泣きっ面に蜂

 陳珪は城に戻って来たが、袁術軍は呂県に留まっており、反乱を起こす気配を見せなかった。


 最初、呂布は戻って来たのだから、策は成功したのだろうと思い、何も言わなかった。


 だが、一向に袁術軍が混乱する様子もない事に焦れる呂布。


 そう焦れていると、袁術率いる三万の兵が呂県にいる袁術軍と合流した。


 そして、呂布が居る彭城に進軍を始め包囲した。


 袁術軍が城を包囲したのを見た呂布は、我慢の限界の様で陳珪を呼び出した。


「陳珪っ、敵が一向に混乱する様子が無いのはどういう事かっ」


 呂布はやって来た陳珪を見るなり怒鳴り声を挙げた。 


 今にも、剣を抜きそうな程の怒気を発する呂布。


 そんな、呂布を前にしても、陳珪は涼しい顔をしていた。


「御怒りを鎮めなされ。既に我が策はなりました。今夜にでも、その成果が現れます」


「ほぅ、今夜とな」


 陳珪が冷静に答えるので、呂布も怒りを抑えた。


「はい。今夜、韓暹と楊奉が反乱を起こしますと同時に、関羽殿率いる精鋭が敵の背後を突く手筈となっております。其処に将軍が城の全軍で攻撃に掛かれば、我が軍は一夜にして大勝利を得る事ができますぞ」


「良し。今夜だな。敵の陣地に火の手が見えたら、攻撃するとしよう。だが、もし、火の手が上がらなければ」


 呂布は剣の柄を握りながら、陳珪を見る。


 それは、もし、策がならなければその首を刎ねるぞと無言で伝えた。


「承知しております」


 陳珪も分かっているのか、それ以上何も言わなかった。


 呂布は陳圭の言葉を信じて、夜襲の準備に取り掛かった。




 その夜。




 袁術率いる袁術軍は城の攻撃準備をしていた。


 天幕の中に居る袁術は一人椅子に座り、無聊を慰める為に酒を飲んでいた。


 其処に各軍の将軍がやって来た。


 第一軍の将軍張勲。第二軍の将軍橋蕤。第三軍の将軍陳紀。第四軍の将軍雷薄。第五軍の将軍陳蘭。第六軍の将軍韓暹。第七軍の将軍楊奉。


 全ての軍の将軍がやって来た。


「来たか。将軍達よ」


 袁術は酒を飲むのを止めると、集まった将軍達に睥睨した。


「朕は数刻前に夜襲の準備をしよと命じたが、何時頃攻撃できるのだ?」


 袁術がそう訊ねると、第一軍の将軍で此度の遠征で総大将を務めていた張勲が答えた。


「殿、いえ陛下。もう暫くお待ちを。もう少しすれば攻撃を行いますので」


「ふん。まあよい。では、準備ができ次第、総攻撃を開始せよ。朕に呂布の首を見せるのだ」


「「「御意」」」


 袁術が雨が降っても攻撃しろという命令に、将軍達は従った。


 袁術が居る天幕を出ると、韓暹と楊奉の二人はヒソヒソと話した後、別れた。




 少しすると、韓暹は軍を率いて駆け出していた。


 麾下の兵は得物を抜いて攻撃の準備を整えていた。


 駆け出した先にあったのは、陳蘭率いる第五軍の陣地であった。


 韓暹が剣を振り上げると、弓兵が矢に火を付けた。


 韓暹が剣を振り下ろすと同時に、矢が放たれた。


 幾千の火矢が陣地を襲い、天幕や兵に当たり燃え上がらせる。


「攻撃せよっ!」


 韓暹の号令に従い、兵達は攻撃した。


 と同時に、先程話して別れた楊奉もほぼ同時に雷薄率いる第四軍の陣地を攻撃した。


 それにより、第五軍と第四軍は混乱状態となった。


 城壁で防戦の指揮を取っていた呂布はそれを見るなり、策が成功したと確信した。


「総攻撃を仕掛けるっ。陳登、お前は城を守れっ」


「はっ」


「残りは私に続けっ。袁術の首を取ってくれるっ」


「「「おおおおおおっっっ」」」


 呂布の号令に従い、将兵達は喊声を上げた。


 城門は開かれ、城内に居た全軍は袁術軍の陣地に攻撃を仕掛けた。


 その攻撃が始まると、ぽつぽつと大粒の雨が降り出した。


 降りは激しくなり、更には雷まで鳴り出した。


 雷雨により、袁術軍の混乱が更に助長される事となった。


 その隙にとばかりに、呂布は袁術軍の各軍の陣地を突破していった。


 進路上に敵兵が居れば斬り殺し、障害物があれば叩き壊しながら、前へ前へと進む呂布。


 そうして、袁術軍の本陣近くまで来た。


「あれは袁術が居る本陣だ! 続け!」


 呂布はそう言うが、今まで攻めた陣地の中で一番豪華な天幕があったのでそう言っただけで、袁術が居るかどうか分からなかった。


 適当に言っただけなのだが、直ぐに袁術が其処に居る事が分かった。


「待ていっ、呂布。此処から先はこの紀霊が通さんぞっ」


 親衛隊の将をしていた紀霊が親衛隊の兵と共に立ちはだかったからだ。


 紀霊が居る以上、此処に袁術がいると分かった呂布。


「邪魔だっ。紀霊」


 呂布は駆け出すと共に方天画戟を振るうが、紀霊は得物の三尖刀で呂布の攻撃を防いだ。 


 そのまま、二人は刃を交えるかと思われたが、如何に紀霊でも呂布と互角に打ち合う事は出来ず、数合交えたが、これ以上は無理と思ったのか後退した。


「紀霊、逃げるか⁉ お前も武人ならば取って返して戦えっ!」


 逃げる紀霊に呂布は嘲り交じりの声を掛けるが、紀霊は歯噛みしつつ後退を続けた。


 その紀霊のお蔭で、呂布の足が一時であったが止まった。


 袁術はその隙に本陣を出て、後退した。


 後退し大勢を整えようとしたが、運悪く逃げた先に関羽率いる軍と出会ってしまった。


「我は劉備玄徳が弟の関羽雲長なりっ。偽帝袁術、その首貰い受けるっ」


「なにっ、関羽だとっ」


 関羽の武勇を知っている袁術は戦う事なく逃げ出した。


「待てっ。袁術、その首を置いて行けっ」


 関羽はその後を追い駆けた。後少しで得物が届くという所まで追いついたが、其処で袁術を守る兵達により足を止められた。


「陛下をお守りしろっ」


「これ以上進ませるな!」


「ええいっ、邪魔をするなっ」


 袁術の兵達が邪魔をするので関羽は思うように追撃が出来なかった。


 結局、袁術は取り逃がし各軍の将軍達も取り逃がしたが、袁術軍呂布軍合わせて多くの兵が大地に横たわっていた。


 呂布は大勝利に喜び鬨の声を上げると、兵達も続いて歓声を上げた。


 そして、戦利品を確保した後、宴を開く事となった。


 この席には韓暹と楊奉に加えて、関羽も参加していた。




 呂布軍の攻勢により敗退した袁術軍。


 多くの兵を失った事で、これ以上の攻撃は無理だと将軍達は述べるので袁術は寿春に撤退する事となった。


「おのれ、朕の威武を広める為の遠征だったと言うのに、呂布めっ」


 袁術は乗っている馬車の中で負けて都へ帰る事に憤っていた。


 この恨みは忘れないとばかりに、ブツブツと呟いていた。


 言葉こそ聞こえないが、怨恨が込められているのだけは分かった。


 呪詛でも呟いているのかと馬車を操る御者は思った。


 そんな袁術の下に都である寿春から使者がやって来た。


「陛下、一大事にございます。都寿春が孫策の攻撃を受けて陥落いたしましたっ」


「何だとっ⁉」


 使者の報告を聞いた袁術はありえないとばかりに声を上げた。


 これは、袁術が呂布を討つために寿春を発つという噂を、曹昂が孫策に流していたからだ。


 その噂の真偽を確かめ、本当に袁術が寿春に居ない事を知った孫策は全軍を以て寿春に攻撃を仕掛けたのだ。


 使者の報告を聞いた袁術は急いで寿春への帰路に付いた。


 十数日掛けて、寿春に帰還した袁術。


 其処で見た光景はあまりに悲惨であった。


「あ、あああ、なんということだ・・・・・・」


 袁術は馬車から降りて、目の前に見える自分が都と定めた寿春に衝撃を受けていた。


 城門は黒く壊されたままで、市内には瓦礫などが散乱しており、火を放たれた跡もあった。


 整備された街並みは無残にも破壊し尽くされていた。


 この光景を見た時は、これが寿春か⁉と思った袁術。


 そして、都の中に入り、守備をしていた者達の報告を聞いた。


 寿春には数千の守備兵が居たのだが、孫策軍の突然の強襲により抵抗する暇もなく陥落。


 寿春を攻め落とした孫策は略奪を行った。


 数日に渡り略奪を行い、多くの捕虜を得る事に成功した。


 そろそろ、奪える物は無くなるというところで、袁術が呂布に負けたという報が孫策の下に届いた。


 その報を聞いた孫策は寿春を放棄し、本拠地にしている曲阿に凱旋する事にした。


「お、おのれ、孫策めっ、朕が伝国璽を奪った仕返しに、この様な事をするとは・・・・・・」


 怒りで身体を震わせる袁術。


「陛下。御怒りは御尤もですが、今は都の再建を急ぎましょう」


「・・・・・・そうであったな」


 側近の閻象が袁術の怒りを宥める様に言うと、袁術も怒りを収めて寿春の再建に取り掛かった。


 近隣の郡に住んでいる人々を無理矢理集め寿春を再建させる為の人夫とした。 


 あまりに強引に集めた事と過酷な重労働により、多くの人々が怨嗟の声をあげた。


 その怨嗟の声を無視するかのように、袁術は作業を迅速にさせた。


 それにより、多くの者達が過酷な労働により倒れて行った。


 だが、その多くの犠牲により一月も経たない内に、寿春は以前の様な都へと戻る事が出来た。


 袁術は喜んでいたが、孫策が攻め込んで来た事で、配下の者達の中には袁術へ仕える事に疑問を持つ者が出て来た事に気付いた様子は無かった。

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