偽帝討伐の兵を挙げる

 宴が行われた翌日。




 関羽は戦利品の一部を貰い受けると、即刻劉備の下に帰って行った。


 此度の戦勝で呂布は陳圭、陳登親子を信頼し、何事も二人と図るようになった。


 逆に陳宮は信用を無くしていった。


「お主等のお蔭で助かったぞ。これからも私を助けてくれ」


「はっ。ありがたきお言葉」


「身に余る光栄にございます」


「そう言えば、戯志才という者はどうした? 献策した褒美を渡そうと思ったのだが」


「……あの方でしたら、浮屠の教えを広める為にもう旅立たれました」


「そうか。褒美でも渡そうと思っていたが残念だ」


 呂布は居ないのであれば仕方が無いなと思い、気持ちを切り替え陳圭に一つ相談した。


「寝返った韓暹と楊奉はどうするべきだと思う?」


「将軍。韓暹と楊奉の二人ですが、将軍の麾下には優れた人材が揃っております。ですので、新参の二人を麾下に留めておくよりも、東海郡の曹操に対する備えとして置くのが良いかと。もし、劉備が反乱を起こした時は、二人に攻めさせる事も出来ますので」


「成程な。良し、そうしよう」


 呂布はその言葉に従った。


 韓暹は襄賁県へ、楊奉は蘭陵県へ赴任する事となった。


 その命令を聞いた二人は一瞬だけ不満そうな顔をしたが、直ぐに真顔に戻りその命令を承諾した。




 数日後。




 韓暹と楊奉の二人は赴任地へと向かっていた。


「ふんっ、一軍の将軍であった我等が県令に成り下がるとはな」


 韓暹は馬上で愚痴を零していた。


 指揮下に置いていた兵は奪い取られ、僅か数十騎程の兵だけで赴任地に向かえと命じられれば、誰でも愚痴を零すだろう。


「そう愚痴るな。なぁに、赴任地では好きにして良いと言われたのだ。そのお言葉通りに好きにさせてもらおう」


 楊奉は不満そうな韓暹を宥めた。


「しかしだな。我らが赴任する所には、劉備が居るのだぞ。あ奴には関羽、張飛の豪傑が居るのだ。我等だけでは流石に敵わんぞ」


「なに、それも考え方次第だ。呂布が我等の扱いを不当にした時は、今度は劉備に」


 最後の所は誰にも訊かせたくないのか小声で囁く楊奉。


「そうだな。それも一つの手だな」


 楊奉の提案に韓暹も悪くないと思い頷いた。


 そして、韓暹達はそのまま東海郡に入り、更に北上した。


 後数日で各々の赴任地に着く所まで来た。


 明日は分かれて赴任地に向かう為、暫しの別れとして宴を開いた。


 琅邪国には呂布と敵対している臧覇が太守をしていると事前に聞かされていたが、まさか襲って来る事は無いだろうと思い、韓暹達は大いに楽しんだ。


 随行した者達にも酒が振る舞われる中、韓暹達に随行した兵達の数人はその騒ぎの中、そっと陣地を後にした。




 数刻後。




 宴が終わり、韓暹達が眠りについていた。


 陣地を守るための見張りの兵も気が緩み、眠気交じりで立っていた。


 その陣地に多くの人馬が近付いて来た。


「敵は完全に気が緩んでいる様です」


「良し、今だ。攻撃しろ」


 その人馬の集団の頭がそう命じると、その者達は得物を抜いて、韓暹達の陣地に雪崩れ込んだ。


 酒を飲んで気が緩んだ事に加え、人数も襲って来る者達の方が多い為、韓暹達に随行した兵達の殆どが斬り殺されていった。


 程なく生き残った兵達と共に、韓暹達はその集団に捕縛された。


 縄で縛られた韓暹達の前にその集団の頭がやって来た。その男の後ろには二十代ぐらいの男性が居た。


「何者だっ。我等は呂布将軍配下の韓暹と楊奉と知っての狼藉かっ」


 韓暹がその頭を睨みつけながら叫んだ。


 その頭は返答の代わりに笑みを浮かべた。


 まるで、そんな事は承知していると言わんばかりであった。


「貴様、この様な事をして、ただで済むと思うなよっ」


「呂布将軍が黙ってはおらんぞっ」


 韓暹と楊奉は叫ぶが、それを頭は鼻で笑った。


「呂布が攻め込んで来たところで、また敗北の味を教えるだけの事だ。そうは思わぬか?」


 男の話を聞いて韓暹達は耳を疑った。


 今の話しぶりから、呂布を撃退した事があるという事だ。


 天下に猛将と名を轟かせる呂布を撃退した者など、今の所二人しか居なかった。


 一人は韓暹と楊奉の二人が恨んでも恨み切れない男曹操。


 そして、もう一人は。


「げえっ、臧覇⁉」


「貴様、何故此処に居るっ」


 琅邪国に居る筈である者がこの地に居る事に仰天するのも仕方がないと言えた。


「ふふふ、別に話す事ではないが。冥土の土産に教えてやろう。貴様に調略を仕掛けた陳珪、陳登親子はとうの昔に曹司空様と通じていたのだ。そして、陳親子が寄越した兵の連絡で貴様等が居る所を教えてくれたのでな。こうしてやって来たのだ」


「なにっ、陳親子がっ」


「ま、待ってくれ。降伏する。我等は呂布に対しては何の恩も無い。むしろ、今回の戦勝で呂布は我等に恩を感じている筈だ。それを使って呂布軍の内部に潜り込んで、時が来たら内応するというのはどうだ?」


 韓暹は驚く中、楊奉は寝返りたいと述べた。


 そこへ臧覇の後ろに控えていた者が前に出た。


「残念ながら、それは無理な相談です」


「なに、貴様は?」


「お、お前はっ!」


 韓暹は誰なのか分からなかったが、楊奉はその者の顔を見ると直ぐに誰なのか分かった。


「き、貴様は、曹昂っ!」


「なにっ、あやつが⁉」


 楊奉がそう告げるのを聞いて、韓暹は驚いた。


「奸雄の愛息子がどうして此処に居るっ⁉」


 韓暹の言葉を聞いて、今はそういう風に言われているのかと思う曹昂。


 少し前までは知恵袋とか言われていたと思い返していた。


「……おっと失礼。その問いに答えましょう。袁術軍を撃退する為に、貴方方を呂布に寝返る様に策を述べたのは私なのですよ」


「「なんだとっ⁉」」


 韓暹達は有り得ないと言わんばかりに声を上げた。


「父上が貴方方の首を所望されておりますので、その首を貰い受けます」


「だそうだ。ではな」


「ま、まっ」


 臧覇が手で合図を送ると、部下達が得物を抜いて、振りかぶった。


 韓暹は止めようとしたが、聞き入れてもらえず振りかぶった得物により、韓暹達は殺された。


 口封じの為、生き残った兵達も皆殺された。


 韓暹達が死んだの確認すると、二人の首は斬り落とされた。


「では、私はこれで」


「うむ。御父君によろしくお願い申す」


 曹昂が部下に命じて布に韓暹達の首を包み、箱に入れた。


 そして臧覇に挨拶をすると、その場を後にした。




 十数日後。




 曹昂はようやく許昌へと辿り着いた。


 そして、身分を示すものを門番の兵に見せて城内に入ると、そのまま箱を持って外廷へと向かった。


 外廷に辿り着くと、出会った宮臣に話し掛けた。


 暫し話し込んだ後、別れると何処かへ歩き出した。


 少し廊下を歩くと、目的の場所に辿り着いた。


 其処は曹操が開いた司空府であった。


 見張りの兵に来訪を告げると、少しして許可が下り、部屋に入って行った。


 室内の上座には、曹操がいた。


 曹操を見るなり、曹昂は箱を横に置いて跪いた。


「曹昂。ただいま戻りました。土産として韓暹、楊奉の首を取って参りましたっ」


「良く帰って来たな。そして手土産に逆賊の韓暹達の首を持って帰って来るとは豪気な事よ」


 曹操が労いつつ、首を見聞すると言うと、曹昂は箱の蓋を開けて、中に入ってた布の包みを取り出して床に置いた。


 包みの結びをほどき広げると、韓暹と楊奉の首があった。


「……うむ。間違いない。二人の首だな」


「これで、陳親子を信用しても良いと思います」


「そうだな。まぁ、お前が助力したのも大きいがな。その礼が韓暹と楊奉の首と言うのは少し安いと思うがな」


「そうかも知れませんね。ですが、いずれは徐州を手に入れるのです。気にする事ではないでしょう。加えて、呂布も袁術の勢力もお互いに大打撃を被りましたね」


「そうだな。天子に上奏し、討賊の詔を貰うとするか」


「良いと思います。父上、その前にご相談が」


 曹昂が話している最中、曹操は手で制した。


「分かっている。袁玉の事であろう。それに関してはお前に任せる。離縁して、親元に返すもよし。今の立場のまま妻にしても良し。好きにせよ」


「ありがとうございます。父上」


「うむ。ああそうだ。一つ聞きたい事があったのだ」


「何か?」


「お前が呂布の下に行った時、声で正体が分かってしまい、捕まるという事は考えなかったのか?」


 曹操は其処が気になっていたのか訊ねた。


「其処は大丈夫です。もし、捕まった場合は呂布の娘達がどうなるか分からないというつもりでした」


「お前も時々、剛胆な事をするな」


 曹昂の答えを聞いた曹操は呆れた様な感心した様な声で、曹昂を見た。


「まぁ、あれだけ急を要する事態だったのですから、捕まえる事も考えつかなかったと思いますけどね」


 そう言って曹昂は一礼し、その場を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る