stage7 展望室

 機械室を出たジェーンは、目の前に延びる廊下と、その側面から見下ろせる巨大な空洞を見た。間違いなく、ここは最初、捕らえられていた大振り子の吊されている区画であった。

 素早く左右を見渡して、上へ向かっている方へ歩き出そうとしたが、はたとジェーンは足を止めた。


「また落とし穴に落とされてはたまらないわね」


 機械室に引き返して、モップを回収して戻ってくると、ジェーンはモップの先で床をコンコンと叩いた。


「ここは大丈夫みたいね」


 ぴょいと床に敷かれている石柄のタイルに乗り、再び床を叩いた。

 すると、ある柄のタイルが敷かれた床だけが、叩くに併せて沈み込むようになっている。


「この柄の床だけが落とし穴になっているみたいね」


 そうと決まれば、ジェーンは飛び石を跳ねるように廊下を登り渡った。

 この先には何があるだろう、そこにウルフ王子が籠もっているのは間違いない。

 そうやって、大振り子の周りをぐるぐると登っていくと、目の前に両開きの立派な扉が現れる。表札には「展望ラウンジ」と書かれていた。

 ふと、足元を見る。平べったい男性の足跡が中へと続いているではないか。


「やっぱり王子はここにいるみたいね」


 ジェーンは胸を張り、扉を開いた。

 ラウンジは瀟洒なテーブルとイス、ランプなどで飾られており、平時なら夜景を楽しむにはうってつけの場所だろう。

 しかし今はひっそりとしており、視界の先で人影が明かりをもってなにやら動いている。


「おおーい。気付いてくれぇー」


 聞き慣れた声。頼りない声だ。


「一体何をやっているのかしら」

「そりゃあ、この時計塔クロックタワーに常駐しているドラゴンパトロール隊に合図を送って、ここから逃がしてもらおうと・・・・・・わぁ!?」


 謎の儀式めいて両手にランプを掴み、腕を振って踊っていたウルフ王子は、振り返って見えたジェーンの姿に飛び上がった。


「なんだその格好は! 痴女か!」

「うるさいわね! 一体誰のせいだと思っているのよ!」


 今一度、ジェーンの姿を確かめると、髪の毛は毛先がちりちりに縮れて膨れ上がっており、デカパイはシルクのカップで辛うじて覆われ、同じ生地で作られたパンティと手足のストッキングのみという、実に心許ない姿になっている。

 一方で目は怒りに輝き、モップを握った拳がわなわなと震えていた。


「忘れているかもしれないけど、今日はクリスマスなのよ。せっかく今日のために仕立てたドレスが、ボロボロの布切れになってしまったわ」

「ふむ、でも悪くない格好だぞ。君の魅力が存分に発揮されているぜ」


 王子の目はいつもの通り、デカパイの深い谷間に吸い込まれている。


「このバカ。今回ばかりはそんなお為ごかしで誤魔化されたりしないんだから! さぁ、このモップであんたの腐れたにお仕置きしてやるわ!」


 言ってジェーンの握るモップが王子めがけて突き出される。王子はへらりと不格好によけると、両手に持っていたランプを投げ捨てた。


「君にお仕置きされるなんてまっぴらだ。だが、どうやら手下たちをあらかた退けてしまった君だ、このまま逃げるのも難しい。しからば!」


 と、王子は腰に差している剣をしゅらりと抜いて構えた。ぴたりと剣を構えると、気の抜けた顔でも王子様らしくなるものだ、と、ジェーンは思った。


「この聖剣ダイ・ハードでお相手しよう! さぁ、かかってきたまえ!」


 ジェーンのモップと、ウルフ王子の聖剣がかち合った。火花がぱっ、ぱっ、と飛び散りながら、二人は何度か打ち合っていると、突如、ウルフ王子がぎょっと目をむいて飛び退いた。


「ち、ちくしょう。相変わらずなんてパワーだ」

「ふん。へなちょこ王子に負けないんだから」


 なんと王子の持っている聖剣は、モップと打ち合った箇所からぽろぽろと刃が欠け落ち始めていた。一方で、ジェーンのモップは傷一つなかった。


「このお、それなら、こうだ!」


 そう言うや、ウルフ王子は近くにあったランプを掴んで投げつけた。

 ジェーンはこれを迎え撃つ。モップの先で飛んできたランプを打ち返すと、ウルフ王子の足下でバン、と爆発した。


「うへあ!」


 気の抜けた叫び声をあげて飛び退く王子めがけて、今度はジェーンの方からその辺りに転がっていたランプを投げつける。だが、外明かりばかりの暗いラウンジでは狙いはつけられない。やっぱり王子の足下で砕け散って火炎が沸いては消える。

 ひょいひょいと逃げる王子の様にやきもきしてきたジェーンは、なにかないかと周りを見る。このラウンジにあるものは、ランプと、テーブルと、イス、あとは・・・・・・。


「よそ見をしていると怪我じゃ済まないぜ!」


 そういうと、いつの間にかウルフ王子は間合いを詰め、聖剣を振りかぶってふり下ろした。慌ててジェーンはこれをモップで払うと、目の前で聖剣がボッキリと折れてしまった。


「折れたぁ!?」


 今度は王子がびっくりする番だった。急いで間合いを開けると、再びその辺りにあった、ランプやイスをどしどしと、ジェーンに向かって放り投げた。


「この、この、いい加減、お前の度を超えたお転婆にはうんざりしてきたところなんだよ!」

「散々、人の懐の世話になってきた癖に!」


 なんとか状況を打開する手段を見つけなければならないと、ジェーンは飛んでくるものをモップで打ち返したり、払ったりしながら、ラウンジを見て回る。


 そしてジェーンはそれを発見した! それは店じまいしている小さな出店で、きっと日中はテーブルクロスを広げて、軽食を提供できるようになっているに違いない。ただ、今はクロスは折り畳まれ、大小の箱が置かれているくらいのものだ。


 ジェーンはその出店に飛びつき、箱を遮二無二開いて中を漁る。中に入っているのは小さな果物ナイフ、紙製のお皿、ちょっとした調味料の入った小さな瓶といったところ。瓶に入っているのは、ピンクや白の塩、砂糖、そして胡椒。

 ジェーンは迷わず胡椒瓶を取り、ウルフ王子に向けて投げた。


「これでも、食らいなさい!」


 ウルフ王子に向かって飛ぶ胡椒瓶、それがウルフ王子の投げたランプとぶつかる。瓶の中の胡椒が、砕けたランプから飛び散った炎を受けて燃えながら王子の顔を覆った。


「うわぁ! 熱! ぶえっくしょい! 熱! へっきし!」


 火達磨になりながらくしゃみを繰り返すウルフ王子へ、ジェーンは渾身の力を込めて、モップを放った。


「きゅーてーい!」

「ぎぇー!」


 ぽーん、と王子の体が宙を舞い、ラウンジの大きな窓を打ち、そして窓を割って王子は外へと飛んでいく。

 その様子がジェーンにはスローモーションに見えた。脳裏に駆けめぐるのは、ウルフ王子との思い出だった。


(さよなら王子。あなたとのろくでもない日々は心の隅っこにおしやって、新しい恋人とやり直すわ・・・・・・)


 感傷に浸りながら、視線の先でウルフ王子は時計塔の外へと落ちていった。

 ・・・・・・と、その時。窓の外から、バサバサと空気を切り裂く羽ばたきの音が近づいてきた。


「だーっはっはっは! 残念だったなジェーン!」

「大丈夫ですか、王子」

「おうよ! ちょっとちびったけど問題ない!」


 窓の下からせり上がるように、王子の姿が現れた。馬ほどの背渡りを持つドラゴンの背に跨がっており、自分の隣にもう一人、薄い鎧兜に手綱を掴んだ乗り手が乗っていた。


「到着が遅れて申し訳ありません王子。ですがこれで大丈夫、今から自分たちの駐在所へ案内しましょう」

「頼むぞキャプテン! そういうわけで、さらばだジェーン! あっはっはっは」

「はいよう! コマンドー!」


 キャプテンと呼ばれたドラゴンライダーは、そのまま王子を乗せて情報へ飛び去っていった。

 ラウンジに残されたジェーンはモップを取り落とし、わなわなと震えていた。


「なんてこと・・・・・・このままじゃいられないわ!」


 ジェーンはラウンジの外に伸びている屋上へ続く階段を見つけると、夜風吹きすさぶ外へ飛び出した。

 甲高く踏み段を踏みならし、ジェーンは屋上へ、ドラゴンを追いかけた。

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