これは、調略という奴だな
曹操から州牧を解任された曹昂は甘寧達に会い、自分は州牧の地位を解任されたので、後の事は曹操の指示を仰ぐように告げた。
皆驚く中で、曹昂は屋敷へ戻った。
呂布の娘達を連れて。
屋敷に戻ると、自室に入り鎧を脱いだ曹昂は座席に座りながら苦笑いした。
(勝手に行動しても、父上の事だから許してくれると、いつの間にか勝手に思い込んでしまっていたようだ)
曹操に叱責されて、自分が増長していたのだと悟る曹昂。
反省しつつ、これからの事で思考を巡らせた。
(……何故、父上は重臣達を集めて、僕を叱責したのだ?)
沛県を奪い返す為とは言え、勝手に兵を動かした事については叱責されても問題はなかった。
寧ろ、州牧の解任と出仕を禁ずる程度の処分で済んだ時点で、寛大だと言えた。
問題なのは、わざわざ叱責する為に、荀彧達が居合わせた理由が曹昂には分からなかった。
これで凱旋を祝う為と言うのであれば分かったが、人を叱責させる為に人を集める必要性が曹昂には分からなかった。
(何かある筈。あれで、合理的な考え方をする人だからな。僕を叱責する為に必要だから、荀彧達をその場に居合わせさせた筈だ。しかし、そうする理由は何だ?)
曹操の腹の内を探ろうと考えに考えを重ねたが、答えは出なかった。
翌日。
曹昂が勝手に兵を動かして、沛県を奪い返したが、曹操を激怒させたという噂は城内に広まっていた。
加えて、豫州州牧も解任すると聞けば誰もが驚くべき事と巷に広まっていた。
そんな噂が巷に広がっていると知らない曹昂は呂布の娘達を連れて自分の邸にある離れへ向かった。
(……此処の所、忙しかったし。父上が休みをくれたと思えば良いか)
昨日一日、曹操が何の為に自分を叱責したのか考えたが答えが出なかったので、曹昂は考えを変えて、ただ曹操は自分に休みを与える為かもしれないと思う事にした。
なので、父上から呼ばれるまで休む事にしていた。
離れに着くと、董白が出迎えた。
「おいっ、大丈夫か? 何か城内でお前と義父上が不仲になったという噂が流れているけど?」
離れにいる董白がそう言うのを聞いて、噂の中心人物である曹昂の方は驚いていた。
「なに、それ?」
「城内でそういう噂が流れているって、貂蝉が教えてくれたぞ」
「初耳なんだけど……」
昨日の事なのに、もう城内に広まっている事に何か作為的な物を感じた曹昂。
「……まぁいいや。それよりも、おいで」
噂の出所など気にしても仕方が無いと思い曹昂は後ろに控えている呂布の娘達を手招きした。
呼ばれた二人は曹昂の前に出て来た。
「こいつらは?」
「ああ、呂布の娘達だよ」
「あん?」
曹昂が二人の素性を教えると、董白は眉が動いた。
「じゃあ、自己紹介して」
「はいっ」
曹昂が紹介する様に促すと、一人が前に出て笑顔を董白に向ける。
「初めまして、呂布の長女の呂綺羅と言いますっ。よろしくお願いします!」
ツリ目でまだあどけない顔をして、年相応の発展途上を感じさせる胸と尻を持ち、腰も細かった。
濡羽色の横髪を顔に沿って垂らしていた。
呂綺羅の紹介が終わると、もう一人が前に出た。
「呂玲瓏、です。よろしくお願いします」
自分の名前を名乗るとペコリと頭を下げる呂玲瓏。
こちらは幼い顔立ちだが、三白眼なので睨んでいるという印象を抱かせた。
艶やか髪を後ろでお団子を作り、残りの髪は垂らしていた。
こちらも年相応の発展途上を感じさせる胸と尻を持ち、腰も細かった。
実は、曹昂は最初この二人に会った時、呂玲瓏が姉だと思っていた。
呂綺羅を庇うようにしていたので、そう思ったが違うので驚いていた。
「呂布の娘が二人いるって、そう言えば聞いた事があるな。それで、二人をあたしに会わせた理由は?」
「悪いんだけど、二人を董白付きの侍女にしてくれるかな」
曹昂は拝むように頼み込んだ。
「はああああっ⁉ おまっ、あたしとこいつらとの関係がどんなのか知っているだろうっ‼」
董白は怒るというよりも、驚く気持ちが籠もった声を上げていた。
「分かっている。分かっているけど、二人を預けるとしたら、董白しかいないと思って」
本邸に置いておくと、まだ幼い子供の二人に侍女の仕事をさせるのは無理があった。
かと言って、食客でもない捕虜に何もさせず置いておくのは、他の者達から不満が出そうであった。
其処で、離れに居る董白付きの侍女にさせる事にした。
人が良く面倒見が良いと練師が言っていたので、大丈夫だろうと思い預ける事にしたのだ。
「……お前さ、こいつらの親父はあたしの祖父ちゃんと一族を殺した張本人だぞ。そんな奴の娘だぞ。あたしが何かすると思わないのか?」
董白が、そう訊ねて来るのを聞いた曹昂は思わず噴き出した。
「何で、笑うんだよ?」
噴き出した曹昂を見て、董白は不可解だという顔をしていた。
「……だって、何かすると思う人が、僕に言う必要がある?」
普通、恨みがあって晴らしたいと思うのであれば、何も言わず引き取り色々な事をする。
わざわざ、それを口に出す素直な性格の董白が可愛くて噴き出す曹昂。
そう指摘された董白は、頬を掻いた。
「大丈夫。董白はそんな事をする子じゃないと分かっているから」
曹昂が笑顔でそう言うのを聞いて、董白は照れているのか顔を背けた。
「……まぁ、祖父ちゃんが死んだのは自業自得って所もあるし、一族の皆も祖父ちゃんの行いを止めようとしなかったから同罪と言われても仕方が無いと言えば仕方が無いけどな」
董白としても、一族の者達が殺されたのは、それだけの事情があるので仕方が無いという思いはあった。それと、曹昂から聞いたが一族の遺体は華雄が全て奪い取り、涼州のある土地で埋葬した上に、献帝が長安にいた頃、李傕と郭汜の二人が董卓の名誉を回復してくれた。
なので、呂布に関しては恨みはあるが、その一族にまで恨みは持っていなかった。
「……我儘言ったら、躾をしてもいいのなら」
「あまり無体な事をしないのであれば良いよ」
「そうか。じゃあ、仕方がねえな」
董白は頭を掻いた後、呂姉妹を見た。
「まぁ、あたし付きの侍女になって文句や不満はあるだろうけど、全部、
董白が強く言うと、呂姉妹は異論無いのか頷いた。
それを見て董白は「じゃあ、離れに何があるか教えるからついてこい」と言って、二人を連れて離れを案内しだした。
これなら問題無いだろうと思い、曹昂は離れを後にした。
離れを後にした曹昂は、自室で茶を飲んで休んでいた。
そんな曹昂の元に、貂蝉がやって来た。
「失礼します。董承様と伏完様が御面会に参られました」
「うん? 何故その二人が?」
献帝の外戚の伏完。自分の娘を献帝の側室にした安集将軍董承。
曹昂が董卓に仕え朝廷に出仕していた時も接点が無かった。
許昌に都を移しても接する事が無かった。
そんな二人が自分を訪ねて来た事を不審に思う曹昂。
「……とりあえず会うか」
曹昂は訪ねて来た以上、何か有るのだろうと思い会う事にした。
「畏まりました」
貂蝉は一礼し、董承達を部屋に案内する為に下がった。
曹昂は練師を呼んで軽く身嗜みを整えた後、董承達が居る部屋へと向かった。
部屋に入ると、既に座席に座っていた董承達は入って来た曹昂を見るなり立ち上がり一礼した。
「急な訪問をした無礼をお許しを」
伏完が頭を下げて、急な訪問を詫びたので、曹昂は首を振った。
「頭をお上げ下さい。別に朝廷の重鎮であられる御二人が頭を下げる事ではありませんから」
「左様で。曹昂様は度量が広い事ですな」
伏完が大袈裟に褒めるので、曹昂は苦笑いするだけであった。
曹昂が上座に座ると、二人は座らなかった。
これは座るように勧めた方が良いなと思い、曹昂が手で促した。
すると、二人は座りだした。
曹昂が座ると、貂蝉が茶を持って入って来た。
曹昂達が座る席の卓に置くと、一礼し部屋を出て行った。
「いやぁ、御二人が来る事が分かっていれば、酒などを用意しましたのですが、今日は茶だけでご容赦を」
「ははは、それは失礼しました」
「今日はお互い暇でしたので、二人で酒を飲むよりも、近々親戚になる曹昂殿の元に訪ねようとふと思いまして参りました」
曹昂が茶を飲みながら話を進めると、笑いながら来た理由を述べる董承。
その後、暫し雑談に興じる三人。
曹昂は話しながら、董承達の腹を探っていた。
(こうして、二人が訪ねて来た事には何かしら理由がある筈だ)
そう思いながら茶を飲む曹昂。
すると、茶器を置いた伏完は董承に目配せした。
董承も頷くと茶器を置いた。
二人の動きを観ていた曹昂は何か話をするなと思いながら見ていると、伏完が身体を動かして曹昂の方を見た。
「巷の噂を聞きましたが、呂布から沛県を奪い返したというのに、御父君は激怒したとか?」
「それは本当ですか?」
これが今日訪ねて来た本題かと思いながら曹昂は茶器を置いて答えた。
「ええ、本当です。どうも、父は勝手に兵を動かした事が、殊の外気に入らない様で、危うく百叩きの刑に処されるところでした」
曹昂は事実であると認め刑罰を受けるところであったと言うと、聞いた董承達は目をギョッとさせていた。
「何とっ⁉」
「貴殿は曹操殿に溺愛されていると聞いていましたが」
「ははは、どうも私がした事が父には大変不快であったようです。刑罰を受ける時も、荀彧殿と夏候惇殿が取り成しをしてくれねば、どうなっていたか」
曹昂がそう言って、董承達の反応を見た。
二人は驚くというよりも、聞いていた情報通りであったという事を確認している様であった。
互いを見た後頷くと、董承が訊ねた。
「それは大変でしたね。それで、今は屋敷に居るのですね」
「ええ、その通りです。州牧の印綬も取り上げられたので、今の僕はもう何も出来ませんよ」
出来るだけ悔しそうな感じを出しながら呟いた曹昂。
それを見た董承達の目が光った様に見えたので、曹昂は内心で食いついたと思った。
「いやいや、ご貴殿は十分な功績を立てたのです。これは父上が休みを与えてくれたと思う事です」
「左様です。貴方はいずれ御父君の後を継ぐ御方です。御父君が貴方を捨てるような事はしないでしょう」
二人が慰めるような事を言うと、曹昂は溜め息を吐いた。
「しかし狡兎死して走狗烹らるという言葉がありますからね。今は父上の元には忠実な謀臣が多数おります。勝手な行動をとる僕を切り捨てる事もあるかもしれません。世継ぎの件も、弟達が居ますからね。父上の気持ち次第で、後を継ぐ者は変わりますよ……」
曹昂が悲観的な事を言うと、董承達は顔を引きつらせていた。
まるで、笑みを隠している様であった。
(……ああ、これで僕の元に来た理由が分かったぞ)
曹昂はようやく二人が自分の元に来たのか分かった。
(父上と僕との仲を裂いて、内部分裂を図るつもりだな。二人共献帝の外戚だからな、父上が権力を握る事が気に入らないんだな)
相手の思惑が分かった曹昂は、此処は相手の思惑通りにする事にした。
「はぁ、これからどうなる事やら……」
「そう悲観なさる事はありませんぞ。その内、御父君も許して下さるでしょう」
「ありがとうございます。ああ、そう言えば伏完様は十一代皇帝の桓帝の娘の陽安公主様の娘婿であられましたね」
「ええ、その通りです」
「もう知っているかもしれませんが、私は万年公主の劉吉様の婿となります。歳は違いますが、同じ皇帝の娘婿という立場になりますね」
「はい」
「私は皇帝の娘婿というのが、どんなのか分かりませんので、その心得を教えて頂くと助かります」
「はは、私が教えられる事でいつでも構いませんよ」
「そうですか。では、今後とも良しなに」
曹昂が仲良くしようと告げると、伏完は笑みを浮かべた。
「ええ、こちらこそ」
その後、暫し雑談を興じた後、伏完達は屋敷を後にした。
二人を見送った曹昂は自室で茶を飲みながら、曹操の意図を理解した。
(父上の事を嫌っている者達が接触する事を見越して、出仕を禁じたのか。成程な)
それで、あれだけ人を集めて叱責させたのだと分かった。
多くの人に叱責させる所を見せれば、それが噂となり伏完達の耳に入る事を予想したのだと納得した曹昂。
「父上の希望どおり、反曹操の勢力と接触したし、後は向こうがどれだけいるか調べるだけだな」
配下の『三毒』を使って、誰が伏完達に与しているか調べないとな、と思いながら曹昂は茶を飲んだ。
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