ダイナマイト令嬢 ~爆裂炎上のクロックタワー~

きばとり 紅

オープニング

 クリスマス。人々が愛するものと過ごす聖なる日。

 そんなすばらしい日に町の中心部にそびえ立つ時計塔クロックタワーの真ん前で、見事な炸裂音が鳴り響いた。


「ばか! このおばか! もう、我慢の限界よ! 頭来たわ! ウルフ王子、今日を持って私、貴方と別れます。婚約解消よ!」


 今日限定でクロックタワーの周囲には大小のガラス灯で飾られ、その装飾の見事さを見物しようと多くの人がやってきていた。その人たちの視線が、一点に。一組の男女へ集まった。


 今し方叫んでいた女の方は、髪の端が短くカールしており、夜の景色にとけ込んだ静かな色合いのドレスで身を包んでいる。が、そんなことはどうでもよい。


「うわ、でっか・・・・・・」


 誰もが彼女を見ればそう言ってしまう。それはもう、みごとな、デカパイだった。


 彼女の名はジェーン。このシェガサミィ王国の富の、三分の一を所有すると噂される大富豪、マクレーン伯爵家の令嬢だ。


 一方、今さっき、このジェーンに公衆の面前で頬をぶたれ、詰られ、婚約を破棄されているのは、シェガサミィ王国の王子だった。ただし、この国には王子の肩書きを持っている者がザルで掬うほどいるので、大したことはない。


「そんなこと、本気で言っているわけじゃないよな」


 手形の付いた薄い頬を撫でてウルフ王子はジェーンに答えた。その目はいつもの通り、ジェーンの胸元の深い谷間に吸い込まれている。


「本気よ。いい加減、貴方みたいな穀潰しのろくでなしに、心底飽き飽きしたわ! 今日がクリスマスだってこと、分かってる? この時計塔のガラス灯を見に行こうって言ってくれた時は嬉しかったわ。恋人らしいことを久しぶりにやってくれるのねって。そうしたら何? 言うに事欠いて『金を借りたい』ですって? 私が今まで貴方にいくら貸してあげているのか分かっているの?」


 ジェーンの剣幕にウルフ王子はたじろいでいる。彼は王子様らしい見目のよさと気前の良さを備えているが、身代は特に持ち合わせていないため、いつも素寒貧なのである。一体どうしてこんな男がジェーンの婚約者なのかは世界の大いなる謎である。


「これ以上、その上っ面ばかりきれいな顔を見たくないから、さっさとどこかへ行っちゃいなさいよ。今までの借金は、勉強代ということで忘れてあげるわ」


 その冷たい声音に、どうやらジェーンが本当に本気であるらしい、とようやくウルフ王子は理解したらしい。


 ウルフ王子はぺたんこのポケットに手を入れ、胸を張り、前髪をさっとかきあげて、片頬だけの笑顔を作った。これだけでも色街なら黄色い悲鳴があがる、かもしれない。


「俺は悲しいよ、ジェーン。俺のことを見捨てるつもりかい? 俺はこの国の王子なんだよ」

「王子と言っても134番目の王子じゃない」

「ちがう、124番目だ」

「どっちも変わらないわ」


「とにかく、俺には王子らしく振る舞う義務ってものがあるんだよ。下々のものに見せる懐の深さとか、見目麗しい婚約者、とか。それらを失ったら、俺はその辺に転がってるチンピラと一緒さ」

「元からそうじゃない」

「うるさいなさっきから! お前がいなくっちゃ困るんだよこっちは! ・・・・・・仕方ないな、手荒なことはやりたくなかったんだが。カモン! 俺の手下!」


 ぱちん、とウルフ王子が指を鳴らすと、それまで二人の周りで聞き耳を立てていた人々の中から、ぞろぞろと屈強な男たちが転がり出てきた。


「お呼びですかい、王子」

「彼女をあそこへお連れしろ! 丁重にな」

「へい! 失礼しますぜお嬢さん!」


 あっというまにジェーンは縛り上げられて、むさ苦しい男たちの上に担ぎ上げられてしまった。


「な、なによこれー!?」

「ジェーン。君から金を引き出せないなら、君を人質に君の家族から引き出すまでさ。何せ君の家は、この国一の大富豪。娘一人救う為ならいくらでも出してくれるはずだ。なぁに、君は大事なお客様だ、傷ひとつつけないことを約束するよ。とはいえ、今は少し大人しくして貰おう!」


 そういうとウルフ王子は懐からハンケチを取り出して、縛り上げられて身動きのとれないジェーンの口元に押し当てた。


「おお、でっかい・・・・・・えい」

「むぐっ!」


 縛られることで強調されたデカパイに感嘆しつつ、ウルフ王子はハンケチを押し当てる。ハンケチから漂う薬臭にジェーンはしばしもがき苦しんでいたが、やがて脱力し、気を失った・・・・・・。

 

 

「はっ! ここはどこ!?」


 目が覚めた時、ジェーンは自分がどこにいるのか全く分からなかった。


 縛られていた手足は開放され、毛布一枚敷かれた床の上に寝かされていたジェーンは、辺りを伺いながら、身嗜みを改める。ドレスのボタンが不自然に外された形跡はなし。下着もしっかり身につけている。ストッキングも脱がされていないし、靴も問題なし。髪はちょっと乱れているけれど、手を当てれば直る程度だ。


 しかしここはどこだろう。ランタンが吊されているので明かりは問題なく部屋を照らしているけれど、窓がないので時間が分からない。天井が低く、ジェーンでも手を伸ばせば届きそうなほどだ。


 おそるおそる立ち上がった時、ぎぎぃ、という大きな軋み音を立てて、なんと部屋が傾いた。大きく傾斜した床の上に転がったジェーンは両手を床について、驚きに跳ねる心臓を宥め賺しながら、一歩一歩進み、部屋の壁にある潜り戸らしき物に手をかける。


 そっと押し開くと、外からの冷たい風が内部に吹き込んだ。ちょっとかび臭い風だ。


「ここは・・・・・・あ!?」


 ジェーンが開いた潜り戸から見える視界の中で明かりが見えた。その明かりは、動いていた。でもそれは相手が動いているのではなく、自分のいる部屋が動いているのだ。

 ジェーンは明かりをよく見ようと、潜り戸から首を乗り出し、自分の入っている部屋の正体に思い当たった。ジェーンのいる部屋は、巨大な柱の下に吊り下がっており、その柱がゆっくり、ゆっくりと、巨大な縦の空洞の中を左右に反復しているのだ。


「ここは時計塔の中の、大振り子だわ! しかも私、振り子の中にいる!」

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