出来ない事はしない

「う、うでがあああっっっ」


「いてえ、いてえええ……」


 身体の何処かを失った張繍軍の兵達は悲鳴を上げながら悶えていた。


 何らかの攻撃により死亡した兵達に比べると、生きている事を喜ぶべきか身体を失ってまで生きた事を悲しむべきかは分からなかった。


「ひいいぃぃぃ……」


「一体、何が……」


 無事だった者達は、味方が死傷した事に怯えていた。


 そして、何らかの攻撃を放たれた方を見た。


 見ると其処には、金属の管に木の柄がついた物を持っている集団が居た。


 その管の先からは白い煙が上がっているので、恐らく先程の攻撃はその管が放ったのだと推察できた。


 管の下にはすっぽり収まる様に木の板が置かれていた。


 その板の下に両刃の刃が取り付けられていた。背中には四角形の盾を背負い、腰には剣を指している。


 見慣れない武装をした集団であった。


 だが、その為、張繍軍の兵達は直ぐに味方ではなく敵だと分かった。


「な、何だ。お前達はっ」


 攻撃から逃れる事が出来た張繍軍の兵の一人がその集団に誰何してきた。


「……二列目、放てえええっ」


 返事とばかりに、その筒を持った集団の前後が入れ替わり、管の部分にある穴の中に火が付いた棒を差し入れた。


 その瞬間、大量の火花が立ったと同時に弾が発射された。


 ドパパパパパパン‼


 という大きな音が管の先から聞こえて来た。


 同時に張繍軍の兵達はその攻撃で多くの死傷者を出した。


「一体、これは、どうなっているんだ⁉」


「分からねえ、けど、こんなの敵う訳がねえ、逃げろっ!!」


 そう言って兵が集団に背を向けて逃げ出すと、側に居た者達も釣られて逃げ出した。


 最初は一人、二人であったが、徐々に人数を増やしていき、最後には兵達全員が逃げ出した。


「逃げるな。戦えっ‼」


 兵を指揮する張繍が叱咤しても、兵達は言う事を聞かず逃げるだけであった。


 幾ら声を掛けても、逃げる兵が止まらないので、張繍は後退して体制を整える事にした。


 張繍軍が後退をし始めたのを見て、典韋達は安堵の息を漏らした。


 だが、直ぐに張繍軍の兵達を追い払った集団が自分達に近付いてきたので、警戒心を強めたが、直ぐに警戒を解いた。


 その集団で馬に乗っている者の一人が曹昂だと分かったからだ。


 加えて『曹』の字が書かれている旗も掲げているので、間違いないと確信した二人。


「若君。救援に来ていただき感謝いたします」


「若君も御無事で何よりです」


 典韋達は頭を下げて、曹昂の無事を喜んだ。


「典韋達も無事で何よりだ」


 馬上にいる曹昂は典韋達の側に来ると、二人の無事を喜んだ。


「父上は?」


「まだ、館の中だと思われます」


「分かった。では、父上の下に行って来る。二人はこの場で待機を」


「「はっ」」


「程丹もこの場で待っていてくれ。敵が攻め込んで来たら迎撃するだけで良いから」


「承知しました」


 曹昂は指示を出し終えると、馬から降りて館に入って行った。




 館に入ると、直ぐに従弟の曹浩を見つけた。


 二人は互いの無事を喜びつつ、共に曹操の下に向かった。


「父上。御助けに参りました‼」


 ある一室で、曹操が武具を纏った姿で見つけた。


 側に鄒菊の姿があった。


「おお、息子よ。子脩よ。良く来てくれたっ」


 やって来た曹昂の肩を叩く曹操。


 曹操は息子が無事である事と、救援に来てくれた事を喜んでいた。


「お主が来てくれた以上、この状況を打開できる。連れて来た兵の数は如何程だ?」


「千人程になります」


「千か。城内に居る我が軍の下に向かうには些か心許ないが行けるか」


 曹操の頭の中では城内に居る兵と合流と決まっている様であったが、曹昂は首を横に振った。


「父上。今、この状況で城内の味方と合流するのは難しいと思います。此処は城外の元譲殿と合流するのが賢明かと」


「何を言っている。五万の我が軍を見殺しにしろと言うのかっ⁉」


 曹操は曹昂の献言に怒った様に答えた。


 怒っている曹操に曹昂は冷静に答えた。


「楚漢戦争の折、睢水の戦いで高祖劉邦は五十六万の兵を擁していましたが、項羽率いる三万の兵に敗れました。敗れた劉邦は数十万の兵を見捨て命からがら逃げ延びて、勢力を立て直し項羽を打ち破りました。今の父上はその高祖と同じです」


「確かに、そうだが」


「もし、父上が討たれれば、張繍に報復する事もできません。ですので、此処はお早くお逃げをっ」


「ぬっ、ぬうう……」


 曹操は曹昂の言葉は分かるが従う事を躊躇っている様であった。


「例え、今日負けても、生きていれば明日勝利する事が出来ます。ですので、どうか、お逃げを」


「……分かった。此処は逃げ延びる事としよう。それで、何処から逃げるのだ?」


「はっ。北門は私が率いて来た兵で占拠致しました。ですので、北門からお逃げを」


 少し前に曹操に諫言したが聞き入れられなかった。


 その時から、曹昂は密かに逃走経路を確保できる様に準備していた。


 曹操が居る館を兵に監視させて逐一情報を入手していた。


 典韋が館から離れたという情報を手に入れるなり、曹昂は自分が率いて来た五千の兵を率いて北門近くに布陣した。


 曹操が居る館に来るのが遅かったのは、北門を占拠するのに時間が掛ったからだ。


 城内に居る曹操軍の下に向かわなかったのは、敵の目を誤魔化す為だ。


 五万もの兵が布陣している所なので、どうしても人の目が付く。


 其処から兵を動かせば、敵が計略に気付いたと思い攻撃を早める可能性があった。


 なので、曹昂は五万の兵を切り捨てる事にした。


「安民。君は父上と典韋達と共に行ってくれ」


「いや、伯父上。わたしが城内に居る兵の下には、わたしが向かいます」


「なに? お前が?」


「まだ、兵を率いた経験はありませんが。伯父上の甥という事で、伯父上の命と言えば、兵も従うと思います」


「・・・・・・そうか。であ、任せた」


「はっ。子脩、お前はどうする?」


 曹浩の問い掛けに曹昂は胸を叩いた。


「殿を務めます」


 曹昂がそう言うのを聞くなり、曹操は唸った。


 曹操としては別の者に殿をして欲しかったのだ。


 その考えを読んでいるかのように、曹昂は述べた。


「父を守る。これも子としての務めです。私の事を思うのであれば、此処は私にお任せを」


「……分かった。お前に任せたっ。死ぬでないぞ。安民。お前も無理するでないぞ」


 曹操は苦悩したが、此処は逃げるが良いと判断するなり、曹昂に任せると言って部屋を出て行った。


 曹浩は曹昂に「武運を祈る」と言い部屋を出て行った。


 曹浩が出て行くと、曹昂は残っている鄒菊を見る。


「貴方はどうしますか?」


「私は……」


「生きたいのか死にたいのか、どちらを選ぶかは貴女次第です」


 曹昂がそう言うと、鄒菊は暫し考え込んだ。




「それで連れて行くと?」


 館の外で待っていた程丹は、曹昂と共に外に出て来た鄒菊を見るなり、曹昂に事情を訊ねた。


「いやぁ、生きたいと言うから連れて来たと言うか……」


 しどろもどろに言う曹昂に、程丹は呆れたように溜め息を吐いた。


「これから敵地の中を逃げると言うのに、義父上様の側室を連れてとは、余裕がおありの様で」


「いや、そういう訳では」


「流石に義父上の側室を自分の妾に迎えるのは、少々問題が」


「そんな事をするかっ⁉」


 程丹が冗談なのか、本当の事なのか分からない事を言い出したので、曹昂は怒った様に声を挙げた。


「まぁ、冗談は置いておいて」


 程丹がそう言うのを聞いた曹昂は少しだけイラッとしたが抑えた。


「出て行く義父上と少し話したのですが、良かったのですか? 城内の御味方と合流しないで」


「ああ、合流してもどれだけ兵が残っているか分からないし、その場所に向かっている途中で張繍軍に襲われる可能性があるからな。それだったらさっさと逃げた方が良い」


「旦那様がそう言うのであれば、従いますが。本当に宜しいのですか?」


「ああ、問題ない」


 曹操を助けると決めた時点で、こうなる事は分かっていた。


(味方を犠牲にして父上を助ける。生き残った兵と合流して城を脱出する。どちらかを選べと言われたら、間違いなく選ぶのは前者だ。いくら前世の記憶があるからと言って、全てを救うなど出来ない。安民も無理はしないで、逃げてくれるといいが)


 見殺しにする兵達には悪いと思いつつ、これも生き残る為と思い直し曹昂は新兵器の火槍を装備した部隊を率いて北門へと向かった。



 

今回出て来た火槍はモンハンに出て来る中折れしないガンランスみたいな物か。

もしくは、もののけ姫に出て来る石火矢に前床を付けて銃剣を装備した物と思って下さい。 

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