宛県の戦い 再び
水の問題を解決した曹操軍は宛県へと辿り着いた。
それを城壁の上から張繍と賈詡の二人が揃って見ていた。
「かなりの大軍だのう」
「はい。ですが、この暑さにへばっていると、密偵からの報告が来ております」
「そうか。だが、数は向こうの方が多いのだ。劉表へ援軍を頼んだのか?」
「既に使者を送りました」
「良し。それまで、籠城して曹操の攻撃を耐えるとしよう」
張繍は家臣にそう命じて、守備を固めさせた。
(待っているが良い。曹操っ、今度はお前の首を挙げてやるっ)
奇襲は失敗し、城を捨てて逃亡する羽目になった上に、横恋慕していた義理の叔母を奪われた事で張繍は怒りに燃えていた。
その怒りをぶつけようと意気込んでいた。
賈詡はそんな張繍の腹の内が分かってはいたが、大将が意気込む事で、士気が上がるので何も言わなかった。
張繍がそう命じている頃、曹操は城を見回していた。
「敵は籠城を選んだようだな」
城門が開かれる様子が無いので、曹操は敵が野戦をしないと判断した。
そして曹操は兵士を集めて、城の下調べをする様に命じた。
兵士はその命に従い、城を見回った。
暫くすると、兵士達が帰還した。
全員、四つの門が全て修理中だが、一番修理が進んでいないのは東門だと告げた。
それを聞いた曹操は誰にも気付かれない様にほくそ笑んだ。
兵士を下がらせると、家臣達に東門だけ空けて、包囲する様に命じた。
翌日から、曹操は攻撃を命じた。
攻城兵器である衝車、井蘭等を用意して攻撃を仕掛けた。
銅鑼の音が響き渡ると、兵は弓か梯子を持って城へと突撃する。
近付く曹操軍の兵達に張繍が命じる。
「矢を射かけよっ。敵を近付かせるなっ」
張繍の命令に従い、兵達は矢を放った。
放たれた矢は雨の様に降り注ぎ、曹操軍の兵に突き刺さる。
曹操軍の兵達は悲鳴を上げて倒れたが、その仲間の屍を踏みつけて兵達は進んで行った。
やがて、城壁に辿り着き梯子を掛けて登っていく。
だが、張繍軍の兵達も登らせまいとばかりに、矢を放つか石や城壁修理中に出た瓦礫などを落としていった。
落下物に当たり、曹操軍の兵達は梯子から落ちて行った。
曹操軍の攻勢を張繍は指揮で何とか防いでいた。
(中々やるな……)
城の全ての門が修理中だと言うのに、自軍の攻勢を防ぐ張繍の指揮を見て曹操は感心していた。
奇襲を仕掛けてくるぐらいなので、軍才はあまり無いのではと思っていたが、城を守る手腕を見て張繍の評価を改める。
(まぁ、それも今の内だがな)
そう思っている時、兵が近付いて来た。
「殿。攻撃に参加していない部隊は如何なさいますか?」
「そのまま、休ませておけ」
「はっ」
三つの門には十五万の兵が攻めていた。
残る五万は攻撃に参加させず、後詰めとして残していた。
(これで、このまま城を攻め続ければ、敵は東門の警戒を解くだろう。その時に攻撃すれば、城は落ちるだろう)
後は何時頃東門に攻撃するかを考える曹操。
同じ頃。
張繍と共に曹操軍の攻勢を防ぐ指揮を取る賈詡は考えていた。
(妙な話だ。一番、防備が脆い東門を攻撃しないとは)
賈詡はその門を攻撃するだろうと思っていたが、そちらに一兵も送られる様子は無かった。
智謀の士の性なのか、何も無い事で何かあると考えてしまう。
(東門に兵を回さないのは、東門に気を回させない為か? 何の為に?)
其処まで考えた賈詡は曹操の策を看破した。
(そうかっ、敵は後詰の兵を使って、東門を攻撃させる為に、敢えて他の門を攻撃したのかっ)
一番脆い東門だが、他の門を大軍で攻められているので僅かな兵士しか置いていない。其処を大軍で攻められれば直ぐに落とされる。
敵の策を読んだ賈詡は直ぐに張繍の下に向かい対策を練る事にした。
数日後の夜。
曹操は本陣に部将達を集めた。
「殿。お呼びとの事で参りました」
居並ぶ部将達を代表して夏候惇がそう述べた。
「来たか。皆良く聞け。我等はこれより、夜襲を仕掛けるぞ」
曹操の宣言を聞いて、部将達はざわつきだした。
「しかし、殿。敵の守りは固く、夜討ちを掛けても落とせるかどうか」
夏侯淵の疑問に曹操は笑った。
「お前達がそう思うのであれば、敵もそう思っているだろうな」
曹操が笑うので、殆どの者達は首を傾げた。
一部の者達は曹操の意図が読めたのか、何も言わなかった。
「単に夜襲するのではない。全軍で西門を攻撃するのだ」
「攻撃を一点に集中と言う事でしょうか?」
「敵もそう思うだろう。そう思わせておいて、私は後詰の兵を率いて東門から攻撃する」
曹操がそう言うと、皆は驚いた。
「今日まで東門を攻撃しなかったのは、この為よ。先程出した物見の報告では、城壁には兵が一人もおらぬそうだ」
「おお、では」
「うむ。好機だ。夏候惇、お前は西門の指揮を取れ」
「承知」
「では、皆行動に移れ」
曹操の命に従い、皆行動に移った。
夏候惇率いる曹操軍は西門を攻撃した。
その隙とばかりに、夜陰に紛れ曹操率いる別動隊は東門へ向かった。
曹操率いる別動隊が東門に到達した。
夜の闇の中にあっても、兵士が城壁に居る様子は無かった。
「良し。我が計なれり。攻撃せよ!」
曹操が号令を下すと、兵士達は衝車で城門を攻撃した。
攻撃している間、城壁からは矢が一本も放たれる様子は無かった。
やがて、衝車が城門の閂を壊す事が出来た。
兵達は門扉を開け放ち城内に突入した。
「張繍めの首を取ってくれるっ。進めっ‼」
曹操がそう鼓舞し兵と共に城内に突入しようとしたが、荀攸が止めた。
「殿。まずは、御味方が無事に城内に入ったのを確認した後に城内に入るべきです」
「何を言う。誰が兵の指揮を取るのと言うのだっ」
荀攸の提言に曹操は聞き入れられないとばかりに声を上げた。
だが、直ぐに城内から悲鳴が聞こえて来た。
「何事だっ⁉」
突然悲鳴が聞こえて来たので、曹操は訊問した。
自分と共に残っていた兵達は答える事が出来なかったが、城内に入っていたと思われる者が肩に矢が刺さったままで、曹操の下に来た。
「申し上げます。城内の御味方は、敵の伏兵の攻撃により混乱状態となりましたっ!」
「なにっ、我が計が読まれたと言うのかっ⁉」
兵士の報告を聞いた曹操がそう言うと、城壁から矢が放たれた。
「ふはははは、曹操。お前如きの計略など、お見通しだっ。者共、矢を放てっ、曹操を討ち取れっ」
賈詡の言葉に答えるように、城壁から闇に紛れて矢が放たれた。
その闇により、防ぐ事が困難になっていた。
「このままでは全滅だっ。全軍、引けっ‼」
曹操は計略が失敗した事が分かると、直ぐに撤退を命じた。
慌てて逃げる曹操の後に将兵が続いた。
「逃がすなっ。曹操を生け捕るか、殺せっ」
曹操が逃げるのを見た賈詡は城内に居る騎兵部隊に追撃を命じた。
開け放たれた城門から騎兵部隊が曹操軍の後を追い駆けた。
曹操は逃げながら西門を攻撃している部隊に作戦が失敗した事を伝える様に伝令を送った。
暫くすると、西門を攻撃している夏候惇率いる曹操軍の下に伝令がやって来た。
伝令は作戦が失敗し撤退中と告げた。
「それはまずいっ。殿をお助けせねばっ」
伝令の報告を聞いた夏候惇は直ぐに引き上げの銅鑼を鳴らし、曹操の救援に向かおうとした。
だが、それを張繍が許さなかった。
「今ぞっ!城門を開けて、打って出るぞっ!」
銅鑼が鳴り響く音を聞くなり、張繍は追撃を命じた。
十五万は居る曹操軍に攻撃を仕掛ける張繍軍。
背を向けている為か、容易に討ち取る事が出来た。
夏候惇は多少の損害は止むを得ないと思い、追撃する張繍軍を無視して、曹操の救援に向かった。
その判断のお蔭で曹操と無事に合流する事が出来た。
代わりに一万以上の兵が野に骸を晒した。
敗れた曹操軍は宛県から少し離れた所で陣地を張り態勢を整えていた。
「そうか。一万もの兵がやられたか」
東門と西門で出た損害数を聞いた曹操は溜め息を吐いた。
「多くの兵は倒れましたが、殿が無事であればまたやり返す事が出来ます」
荀攸が励ましの言葉を掛けて来た。
それを聞いて曹操は少しだけ気分が明るくなった。
其処へ騎兵が陣地に来て、馬から降りるなり、曹操の下に駆けていった。
「殿、殿は何処にっ」
「私は此処だ」
馬から降りた者が自分を探していると分かり、その者に声を掛ける曹操。
「許昌におられる曹子脩様より、これを届ける様にと」
そう言ってその者は懐に入れている文を取り出して、曹操に渡した。
曹操は渡された文を受け取り、広げて中身に目を通した。
「……おおっ」
文を読んだ曹操は書かれている内容を読むなり、声を上げた。
「殿、如何なさいました?」
「うむ。許昌に居る息子から文が届いた」
曹操はその内容を見せようと、訊ねて来た荀攸に見せた。
同じ頃。宛県では。
「なにっ、援軍と兵糧を送る事が出来ぬだとっ!?」
張繍は、劉表から送られてきた使者の話を聞くなり怒号を挙げた。
「は、はい。長沙郡太守の張羨が反乱を起こしまして、零陵郡、桂陽郡のそれぞれの太守もが同調しました。南部で残っている武陵郡もほぼ占領されました。江夏郡と南郡に攻め込むのも時間の問題だと判断した我が主劉表は、援軍よりも先に反乱討伐に兵を送る事にしましたっ」
「それは聞いたっ。兵を送れぬのは分かった。だが、兵糧を送る事は出来るであろうっ」
「は、反乱が何時鎮圧出来るか分かりませんので、長期戦に備えて兵糧を送る事は出来ぬと」
「ええいっ、これでは、曹操を撃退する事も出来ぬわっ」
使者の話を聞いて張繍は余計に怒りの炎が燃え盛った。
そんな張繍に、使者は躊躇いがちに話し掛けた。
「あ、あの、我が殿よりお言付けを預かって参りました」
「何だ。言ってみろっ!」
「も、もし、もし曹操に敗れる事あれば、我が襄陽まで来られよ。歓迎するぞと申しておりました」
使者がそう告げるのを聞いた張繍は怒りのあまり剣の柄に手を掛けた。
「貴様っ、私が曹操に敗れると言いたいのかっ」
「ひいいいいっっっ‼‼」
張繍が剣を抜いて使者を斬り殺そうとしたが、賈詡と家臣達が抑えた。
「殿。お気持ちは分かりますが、抑えて下されっ」
「賈詡殿の申す通りです。殿っ」
「ええいっ、黙れ」
張繍はそう叫んで剣を振り上げるので、賈詡達が抑えた。
使者は此処に居ては殺されると思い、その場を逃げ出した。
暫くすると、ようやく怒りを抑え込んだ張繍は荒い息を吐きながら宣言した。
「こうなれば、我が軍だけで曹操軍を追撃して、曹操の首を取ってくれるっ」
「お止め下さい。如何に奇襲して大打撃を与えたとは言え、あの曹操が何の備えもしていない筈がないでしょう」
「五月蠅いっ。お前は城に残り、私の留守を預かるのだっ!」
賈詡が宥めるが、張繍は聞く耳をもたないとばかりに叫んだ後、他の家臣達に出撃を命じた。
そんな張繍の背を見送った賈詡は溜め息を吐いた。
「……何かに使えるかと思い、作りはしたが。まさか、今使うとはな」
賈詡がそう言って、人を呼んである物を持ってくるよう命じた。
暫くすると、賈詡から命じられた者がある物を持って来た。
それは一通の文であった。
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