stage1 大振り子

 時計塔クロックタワーの、大振り子の中に閉じこめられたマクレーン伯爵令嬢ジェーンは、首を突っ込んでいた潜り戸から離れ、室内にそうっと立った。足下が、きぃ、きぃと振り子の揺れに応じて鳴っていた。

 ジェーンはこの小さな部屋の中心で、腕を組んだ。胸の前がもっちりと盛り上がっている。


「はぁ、ここまでやってしまうなんて、ウルフ王子ったら、いよいよお仕置きが必要みたいね・・・・・・」


 ジェーンはこの状況に全く堪えていなかった。むしろふつふつと沸き上がる怒りに、筋肉が盛り上がってさえいた。

 当然デカパイも盛り上がっている。


「脱出しなくっちゃ!」


 誰に聞こえるともなく宣言したジェーンは、部屋の揺れを静かに感じ取り、それに合わせるように部屋を左右に移動した。ぎぃ、ぎぃ、という揺れに合わせた軋みは、ジェーンが部屋を往復するたびに、大きく、長いものになる。


「あと少し・・・・・・」


 ジェーンは潜り戸を見る。一歩引いて見れば、潜り戸はより大きな戸口の一部になっていた。

 部屋を一往復するごとに、部屋の揺れによる傾斜幅がきつくなっていった。ジェーンが動くことで部屋を吊っている振り子が大きく漕ぎ出されているのである。

 傾斜がどんどん険しくなり、ジェーンは部屋の右から左に、左から右に向かって何度も走った。部屋端にとりついた際に、閉め切られた戸口を蹴り開けてみると、最初は遠くに見えていた外の明かりまで・・・・・・きっと振り子を監視する部屋だ・・・・・・かなり近づいていた。


「きゅうーてぇーいぃ!」


 ジェーンの口から気合いのかけ声が飛び出した。次の瞬間、すさまじい破砕音とともに部屋が傾斜したままうごかなくなった。


「やぁ!」


 その衝撃でジェーンは戸口から外に飛び出していた。足下の底も見えない空洞を飛んだジェーンは目の前に開いた窓に飛び込んだ。


「ぎぇー!」


 窓枠を粉砕したジェーンは、そのまま窓辺に張り付いて振り子を監視していたウルフ王子の部下を打ち倒して部屋に転がり込む。


「ふん。不用心ね」


 埃を払って立ち上がるジェーン。何事かと慌てた王子の手下がぞろぞろと部屋の戸口から入ってくると、ジェーンの姿を見て、大いに驚いていた。


「あ! 人質が脱出しているぞ!」

「大振り子の牢屋からどうやって抜け出したんだ!?」

「見ろ! 振り子が壁に当たって止まってるぞ!」


 頭を刈り上げ、ひげもじゃの、入れ墨をしているような男たちが、めいめいに指を指したり大声をあげていた。

 そんな連中に対して、ジェーンは全く臆することなく、胸をぐぐっと反らして指を突きつけて言った。


「あんたたち! いますぐウルフ王子の所まで私を案内しなさい! 黙って言うことを聞いてくれるなら、悪いようにはしないわ」

「なんだとぉ?!」

「ふざけやがって!」

「痛い目をみたいみてぇだな!」

「「「やっちまえ!」」」


 手下たちが拳を固め、あるいは棍棒を握りしめてジェーンへ迫った。

 ジェーンも身を堅くして構える。その時、部屋の片隅に掃除用のモップが立てかけてあるのが見えた。

 ジェーンはすぐさまそれに飛びつく。


「これで相手をしてあげるわ」

「そんなモップでなにをうお・・・・・・でっかぎぇー!」

「よくもやりやがったなうお・・・・・・でっかぎぇー!」

「このアマァ! 容赦しねぇからうお・・・・・・でっかぎぇー!」


 襲いかかった手下たちだったが、目の前に迫ったジェーンのデカパイに気を取られ、その隙にモップで強か殴り倒された。


「ふん。私はナッチ・ノザワ流棒術を習っているのよ。あんたたちなんか相手にならないわ」


 いいえ。これはセクシーコマンドーです。

 それはともかく、目の前にいたごろつき手下たちを倒してしまったので、ジェーンはやむなく自分でウルフ王子を探すことにした。

 手には抜かりなくモップを握りしめて、倒れた手下たちを踏みしめて部屋を出ると、そこは長い廊下に続いており、勾配がついていた。


「足音が聞こえるわね」


 ジェーンが壁に耳を寄せると、時計塔の歯車の回る音に混ざって、どたどたと騒がしい足音がこちらに向かってくる。

 それを目印にそろそろと廊下を歩いていると、ついに曲がり角から手下を引き連れたウルフ王子が現れた。王子と取り巻き手下は捕まえてあったはずのジェーンがモップを片手に立っているのを見て飛び上がった。


「あ!! ジェーン! どうしてここに! もしかして脱出したのか!?」

「そうよ、ウルフ王子。手を突いて謝るなら今のうちよ。でないとお仕置きしてやるから!」


 ぶん、と手のモップが空を切り、盛り上がったデカパイがぶるんぶるんと揺れる。


「おお、でっか」

「王子、どうするんです?」

「バカ野郎。いまさら謝ったりできるか。ジェーン! 俺がいつも君にへーこらしてばかりと思ったら大間違いだぞ!」


 そういうとウルフ王子は、やおら廊下の壁板をひっくり返し、中にあったレバーをぐいっと引いた。

 途端、足下の床が割れ、ジェーンを穴底へ転がり落とした。


「ああああぁぁぁぁ~・・・・・・」

「やったぜ。その下でようく頭を冷やしておくんだな、ジェーン!」


 遠ざかる王子の勝ち誇った声がジェーンを追いかけて、穴底を響いていった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る