宴の準備をしている最中で

 孫策が任地へと向かって数日が経った。




 その間、曹昂は宴の準備に駆り出されていた。


 忙しい為か、孫策が自分の下を去ったと言う寂しい気持ちになる暇も無かった。


 それだけは、準備を手伝うように言った父に感謝していた。


(そう。そこだけはね……)


 曹昂は其処だけは感謝していた。今目の前で行われている事を見ていても。


「きゃ、きゃきゃ……」


「ははは、可愛いものだな」


 曹操は、自分の手の中に居る子供をあやしていた。


 子供はご機嫌な様子で喜んでいた。


「旦那様。こちらも相手をして下さい」


 丁薔の手の中に居る子も曹操に見せた。


「おお、そうだな。どれ」


 曹操は手に持っている子を丁薔の側に居る侍女に渡し、丁薔の手の中に居る子を抱き締めた。


「うむうむ。この子も良い顔で笑いおるわ」


 曹操は子供の顔を見て笑うと、子供も笑い出した。


「こっちは疲れたのかしら。眠っているわね」


 卞蓮の手の中にも子供がいたが、その子は静かなのでよく見てみると眠っていた。


「そうか。まぁ、そういう事もあるか」


 曹操は顔が見たかったが、起こすのも忍びないと思ったのか、卞蓮が抱いている子はそのままにした。


 この三人の子供は女の子で、驚くべき事に曹操の娘達であった。


「どうだ。子脩よ。お前に妹達だぞ。喜ぶが良い」


「……忙しい中でよく子供を作る余裕がありましたね」


 宴の準備をしている中で、曹操から呼び出されたので、何事かと思い顔を出したら、娘達を紹介すると言いだした時には曹昂は呆れていた。


 色々と言いたい事はあったが、それをグッと飲み込み曹昂は純粋に思った事を口にした。


 それを聞いた曹操は、笑みを浮かべ顎髭を撫でた。


「どんなに忙しい中であっても、そういう時間を持つ事で、余裕を持つ事が出来るのだ。お前も、妻が沢山居るのだから、よくよく覚えておくが良い」


 得意げな顔をしながら言う曹操。


 曹昂は余裕じゃなくて助平心の間違いでは?と内心思っていた。


「とは言え、生みの母については悪い事をしたな。全員生み終えたら力尽きるとは」


 其処だけは、残念そうに呟く曹操。


「三つ子ですからね。仕方がないでしょう」


 曹昂は寧ろ、良く三人の子供を元気に生んだなと感心する。


 この時代の出生率は高いが、生んでもちょっとした事で亡くなるという事はよくあった。


 なので、三つ子を元気に生むという事は凄い事であった。


「しかし、三つ子というのは聞いた事が無いな」


「そうですね。それで、その子達は誰に養育させるのですか?」


「薔に任せる。蓮にも任せようと思ったのだが、今は都合が悪い」


「……左様で」


 曹操が卞蓮を見て笑みを浮かべると、卞蓮も笑みを浮かべた。


 それを見た曹昂は直ぐに何を意味しているのか分かった。


(また、出来たな……)


 三つ子が産まれたばかりだというのに、もう子を作ったのかと思うと本当に助平だなと思う曹昂。


(時期的に言うと曹熊かな?)


 既に曹植が生まれたので、卞蓮がその後に生むのは曹熊だけであった。


 史実では病弱という事しか分からないが、とりあえず面倒を見る事はあるだろうと予想できた。


「そう言えば、この三つ子の母親はどの様な方なのですか?」


 亡くなったとは言え、曹操の子供を産んだ女性なのでどういう人なのか知ろうと思い訊ねた曹昂。


「私の侍女をしていた女だ。伽係の女でな、王明という女だ」


「伽係ですか。成程」


 この伽係とは、簡単に言えば夜伽の業務を与えられた侍女の事を言う。


 不寝番や退屈しのぎの話し相手を務める事が多く、その為か一夜だけ夜伽の相手ををする場合も多いので、一夜妻とも言われている。


 その為か扱いが妾よりも酷く、子供が出来ても良くて妾になるか、子供と共に放逐されるという事もよくある話であった。


「ちなみに、子供の名前は決まっているのですか?」


「うむ。長女は憲。次女は節。三女は華と名付けたぞ」


「分かりました。他の者達には知らせたのですか?」


「いや、まだだ」


「そうですか。では、知らせて来ますね」


 曹昂は一礼しその場を後にした。


 部屋を出た曹昂は廊下を歩きながら思っていた。


(成程。妾でもない存在だから曹憲達の母親の名前が分からなかったのか。しかし、侍女に手を出して、子供を産ませて、その子供が三つ子か。父上らしいと言えば父上らしいな)


 曹憲達の生まれた経緯を知った曹昂は、何とも曹操らしいなと思った。




 廊下を歩いていた曹昂は夏候惇と出会い、親戚という事で報告した。


 聞いていなかったのか夏候惇は驚きつつ「孟徳らしいな」とだけ呟いた。


 他の者達には、自分が知らせると言ってその場を離れて行った。


 弟達にも報告しないとなと思った曹昂は弟達を探した。


 そこら辺に居る者達に曹丕が何処に居るのか訊ねると、修練場に居ると聞いた曹昂はそちらへ足を向けた。


 修練場に着くと、曹丕と曹清が居た。


 曹丕が弓に矢を番え的に狙いを付けていた。


「ふ~、ふ~……」


 弓弦が引き絞られる音が聞こえる中で、集中し呼吸を整え、狙いを定める曹丕。


 狙いが十分に定まった瞬間、矢を放った。


 放たれた矢は風を切るように進んでいき、たんっという音を立てて的の真ん中から少し上に当たった。


「まだまだね。よく見ておきなさい」


 曹清はそう言って矢を番えて弓を構えた。


 十分に狙いを定めた後、呼吸を整えた。


「……ふ~」


 息を吐き終わった瞬間、曹清は矢を放った。


 ぐんぐんと進む矢は的のど真ん中に命中した。


「凄いです。姉上っ!」


「ふふん。これぐらい簡単よっ」


 曹丕の称賛を曹清は当然とばかりに答えた。


 胸を張って得意げな顔をしていた。


(これが妹かと思うと頭が痛い。何で、もっと御淑やかにならなかったのかな?)


 父上の血か? それとも環境か?と思いながら曹昂は二人に近付く。


「あっ、兄上」


「どうして、此処に?」


 曹丕達は、曹昂を見るなり一礼した。


 曹昂も返礼して顔を上げると、息を吐いた。


「ちょっと、二人に話したい事があってね」


「話したい事?」


「何ですか? 今日の習い事はちゃんと終わらせましたよ」


 曹丕は首を傾げ、曹清は怒られる覚えはないと言いだした。


 曹昂は溜め息を吐きながら、妹達が出来た事を話した。


「妹が三人ですか。嬉しいですね」


 曹清は妹が出来た事を喜んでいたが、曹丕は呆れていた。


 曹昂も同じ気持ちなので何も言わず頷いた。

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