エンディング
ウルフ王子が目覚めたとき、天地が逆さまになっていて、頭上では
「うわぁ! なんだぁ!?」
「あら、気がついたみたいね」
ジェーンの声が聞こえたウルフ王子は、次に自分がドラゴンの上からベルト一本でぶら下がっていることに気づき、絶叫した。
「あー! やめてくれー! 落ちるー! 死んでしまうー!」
「まだなにもやってないわよ。というか、あんたが勝手に落っこちたのよ。よいしょ」
ドラゴンの上に乗っていたジェーンは、片手で手綱を掴み、もう片方の手でウルフ王子を繋いでいるベルトを引っ張った。
ドラゴンの背に戻ったウルフ王子は辺りを見回す。ドラゴンは今、ゆっくりと時計塔の最上部から降下しており、目の前では次々に時計塔の各階から炎が吹き上がるのが見える。
「い、一体何がどうなってるんだ?」
「時計塔のいろんなところに積み込んであった花火が引火しちゃったのよ。それが連鎖的に爆破してるの。まぁ、一回ボイラー室が爆破してるから、大した違いはないわね」
実際には大違いなのだが、目の前で華麗な高層建造物が炎に包まれていくのを眺めるのは、なんとも感慨深いものを、ジェーンとウルフ王子に与えるのだった。
「・・・・・・そういえば、キャプテンは? このドラゴンの乗り手は?」
「あんたと一緒にドラゴンからぶら下がってたわよ。でも、『これ以上付き合っていられない!』と言って、落下傘で逃げたわ。ほら、あそこ」
ジェーンが指さす先に、落下傘を開いて降下している陰が見えた。
「相棒のドラゴンを見捨てるのか・・・・・・は! ジェーン!」
「なによ」
「その、なんだ、あの・・・・・・」
ドラゴンの背中に逃げ場はない。目の前には手綱を握るジェーンの背中が見えた。腕を上げると脇からデカパイがチラ見えしている。
だが、ウルフ王子は最大の理性を発揮してそれらを頭から追い出し、狭いドラゴンの背中の上で正座した。
「ごめんなさーい!」
「ふん。謝ればいいと思ってるの?」
「だ、だって、俺、何でか知らないけど皆から信頼されてるし、とりあえず王子だし、そんで、王子らしく気前よくしてやらなきゃって、ついつい、いろいろと、散財を・・・・・・だから・・・・・・その」
「だからって私からもらおうとしたり、あまつさえ私を捕まえて身代金を取ろうとか、ひどい考えだわ」
「う・・・・・・返す言葉もない。わっ!」
瞬間、二人の間近の区画で爆発が起こり、火花が飛ぶ。ドラゴンがそれを嫌がって嘶いた。
「よしよし、もう少し我慢してね。・・・・・・ウルフ王子、あなたが人に慕われていることはよくわかったわ。ええ、本当に、よくわかったわ」
なんだかいろんな物が含まれた言葉がジェーンから漏れた。
「たぶん、そう言うところがお父様は気に入ったんでしょう。お金の問題は、まぁ、仕方ないわ。持てるものと持たざるものがいるのが世の中ですもの。持てるものは施しをしなさいと、偉い人も仰っているものね。だから、今度のことは不問にしてあげるわ」
「本当かい!」
「ただし! 今回だけよ。次からはもっと事前に相談してちょうだい。今日はクリスマスなのよ。こんな日くらい、そんなことを考えなくていい日にしたいでしょう?」
「・・・・・・そうだね、君の言うとおりだ」
次第に、二人の目に地上が見えるようになってきた。炎上する時計塔を見上げる人々が正面に集まっている。
「さぁ、もっと適当なところに降りるわよ。掴まって」
「わ、分かった。・・・・・・し、失礼」
ジェーンの腰に手を回す。その腰の細さにウルフ王子は改めて驚き、肩越しに見えるデカパイの、谷間の深さに、改めて感銘を受けた。
「もう、いつまで見てるのよ、バカ」
「ご、ごめん」
「ふん。よそ見してると舌噛むんだから」
ジェーンが手綱を繰り出し、ドラゴンがするすると降下していく。適当な空き地に降りると、二人はドラゴンの背から降りた。
ジェーンがドラゴンの手綱を離すと、ドラゴンは一鳴きして飛んでいった。自分の乗り手の元に帰って行ったのかもしれない。
そんな風にぼんやりしていると、人混みをかき分けて壮年の男性が駆け寄った。それはジェーンのじいやだとウルフ王子は気づく。
「あら、ミツヨシじゃないの。今日は暇を出してるはずよ」
「こんな大騒ぎを起こして休んでいられるわけないでしょう、お嬢様」
その独特の声音を聞いて、ジェーンの気勢が削がれた。
「それで、また、やってしまわれたのですね」
「またってなによ! ちょっと、王子と喧嘩してしまっただけよ。でも、それももう済んだんだから」
「その煽りで時計塔が燃え上がっているわけですが」
「・・・・・・
ジェーンの背後で、時計塔が何度めかの爆発を起こした。炎の中から、時鐘が転がり落ちたのだろう、がらんごろん、鈍い鐘の音が辺りに響く。
「この始末、いったいどうするおつもりで?」
「もちろん、弁償するわ。いくらになるかしら」
ため息をつき、じいやことミツヨシは目の前でそろばんを素早く弾く。
「ざっとこれくらいになりますかと」
「まぁ。でも、しかたないわね」
「え? 一体いくらになるんだい?」
ウルフ王子は上着を脱ぎ、ジェーンの肩に掛けてやりながら聞いた。
「来月までお小遣い抜きになっちゃうわね」
「次の月からはなんともないのか」
我ながら、だったら自分に金を出してくれた方が穏便に済んだんじゃないのか、などとは思っても、さすがに口にはできないウルフ王子だった。
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