ、一斉に点火する。
「ああ! まずい!」
「気づくのが遅いのよ!」
次の瞬間、
「ぎぇー!」
ドラゴンの絶叫が聞こえた。しかし、ウルフ王子はそれを聞くことなく、意識を失うのだった。
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