此処から

 鄒菊を加えた曹昂軍は北門へと向かっていた。


 北門に着くまでの間、敵軍の襲撃を受けると予想されたが、程丹のある献策により、曹昂はその策に従って行動した。


 程丹の策に従う曹昂軍は張繍軍の部隊に見つかった。


「むっ、其処の者達、何処に向かう⁈」


 張繍軍の部隊が曹昂軍を見つけるなり声を掛けた。


 曹昂軍の兵達は武器を構える事無く、ジッとしていると、その兵達の列を掻き分ける様に馬に乗った鄒菊と程丹が出て来た。


「控えよ。こちらにおられる御方は、現城主である張繍様の亡き叔父上、張済の奥方様であるぞ」


 程丹が大声でそう告げると、部隊の兵達は慌てて一礼した。


「これは失礼いたしました。しかし、奥方様はどちらへ行かれるのですか?」


 部隊を率いる隊長が、曹操軍と戦闘中なのに、どうして鄒菊が此処に居るのか疑問に思い訊ねた。


「張繍殿の命令で、城内は危険なので城の外で布陣している陣地へ移動されたしという命を受けて、城を出る途中だ」


 程丹が部隊長に告げる。話を聞いた部隊長は城内の状況を鑑みて、然もありなんと思った。


 加えて、目の前に居る部隊は張繍軍に属する証である『張』の字が書かれた旗を掲げていた。


「……承知した。では、これで」


 部隊長は主筋である鄒菊に一礼すると、何処かに向かった。


 張繍軍の部隊が遠くに離れて行くのを見送ると、程丹は安堵の息を漏らした。


「……夜で暗く味方の判別が難しいとは言え、旗だけで判断するとは安直ですね」


 程丹が呟くと、鄒菊が乗る馬の手綱を持っている曹昂は苦笑いした。


「まぁ、鄒菊殿が居る事が大きいだろうね。それにしてもまさか、敵軍の旗を掲げて行軍するなんて。流石は程昱の娘かな」


 程丹の機転を、曹昂は称賛した。


(鄒菊が居るのだから、有効活用しようと言った時は人質にでもするのかと思ったけど、こういう発想は浮かばなかったな)


 旗も館の前の戦いで、倒れていた兵が持っていた物を活用した。


 今まで出会った部隊全て、鄒菊と『張』の字が書かれた旗を見ると、味方と判断して程丹の話を信じ、直ぐに曹操軍の兵を捜索しに何処かに向かって行った。


「北門までもう少しだ。張繍が来たら流石に偽物だとバレるから、出来るだけ急ごうか」


「そうですね」


 曹昂はそう言って、急いで北門へ向かった。


 話に出た張繍は後退した所で、兵の立て直しを図ろうとしたが、曹昂軍の砲撃で死傷した兵の惨状を見て、生き残った兵達は恐怖に怯えて使い物にならなかった。


 この時代、砲撃で死ぬという事が無い。


 その為、どんな手段を使ったか分からないという未知の恐怖で怯えるのも仕方がないと言えた。


 それにより、再編成に時間が掛かった。


 ようやく軍を立て直して館に向かったが、誰もおらず地団駄を踏んだ。


 そして、怒りながら直ぐに部下へ追撃の命令を出した。




 特に襲われる事も無く、北門に到着した曹昂軍。


 北門近くになると、敵と間違われると思い『張』の旗は捨てて、『曹』の旗を掲げた。


 馬も鄒菊を降ろし、曹昂が乗り換え、鄒菊は程丹の後ろに乗った。


 そして、『曹』の旗を掲げ進軍する曹昂軍。旗を見るなり、北門を守る兵達は声を上げて出迎えた。


「父上は?」


「かなり前に護衛の方々と共に参り、出て行かれました」


「良し。・・・・・・」


 曹昂は命令を出す前に耳を傾けた。


 城内からはまだ怒号と戦闘音が聞こえていた。


(どうやら、城内の曹操軍はまだ抵抗している様だな。ならば)


 それが分かった曹昂は作戦を変更する事にした。


「程丹。君はこの軍を率いて城外にある陣地に向かってくれ」


「は? 曹昂様は如何なさるのですか?」


「私は」


 曹昂は答える前に、北門に居る騎兵部隊を見た。


 殆どの騎兵は普通の武装であったが、一部の騎兵は普通の槍ではなかった。


 持っているのは火槍なのだが、歩兵が持っているのと少しだけ形状が違った。


 砲口のすっぽりと収まる刀身が填めこまれていた。


 これは騎兵専用の火槍であった。


 当初は歩兵が持っているのと同じ作りの火槍にしたのだが、砲撃の手順として弾を込める際、馬の動きによる揺れで難しい、という事が分かった。


 其処で曹昂は考えに考えた結果、砲弾を込めるのでは無く、嵌め込んでみる事にした。


 抜き出し出来る刀身を砲口に嵌め込んで、それを火薬で発射する形態にした。


 これは棒火矢と言われる羽根が付いた太い矢を鉄砲で放つという兵器を応用した物だ。


「全ての騎兵部隊を率いて、敵を攪乱するっ」


「えっ⁉ このまま陣地に撤退するのでは?」


「状況が変わった。父上は無事に陣地に戻ったのであれば、無事に戻れる様に時間を稼ぐべきだからな」


 撤退すると思っていた程丹は疑問を問い掛けた。


「それならば、どうして北門に来たのですか?」


「退路を確保する為だ。攪乱するにしても、まずは退路を確保してから行うべきだ」


「それならば、全軍で救援に向かっても良いと思います」


「騎兵ならば機動力で逃げる事も突破する事も容易だが、歩兵を連れては難しいからね。それに、程丹には雛菊殿を安全な所に案内して欲しい」


「しかしっ」


「そっちは任せた。騎兵部隊は集まれ‼ これより味方の救援の為に、敵を攪乱するぞ!」


 話を強引に打ち切った曹昂は、騎兵部隊に集まるように命じた。


 そして、同時に兵士の二人に何事かを命じた。


 命じられた兵達は一礼し、何処かに向かって行った。


 その兵達を見送ると、曹昂は騎兵を率いて陣地へと向かった。



 城内にある曹操軍の陣地。


 其処では喊声と剣戟の音が響き渡っていた。 


 賈詡が兵を率いて攻撃していた。


 指揮する将が居ない為、兵達は最初こそ混乱していた。


 其処に曹浩が到着した。


「これはまずいな・・・・・・」


 敵の襲撃を予想はしていたが、此処まで混乱していると思わなかった。


 数は曹操軍が多いが、混乱状態で碌に統率が取れていない様に見えた。


(混乱状態をどうにかせねば。此処は、あれ・・しかない)


 そう思った曹浩は声を張り上げた。


「者共、声をあげよ! 曹昂子脩此処にあり! 今こそ、その武勇を敵に見せつけるのだ!」


 曹浩は大声で叫ぶと、曹操軍の兵達の顔が輝きだした。


「おおっ、曹子脩様だっ」


「曹子脩様がおられるのであれば、勝てるぞ!」


「者共! 振るえ‼」


 曹浩が曹昂と偽り、兵達を鼓舞した。 


 そのお陰で、徐々にだが兵達の士気が上がり、賈詡が率いる張繍軍の兵達の攻撃を凌いでいった。



「くっ、まさか、曹昂が居るだけで、此処まで手こずるとは」


 そう思った賈詡であったが、直ぐに違和感に気付いた。


 噂に聞く曹昂が指揮を取っている割りに、兵を鼓舞しているだけで、特に兵に命じている訳では無かった。。


 もしや、何か策があるのでは? と思っていた。


 賈詡は一度退いて態勢を整えてから、様子を見ようと思い、兵達にそう指示しようとした時、後方から喚声が聞こえて来た。


「何事だ⁉」


「敵軍の騎兵部隊の強襲です!」


 賈詡の声に応える様に兵が報告した。


「敵軍だと⁉ 奇襲してきたと言うのか⁉」


 やはり、策であったかと思い怒鳴る賈詡。


 そして、賈詡の目に『曹』の字が書かれた旗を掲げる騎兵部隊が映った。


 その部隊が得物を振るう度に、賈詡が率いる部隊の兵が地に倒れて行く。


 そして、一部の騎兵は見た事も無い武器を持っていた。


 その騎兵が火のついた棒を開いている穴に入れた瞬間、


 ドドドン‼


 轟音を立てて刀身が発射された。


 飛ばされた刀身は賈詡が率いる部隊の兵達を簡単に引き裂いて行く。


「ぎゃあああっ⁉」


「何だ、こりゃあっ⁉」


 飛んで来た刀身は兵達の身体をズタズタに切り裂いていく。


 その刀身を放った騎兵達は、新たにその砲口にすっぽりと収まる刀身を嵌めた。


 刀身を嵌め終えると、空いている穴から黒い粉薬を注いだ。


 それが終わると再度、刀身を賈詡が率いる部隊の兵達に向け、鞍に取り付けた火の付いた棒を取り、点火口に入れる。


 ドドドン‼


 という音と共に、刀身が放たれ張繍軍の兵達に襲い掛かる。


「や、やいばが、とんできた‼」


「わけがわからねえっ⁉」


 刀身が投げられたのではなく、飛んで来るという摩訶不思議な光景に兵達は混乱しだした。


 騎兵部隊の強襲と飛んで来る刀身の攻撃により、死の恐怖に駆られ逃げ出す兵まで出て来た。


 賈詡もこのままでは不味いと判断し、撤退を命じてその場を離れて行った。


「追撃するぞ! 続け!」


 曹昂がそう命じると騎兵部隊は歓声を挙げた。


 そして、曹昂は部隊と共に、賈詡の後を追い駆けて行った。


 


 話で出て来る騎兵が持っている火槍は戦国無双2の徳川家康が持っていた筒槍の様な物と思って下さい。

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