情報整理

 年越しまで許昌に居る事にした曹昂。


 だが、各地の情報収集を怠るという事はしなかった。


 各地に放っている隠密部隊『三毒』から齎される情報に目を通していた。


「徐州は呂布のほぼ支配下に収まった模様。未だに臧覇は呂布の支配に抵抗しているか」


 報告書を一読した曹昂は顎を撫でた。


(まぁ、徐州の方は特に変わりないな。次を見ようか)


 曹昂は、次の報告書を手に取った。


 その報告書は兗州の北部にある冀州と幽州といった河北について書かれていた。


「……河北の方はまだ停戦中か」


 冀州の袁紹と幽州の劉虞は、最近まで血で血を洗う戦いを繰り広げていた。


 そんな時に、曹昂の父曹操が袁術討伐の檄文を飛ばした事で、劉虞は漢室の忠誠の為、袁紹と停戦し曹操軍に兵を送った。


 その停戦はまだ続いており、年明けまで続くのではと報告書に書かれていた。


 劉虞は停戦が終わり次第、戦をするのか既に軍備増強に務めていた。


 袁紹も同じような事をしていた。


 この二人は、元々は仲が良い友人であった。


 だが、袁紹が謀略で冀州の州牧になり、并州まで勝手に占領し、朝廷に申し出て并州の州牧までも兼任した。


 その上、青州にまで支配の手を伸ばしていた。


 袁紹の行いを知った劉虞は、袁紹が第二の董卓になるのではと危惧した。


 そして、友人として袁紹に勝手に他の州を支配してはいけない。朝廷に返還すべきだと諫言を記した文を送ったが、聞き入れてもらえなかった。


 袁紹はそれが気に入らなかった様で、長年の友好に免じて「私に従うのであれば、幽州の州牧の地位は保証する」と書かれた文を送った。それを読んだ劉虞は我慢ならなかった様で、袁紹と戦う事となった。


「……まぁ、河北の方は良いんだ。どうせ、劉虞が敗れるだろうし」


 報告書を読みながら、呟く曹昂。


 劉虞が治めている土地は幽州一つ。


 対する袁紹は冀州、并州と青州も半ば支配している。


 三つの州を束ねている袁紹。


 異民族から援軍を得ているとは言え、治めているのは幽州一つだけの劉虞。


 動員できる兵数に限りがあった。


 加えて、劉虞の配下で有力な家臣が田疇、公孫続しかいなかった。


 対する袁紹は郭図、韓猛、顔良、許攸、高覧、崔琰、淳于瓊、蔣奇、審配、辛毗、辛評、沮授、張郃、陳琳、田豊、逢紀と言った名士、名将が揃っていた。


 人材の面でも負けていた。


 この二つの面から、劉虞は袁紹に勝てる見込みは限りなく薄いと判断した。


 曹操にも「いずれ、袁紹が河北を全て制するでしょう」と断言していた。


 それを聞いた曹操も同意見なのか頷いていた。


「そっちはそれで良いとして、こっちの方は如何かな?」


 正直な話、劉虞と袁紹の二人が争い、どちらが勝とうと曹昂からしたらどうでもいい事であった。


 どちらが勝っても、いずれは戦う事は決まっているからだ。


 曹昂からしたら、そちらよりも前々から気になって調べていた事の方が気になっていた。


 それは、趙雲の事であった。


 劉虞も一時期は袁紹と互角に渡り合っていたのだが、何時の頃からか劣勢になっていく報告が齎された。


 曹昂が気になり調べたところ、どうやら趙雲が死んだ兄の喪に服する為、劉虞の下を辞したという事が分かった。


 その情報を手に入れた曹昂は、急いで趙雲が何処にいるのか調べた。


「・・・・・・おおっ、趙雲の所在が分かったのか。なになに、故郷の冀州常山郡真定県にて喪に服しているか」


 曹昂はその場所が分かるなり、指を鳴らした。


「後で人を遣って、生活に困らない様に食料を届けよう」


 場所が分かり曹昂は趙雲に贈り物をする為に手配する。


 この時代、親族が亡くなった場合、最低でも三年間は喪に服するのが決まりであった。


 官人も例外はあるが、その職を辞して服喪することが義務付けられていた。


 最低でも三年は喪に服する必要はあるが、人によっては三年以上喪に服する人も居る。


 そうするのは、長期間喪に服する事で孝行していると世に知らしめる為であった。


 だが、その様な事をする人は余程の富豪か名家でなければまずしない。


 喪に服している間、皆仕事の手を止めなければならない。


 それは、即ち収入が無くなるという事だ。


 人は生きる為には何かを食べなければならない。


 その為には金が要る。


 なので、三年以上喪に服するという人は、貯えが多いからこそ出来るのであった。


(今の内に恩を売って、いずれは部下に迎えるとしよう)


 いずれ、猛将が手に入る事に笑みを浮かべる曹昂。


 次に南部にある州の報告に目を通した。


 まずは、益州についての報告書を見た。


 既に劉焉が死に、子供の劉璋が後を継いで益州を治めていた。


 継いだ当初は混乱していたが、今では混乱は治まっていると書かれていた。


 これと言って軍備を増強する気配も、内政に力を入れているという訳でもなく、ただ、平穏に暮らしていると書かれていた。


 同時に漢中にいる張魯が率いる天師教に手を焼いているとも書かれていた。


「此処はどうでも良い。どうせ、何処かと戦をするつもりも無いだろうし。次はっと」


 曹昂が次に目を通したのは涼州方面の報告書であった。


 現在涼州では現地の有力者である馬騰と韓遂が争っていると書かれていた。


(あれ? 義兄弟じゃなかったの?)


 曹昂の前世の記憶では馬騰と韓遂は義兄弟の契りを結んだと書かれていたので、てっきり仲良く治めているのだと思っていたが、違うので少々驚いていた。


 未だ争いが止まる様子は無く、長安にいる鍾繇が説得しているが、時間が掛かっていると書かれていた。


「……ちょっと驚いたけど、争いもその内収まるだろう」


 そう思い、曹昂は次に揚州の報告書へ目を通した。


 揚州の方は、これはこれで混沌としていた。


 寿春から逃亡した袁術は逃亡先の豫章郡で、暴政を行い贅沢な暮らしをしていた。


 諫言しても聞き入れてもらえず、多くの家臣が去って行ったが、それでも贅沢な暮らしは止めなかった。


 その一方で同じく揚州に居る孫策はと言うと、曲阿を拠点にし呉郡、会稽郡を支配下に治めていた。


 法を整備し、治安を回復させて優れた人物を登用してはいるのだが、その過程で多くの者達を粛清していた。


 それにより、孫策の統治に従わず逃散している人々も多かった。


 未だに孫策の支配に根強い抵抗勢力が多く存在しているので、平定には時間が掛る上に多くの血が流れるだろうとも書かれていた。


「……義父上は自業自得だとしても、孫策の方はどうなる事やら」


 そう呟きながら、次の報告書に目を通した。


 その報告書は荊州について書かれていた。


「…………劉表が自分の下に居る張繍を南陽郡太守に任命し、兵を集めてる模様っ⁉」


 報告書を読んだ曹昂はこれから起こる事を予想する。


(とすれば、来年あたりに戦が起こると見るべきか)


 張繍と劉表の動きからそう察する曹昂。


「……そろそろ、埋伏の毒を動かす時か」


 曹昂はそう呟いた後、筆を取り文を認めた。


 書き終わると、人を遣ってこの文を届けさせた。

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