袁術、暴走す
怒涛の如く進軍する袁術軍。
広陵郡、下邳国を蹂躙し郡国内の県の殆どを陥落させていった。
下邳国を預かっている曹豹は、袁術の攻勢に単独では太刀打ちできないと判断し、徐州内でも難攻と言われる下邳県に籠り、呂布の援軍を待つ事にした。
呂布には自分の娘を嫁がせているので、見殺しにはしないと思い袁術軍の攻撃を耐える事にした様だ。
だが、その思いは叶わず、籠城してから十数日後には城は陥落。
防戦の指揮を取っていた曹豹は討死した。
太守を討ち取った事で、袁術軍の士気は天を突かんばかり上がった。
自軍優勢の報告を、寿春の評議の場にある上座に座る袁術は上機嫌で聞いていた。
「くはははっ、何が人中に呂布ありだっ。我が軍に対して、何の手も打てないとは」
袁術が大笑いするのを聞いて、その場に居た者達も同じように笑っていた。
「これは近い内に、徐州は我らの手に入るかも知れんな。くくく、さすれば、わたしの天下が一歩近付くな」
「その通りにございます。殿」
袁術の言葉に側近の閻象の同意した。
それを聞いて、ますます気を良くする袁術。
「良し、では、近い内にわたし自ら徐州に赴き、呂布の首を取ってくれようぞ」
「殿。それは」
閻象が止めた方が良いと口を出そうとしたが、自分と同じ職官の主簿に就いている張炯が口を挟んだ。
「宜しいかと。ですが、その前にするべき事をした方が良いと思います」
「ふむ? 何をするのだ?」
袁術は気を良くしているのか、笑顔で張炯が何を言うのか聞いていた。
「徐州に行く前に、殿は皇帝になるべきです」
「な、なんだとっ⁉」
張炯の口から出た言葉に袁術を始め、その場に居た者達全員衝撃を受けていた。
「殿は既に伝国璽をお持ちです。既に天意は殿の下にあるのです。その証拠に、あの呂布でさえ我が軍には負け続け、これ即ち天が殿に皇帝になる為に力を貸してくれている証拠です」
張炯のその言葉を聞いた閻象はあまりにこじつけが過ぎると思った。だが、袁術は。
「う~む。そうか。天意か。確かにそうかも知れぬな。あの猛将呂布が率いる軍相手に、我が軍は優勢なのだから、天はわたしに帝位につくべきと言っているのかも知れんな」
張炯の言葉を聞いて、袁術は満更ではない顔をしていた。
「確かに、そうかも知れぬな」
「うむ。それに殿の手の中には伝国璽があるからな」
「これは、やはり天意かっ」
他の家臣達も袁術が帝位に就いても良いのではと語りだした。
閻象は周りの者達が、袁術を帝位に就かせたいという顔をしているのを見ると、袁術へ諫言する。
「殿っ、帝位に就くのはお止めくださいっ。就くにしても、せめて曹操か劉表のどちらかを討ってからでも遅くはないかと思います」
「五月蠅いわっ。貴様の言葉に従っていたら、わたしは一生、帝位に就く事など出来んわっ。わたしは今年で幾つだと思っている⁉」
袁術がそう言うと、閻象は此処が正念場と言わんばかりに答えた。
「今年で、四十になります」
「もう五十に手が届く年ぞ。今、この時、帝位に就かねばわたしは馬上で死ぬ事になるわっ」
「お聞きください。晋の文公となった重耳は謀略で国を追われた時は四十三でした。それでも長い放浪の末に国に戻る事はできましたが、その時の重耳の歳は六十二でしたが、覇者として君臨しました。大昔の者が成し遂げる事が出来たのです。殿が出来ない訳がありません。どうか、ご再考をっ」
閻象は考え直す様に言うが、袁術は激怒していた。
「何を言うか。貴様っ。大昔の者とわたしを比べるなど烏滸がましいわ。第一にして重耳は覇者になっても、十年ぐらいしか君臨出来なかったではないかっ。わたしが重耳と同じ歳で帝位に就いても、栄耀栄華を楽しむ事が出来ぬまま天に召されるわっ」
袁術が怒鳴り声をあげると、袁術の意見に賛同する者達が現れた。
「そうだ。殿の言う通りだ」
「殿と重耳とは身分も立場も違うのだ。比べる事も烏滸がましい」
「その通りだ。今、殿が帝位に就くのは天意であろう」
この前は周りの者達は帝位に就く事は同調しなかったが、今は違った。
皆、袁術が帝位に就く事に反対する様子はなかった。
張炯も閻象以外の者達が、袁術が帝位に就く事に反対していないのを見るなり、更にとばかりに教えた。
「殿。讖緯書『春秋讖』にある『漢に代わる者は当塗高なり』という一文があります。これ、即ち殿が帝位に就く証拠ですっ」
この讖緯書とは、古代中国で行われた予言を記した書物の事だ。
過去、この讖緯書に書かれている説を利用して、王莽は新を、光武帝は後漢を建国した。
「ほうぅぅ、それは良いな。その塗とは道という意味があるな。わたしの名の術も字の公路の路も道という意味がある。成程、それは悪くないな」
袁術はもう帝位に就く気になっていた。
「と、殿。なりません。帝位に就く事は」
袁術が帝位に就く事は反対する閻象。
「喧しいっ。まだ、言うか。貴様はっ」
袁術は怒りだして、腰に下げている剣を抜いて、切っ先を閻象に向けた。
「これ以上、わたしが帝位に就く事を反対するのであれば、お前を斬るっ」
「…………」
袁術の意思が固い事が分かった閻象は天を仰いだ。
「良し。皆もわたしが帝位に就く事に反対せぬな?」
袁術が訊ねると、誰も何も言わなかった。
「では、天命と民心に従い、わたしいや朕は帝位に就くとしようぞ」
袁術がそう宣言すると、張炯達は「陛下、万歳‼ 万歳‼」と跪いて叫んだ。
閻象だけは暗く沈んだ顔をしていた。
袁術は寿春を都とし、国号を「仲」として皇帝に即位した事を、天下に広く知らしめた。
それは、徐州攻略をしている袁術軍の下にも届けられた。
軍を率いている将達に役職を与えられていったが、皆、寝耳に水の事であったので、酷く驚いていた。そんな中、楊奉と韓暹の二人は袁術が帝位に就いた事に、一抹の不安を感じていた。
まだ、漢王朝は健在なので、自分達はこのまま袁術に仕えていれば逆賊になるのではという思いがあった。
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