何の用で来たのやら

 数日後。



 曹昂は秘密工場兼砦に居た。


 既に砦に造り替える事に成功し、砦の周りには空堀が掘られ防壁も作られていた。


 その防壁の中にある敷地では、曹昂が設計図を引いた石火矢があった。


 七分約二十ミリ程の口径の金属の管に、木の柄がついた形をしている物が幾つもあった。


 管の一部には何かを入れる穴も開いていた。


「始めよ」


「はっ」


 曹昂が命じると、兵達はその石火矢を手に取り、的がある所に向かう。


 事前に使い方を習っていたのか、皆管を的に向ける。


 そして管に粉状の火薬を入れ、続けて丸い弾を入れる。


 それが終わると、穴の中に火が付いた棒を差し入れた。


 その瞬間、大量の火花が立ったと同時に弾が発射された。


 放たれた弾は立てられた的に命中し、的を破壊した。


「うん。威力は十分だな」


「はっ。最初は火薬の量で暴発しましたが、今はそのような事は無いようです」


 曹昂と共に見学していた兵士は安堵の息を漏らしながら、暴発していない事を喜んでいた。


 石火矢が作られた当初の実験では、火薬の量が分からずよく暴発を起こしていた。


 その所為で、多くの兵が死傷してしまったが、その犠牲のお蔭でようやく石火矢に使う火薬の量が分かった。


「これで、石火矢を兵器として使えるな」


「はい。騎兵では難しいですが、歩兵であれば槍の代わりに持たせれば十分に役立つでしょう」


 見学していた兵の呟きを聞いた曹昂は考えていた。


(歩兵だけではなく、騎兵にも持たせたいな。しかし槍の代わりに持たせても、近接戦闘が出来なくなるからな)


 剣だけでは、槍の長さに負けてしまう。


 石火矢に銃剣の様に剣を取り付ける方法も考えたが、砲身の熱で形が変形する事も考えられたので曹昂は取り付けるのを止めた。


(砲身を尖った物で覆うか? 取り付けるとしたら、外れない様に嵌め込むようにしないと駄目だな)


 騎兵でも運用できる手段を考える。


 色々と考えるが、試してみないと分からないなと思えた。


 取り敢えず作ってから試す為、職人への依頼を発注する事にした。


 


 実験結果を見届けた曹昂は砦を後にした。


 陳留に戻る途中、前方から砂煙が上がった。


 護衛の兵達が警戒する中、曹昂も用心を兼ねて剣の柄を握った。


 やがて、前方から騎兵がやって来た。


 軍装が曹操軍の物であったので、味方だと直ぐに分かった。


 それを見て、護衛の兵達は警戒を解いた。


 やがて、騎兵は曹昂達の下に来ると、曹昂に向かって一礼した。


「どうかしたのか?」


「はっ。曹司空様が参りましたので、子初様にお伝えする様にと命じられ参りましたっ」


「父上がっ?」


 曹操が来たと聞いた曹昂は、急いで陳留へと戻る事となった。




 陳留に戻った曹昂は、曹操に会う前に軽く身支度を整えた。


 気にする程の汚れなどは無いが、礼儀として行っていた。


 それが終わると、曹昂は曹操が居る部屋へと向かった。


 部屋に入ると、曹操は酒を飲んでいた。


「おお、来たか。子脩」


「お待たせいたして、申し訳ありません。父上」


 曹操が軽く盃を掲げると、曹昂は頭を下げた。


「村々の視察に出たと言っていたが、随分と早く戻って来たな」


「其処まで遠くの所まで行っていませんでしたので」


 本当は実験場に行っていたのだが、機密情報が多いので、一部の者しか実験場の存在は知らなかった。


 曹操にも話していなかった。


「そうか。お前もどうだ?」


「まだ、仕事がありますので」


 曹操が酒を勧めるが、曹昂が体よく断ると、曹操は不満そうな顔をしていた。


「堅物だな。本当に私の息子か?」


「父上のご友人の方々にも、良く言われます」


 曹昂の言葉に曹操は鼻を鳴らした。


「まぁ、私を見て真似ない様にと薔にでも言われたのだろう」


「はははは」


 子供の頃から良く言われたとは言わず、笑って誤魔化していた。


 笑い終わると、曹昂は椅子に座った。


「それで、父上は今日は何の御用でしょうか?」


「ああ、実はな。お前に頼んだ事があったであろう。あの件はどうなったのか聞こうと思ってな」


 曹操の問い掛けに、あの件が何なのか思い出す。


「……ああ、董卓軍の残党の件ですか? 張済が流れ矢で戦死して、跡を継いだ張繡が劉表と同盟を結んで宛県に駐屯したとの事です」


「むぅ、という事はこちらに降伏しないという事か」


「そうなります。私の不手際です。お許しを」


 曹昂が頭を下げると、曹操は手を振る。


「なに、気にするな。私としても、出来たら良いという思いで言っただけだ。別に其処まで期待しておらん」


 曹操は気にした様子もなかった。


「しかし、宛県は南陽郡にあるからな。勢力を拡大されると、目障りになるな」


「という事は、近い内に」


 曹昂が訊ねると、曹操は無言で頷いた。


「うむ。その張繡とやらを討ち取ってくれる」


「今年の秋にでも攻めますか?」


 攻める時期としたらその辺りだろうと思い訊ねる曹昂。


 だが、曹操は首を振る。


「いや、来年の春にするつもりだ」


「その意図は?」


「簡単な事だ。今年は内政に力を入れたいだけだ。それで軍備を整えてから、攻め込んでも問題なかろう」


「そうですね。始めたばかりの屯田もまだ兵糧になる程の量は無いでしょうしね」


「そうだな。だが、問題が一つある」


「問題? それは一体何ですか?」


 何か分からず曹昂は曹操に訊ねた。


「呂布だ。徐州を手中に治めている抜け目ない奴の事だ。私が遠征に出た隙に攻め込んで来るかもしれん。子脩。どうしたら良いと思う?」


 曹操の問い掛けに曹昂は答えた。


「呂布は臧覇と戦い敗れたばかりですから、兵を出すとは思えませんが。其処まで気になるのであれば、恩賞を与えれば攻め込む事はしないと思いますよ」


「……ふむ。その通りだな。では、それでいくか」


 曹昂の提案に曹操は頷いた。


 その夜。曹操が来た事で宴を行う事となった。


 食後の菓子にカラメル無しのプリンを出すと、とても喜んでいた。

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