呼び出し

数日後。




 曹昂は自分の屋敷にある蔡琰の部屋で、蔡琰の琴の演奏を聞いていた。


(う~ん。迎えたのは良いけど、どう接したら良いのか分からない)


 前世の記憶の中にある従姉と同じ顔なので、どう接すれば良いのか分からず困っている曹昂。


 とりあえず、徐々に慣れるべきだと思い、琴の演奏を聞く事にした。


 曲名は聞いていなかったが、その音色に聞き惚れていた。


 良いなと思いつつ聞いていると、使用人がやってきた。


 使用人が「文が届いた」と言うので、何だろうと思いつつ文を受け取る。


 文は曹操が書いたようであった。


 内容は屋敷に来るようにと書かれていた。


(はて? 董承達の件について報告しろという事か?)


 董承達が曹昂の元に来たのは、謹慎する様に言われた日の翌日の一回だけであった。


 その後は文のやり取りをするだけなのだが、取り留めない事しか書かれていなかった。


 なので、報告するべき事など無かった。


 だが、父である曹操の呼び出しという事で、何か有るのだろうと思い、曹昂は屋敷に赴く事にした。


 一人だけで来いとは書かれていなかったので、曹昂は董白と貂蝉を連れて行く事にした。




 董白達を連れた曹昂は屋敷に来ると、出迎えてくれたのは卞蓮であった。


「お久しぶりです。卞夫人」


 出迎えに来てくれた卞蓮に一礼する。


「曹昂も元気そうね。御嫁さんも沢山出来たそうね」


 揶揄うように袖で口元を隠しながら言う卞蓮。


「いやぁ、我が身の不徳と言いますか、父上の息子だから仕方が無いとも言えますね」


 曹昂も頭を掻きながら困ったような顔をしていた。


「ふふ、旦那様の息子ね。確かに、そうとも言えるわね」


「はぁ、それで父上はどちらに?」


「自室にいるわ。ただし」


 卞蓮は無言で、袖を捲りだした。


 曹昂達はそれを見て、何を暗示しているのか分からず首を傾げていた。


「とっても、機嫌悪いわよ。頑張りなさいね」


 会う前に、そう言われた曹昂はげんなりしだした。


 久しぶりに董白達に会ったので、卞蓮は話が聞きたいと言って二人を連れて行ってしまった。


 曹昂も二人を連れて来たのは、久しぶりに卞蓮か丁薔の二人に会わせようと思い連れて来たので連れて行かれる事は特に問題なかった。


 三人を見送った曹昂は気を引き締めながら、曹操が居る部屋へと向かった。




 使用人に案内されて、曹昂は曹操が居る部屋の前まで案内された。


 その部屋の前に着くと、空気が違う事を感じた。


(……殺気?というのかな。何と言うか、凄いピリピリした感じがするな)


 まるで、戦場に居るような気分になる曹昂。


 これは、相当機嫌が悪いなと察する。


 部屋に入る前に、軽く身嗜みを整え部屋へ入って行った。


 部屋に入ると、不機嫌だと書かれている様な顔をしている曹操が酒を飲んでいた。


 酒を飲んでいるだけだと言うのに、空気が重かった。


「……父上。お呼びとの事で参りました」


 曹昂はとりあえず挨拶をすると、曹操は酒を飲むのを止めて、曹昂を見た。


「来たか……」


「はい。本日はどの様な御用でしょうか?」


 董承達の件ならば、報告する事など無いぞと思いながら訊ねる曹昂。


 曹昂の問い掛けに曹操は直ぐに答えず、一度酒を呷った。空になった盃には自分で酒を注いだ。


「……薔から聞いたのだが、お前は海の魚を運搬する方法を生み出したそうだな?」


「あ、ああ、その件ですか。父上に御報告する事を忘れて申し訳ありません」


 琅邪国は海に面しているので、折角なので郡を治めている臧覇に魚を運搬できる方法を教えたのだ。結果、海の魚を運搬する事に成功した。


「報告が遅れた事は良い。だが、どうやって、運搬する事が出来たのだ?」


「はい。それは火薬を製造している時に、偶然出来た事にございます」


「火薬だと?」


 曹操は、思わず自分が飲んでいる酒を見る。


 丁度飲んでいたのが、愛飲している『泡薬酒』であったからだ。この酒の材料には火薬が使われている。


「どんな方法だ?」


「……これは見せた方が早いと思います」


 硝石を使った方法は口で言うよりも見せた方が早いと思った曹昂。


 後で材料を用意させようと考えていると、曹操が口を開いた。


「そうか。それは後で見せて貰うとしよう。だが、それよりも今日、お前を此処に呼んだ理由を話す方が先だろう」


 曹操がそう物々しく語りだすので、曹昂は唾を飲み込んだ。


 どんな事を言うのか気になっている様だ。


「……薔の奴が機嫌が悪い。宥めて来い」


「……は?」


 曹操の言葉を聞いた曹昂は、今自分は酷く間が抜けた顔をしていると分かった。


 それだけ、曹操の口から出た言葉が衝撃であったからだ。


「……父上。聞き間違えたのかも知れません。もう一度、お願いします」


「薔の奴が、お前を処罰した事が気に入らないのか機嫌が悪い。お前があ奴の元に行って宥めて来い」


「…………それが、今日僕を呼び出した理由ですか?」


「そうだ。他に何があると言うのだ?」


 曹操は曹昂の問い掛けに、不思議そうな顔をしていた。


 呼び出した理由以外で、何の用事があるのか分からないと顔に書かれていた。


「……父上が宥めて下さいよっ⁉」


 蔡琰の琴の演奏を聞いて気分が良かった所を文で呼び出され、何か重要な事でも起こったのかと思い訪ねてみたら夫婦喧嘩の仲裁をしろと言われた曹昂は怒りだした。


「出来たらしてるわっ。それにあいつ、お前が教えた方法で琅邪国から運ばれてくる魚を毎日出すのだぞっ‼」


 曹昂の怒声に、曹操も怒声で応えた。


「そんなの食べて下さいよっ!」


 曹昂は父が魚好きだと聞いたので、喜ぶと思い臧覇に教えたのだ。


 なので、食べて貰わないと教えた意味が無かった。


「馬鹿者‼ あいつの事だ。箸でも付けようものなら『ああ、これも昂の功績だと言うのに』とか言うに決まっているだろうがっ⁉」


「知りませんよっ。そんな事っ!」


「お前は私の息子なのだから、父の為に母親を宥めるのも孝行というものだ!」


「偶には自力で解決して下さい‼」


「出来たらしているわっ⁉」


 その後、曹操と曹昂は口論を交わしたが、結局の所、人が良い曹昂が折れて丁薔を宥める事となった。

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