第八章

基礎を行う

 左慈を食客に迎えてから数日が経った。




「それでは、方術の基礎をお教えする」


「ご教授お願いします」


 屋敷の庭で、曹昂は左慈と向かい合って方術を教えて貰う事となった。


 方術を教えて貰えると聞いて、曹昂は内心喜んでいた。


(方術って、仙術とか色々な呼び方をされているが、実際、どんな事を行うのか知らないからな)


 方士の最終目的は、不老長寿の仙人になる事であった。


 とは言え、曹昂は仙人になるつもりはなかった。


 知っていれば、何かに使えるだろうと思い学んでいるだけだ。


「では、まず行気から行います」


「先生。行気とは?」


 曹昂が訊ねると、左慈は返事の代わりに呼吸をしだした。


 深く息を吸い、そして暫く溜めた後に、静かに吐いていた。


「まずは、こうして息を整えるのです。これを吸う時も吐く時も音を立てずに行えるようになって下され」


 左慈がそう言うと、曹昂は簡単ではないかと思った。


 たかが、息を吸って吐くだけの事だろうと思っていたからだ。



 四半時約三十分後。



「ふ~、……駄目だ。音が出る」


 息を吸う時も吐く時も音が出てしまっていた。


 曹昂は音が出ていないと思っていても、左慈の目から見ると音が出ている様であった。


(呼吸というのも意外に難しいな)


 簡単に出来ると思っていた事が、存外難しい事に驚く曹昂。


「しかし、若君。貴方は中々に素質がある様ですな。素質が無い者では、これすら出来ない者が居るのですから」


「そうですか?」


 素質があるって言われても、あまり嬉しくないと思えた。


 曹昂は、別に仙人にも方士にもなるつもりはないからだ。


「では、行気は此処までにして、次に導引術をお教えします」


「あっ、それは知っています。呼吸をして体内に気を巡らせながら身体を動かす事ですよね」


 前漢の初代皇帝劉邦の部下の張良は、生まれつき病弱であった為、導引術の研究に取り組んだという話を聞いた事がある。


「左様。先程教えた行気を行いつつ、私の動きに合わせて動いて下され」


 左慈がそう言って呼吸を行いながら、ゆっくりと動き出した。曹昂もその動きに合わせて動き出した。


 


 四半時約三十分後。




「も、もう、むり、です…………」


 左慈の動きに体を合わせただけなのに、曹昂の息は絶え絶えであった。


 全身から、汗が噴きだしていた。


「まぁ、最初はこんなものですな」


 反対に左慈は疲れた様子が全く無かった。


(流石にやり慣れている人は違うな……)


 体操の様なものだと思い、左慈の動きに合わせていただけなのに、此処まで疲れるとは思いもしなかった曹昂。


 着ている服も汗を吸ってビッショリとなっていた。


 袖も濡れていたので、汗を拭う事も出来なかった。


 どうしようと思っていると、貂蝉が来て、劉巴が来たと伝えて来てくれた。


 何事だろうと思いながら、左慈を見る。


「若君の部下ですかな。一応食客でありますので、顔を見せても宜しいか?」


「そうですね。じゃあ貂蝉、此処まで連れて来て。後、汗を拭く物を持ってきて」


「分かりました」


 貂蝉は一礼してその場を離れて行った。


 


 暫くすると、貂蝉が練師と劉巴を連れてやって来た。


 練師は布と竹筒を持っているので、劉巴を連れて来る前に一声掛けて呼んで来た様だ。


「どうぞ」


「ありがとう」


 練師から布を貰った曹昂は上着をはだけさせて、布で身体を拭いていった。


 曹昂は自分の身体を見た。


 前世の頃に比べると、青白くなく健康的な身体だなと思いながら汗を拭っていた。


 それが終わると、練師から竹筒を貰おうとしたが、練師は顔を背けて曹昂を見ようとしなかった。


 何事だと思いながら、貂蝉を見る曹昂。


「練師は、まだ男を知らないので、恥ずかしいのです」


 貂蝉がそっとそう教えてくれた。


 そう言われて曹昂は納得した。


 初心だなと思いつつ、竹筒を受け取り中に入っている水で喉を潤した。


「ふ~、ところで、今日は何の用で来たんだい?」


「はっ。本日参った理由は、若君も字を貰ったと聞きまして、私の字をお教えしたいと思いまして参りました」


(ああ、そうだ。劉巴と僕は同い年だったな)


 その事をすっかり忘れていた。


 どんな字なのかは知っているが、此処は初めて聞いた風に振舞わねばと思い曹昂は訊ねた。


「それで、どんな字なのかな?」


「はい。頂いた字は子初と言います。これからは、子初とお呼び下さい」


「分かったよ。子初」


 劉巴の字を聞いたので、曹昂はこの後は茶でも飲もうかと思っていたが、左慈が突然手を叩いた。


「ふむ。若君と其処の子初とやらは字を貰ったばかりか。では、補導の術についてお教えいたしましょう」


「「補導の術?」」


 曹昂も初めて聞いたので首を傾げていた。


「では、教本を持って来るので、少々お待ちを」


 そう言って左慈は一礼し、その場を離れて行った。


 少しすると、左慈は巻物を持って戻って来た。


 曹昂はその巻物を手に取り、中身を広げると絵が書かれていた。


 それも男女が交わっている所であった。


 思わず吹き出す曹昂。


「交わって、互いの精気を交換することで不老長生となる術です。この術の良いところは床上手になるのです」


 そう言って左慈は巻物を広げて、何処をどうしたら良いのかを教えてくれた。


 曹昂と劉巴は顔を赤らめつつもその授業を聞いていた。


 余談だが、この時の補導の術の教えのお蔭か、曹昂達はどれだけ年をとっても実年齢よりも若く見える様になった。

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