笑いが止まらない
時を少し遡り、呂布が全軍を率いて沛県を出陣して、数日後の夜。
その日は新月で、月が全く見えなかった。その上、風が無かった。
城を守る兵達は敵の襲来など無いと思っているからか、気が緩んでいた。
皆欠伸をしながら、警備をしていた。
気が緩んでいる兵達、何者かが矢を番え狙いをつけると同時に矢が放たれる。
放たれた矢は狙い違わず、楼閣の近くに居る呂布軍の兵達に当たる。
皆、短い悲鳴をあげて倒れる。中には城壁の外に落ちる者もおり、地面に落ちて音が立ったが、近くに誰も居ない事が良かったのか、誰も気にした様子はなかった。
「良し。行くぞ」
隊長格の者がそう言って、部下達に鉤縄を城壁に掛ける様に命じた。部下達は縄を放り投げて、鉤を胸壁に掛けて城壁を上って行く。
全員城壁を上り終えると、隊長各の者が部下達を見た。
「お前達は城門を開けるのだ。残りは付いて来い」
隊長格の者がそう命じると、部下達は頷くと階段を下りて行き城門の方へ向かった。
程なく、城門の方から悲鳴が聞こえてきた。
それを聞いた隊長格の者は、焚かれている篝火で薪に火を付けて振るいだした。
円を描くように振るい続けていると、城門が音を立てて開かれた。
沛県から少し離れた所に、孫策は三千の兵で城の様子を見ていた。
「合図はまだか?」
孫策は、手綱を取っている手の指で綱を叩いていた。
作戦が順調に進んでいるのか、それとも進んでいないのか分からないので焦れている様であった。
「もう間もなくでしょう。若君」
そんな孫策を宥める韓当。
と言う韓当も内心では、潜入が上手くいっているのか気になっていた。
「そうは言うがよ。こうも静かだと、本当に戦場に出ているのか分からなくなっちまうぜ」
「まぁ、気持ちは分かります」
孫策の言葉には、韓当も同意見であった。
「それにしても、呂布が居ないと知るなり強襲を掛けるとは、果断ですな」
曹昂から呼び出された時、呂布が徐州を得る為に沛県には居ないという情報を掴んだと聞いて、直ぐに兵の準備をさせた。
用意できた兵は四千。
それだけの戦力で曹昂は先陣を甘寧と孫策に、後陣は自分が率いて出陣した。
迅雷の如く殆ど休む事無く進軍した事で、先陣の孫策軍は沛県の近くまで辿り着いた。
念の為にか、曹昂は城へ密偵を送り込み城の中を調べさせて、呂布と主だった将兵が居ない事を確認した後、軍議を開いた。
作戦は至って簡単であった。
夜に選抜させた兵に城に潜入させて、城門を開けさせる。
その間、城門から全兵力を投入し城を陥落させるという、言うだけであれば簡単に聴こえる作戦であった。
その作戦を聞いた甘寧は、意気込んでいた。
太守に任命された郡を自分が不在の間に占領された事で、憤慨していた。
汚名返上と言わんばかりに滾っていた。
「今日は新月なのは良かったですな」
「確かにな。……っと、ようやくか」
韓当と話していた孫策であったが、楼閣から合図が送られてきたのが見えた。
そして、直ぐに城門も開かれた。
それを見てか、本陣から使者が来た。
「孫策隊は兵と共に城内へ突入せよとの事です」
「良し、行くとするか‼」
孫策は腰に提げている剣を抜き天へと掲げた。
「これより、敵に奪われた城を取り戻すぞっ。全軍、進め‼」
孫策の号令に従い、孫策部隊の兵達は喊声と共に開け放たれた城門へと突撃した。
開け放たれた城門から、突入した孫策の部隊は城内を蹂躙した。
警戒が緩んでいた呂布軍の兵達も一部は抵抗したが、殆どの兵は降伏するか城から逃げ出した。
夜が明ける頃には、戦闘は終わり沛県は曹昂の支配下に入った。
曹昂は城の大広間で戦後処理を行っていた。
其処に残兵の掃討を行っていた兵が報告に来た。
「申し上げます。呂布の親族と名乗る者達を見つけました‼」
「なにっ⁉」
報告を聞いた曹昂は驚いていた。
「強襲した事で、逃げ遅れたのか?」
「恐らくそうでしょうな」
曹昂の呟きに、甘寧がそうだろうなと思いつつ答えた。
「とりあえず、保護するか。警備の兵を立てて、粗相の無い様に面倒を見てくれ」
「はっ」
曹昂の命令に従い兵は行動した。
驚くべき報告を齎されたが、その後は何も無かった。
それに安堵し曹昂は、戦後処理を行うと同時に許昌にいる曹操に文を送る。
文には沛県を奪還したので、防衛の為の兵を送って欲しいと書かれていた。
それから、数日後。
許昌にいる曹操の元に曹昂から送られてきた文が届いた。
その文を一読した曹操がまず思ったのは、自分を騙す偽手紙か?であった。
改めてよく文を見ると、間違いなく曹昂の字であった。
文を届けた者を労い下がらせると、曹操は荀彧達を呼んだ。
曹昂を呼ぶようにも指示した。それで、曹昂が自分の前に姿を見せたら偽手紙だと分かると思ったからだ。
少しすると、荀彧達が曹操の前に姿を見せたが、曹昂の姿は無かった。
「息子も呼んだのだが。誰か何処に行ったのか知らぬか?」
曹操がそう訊ねたが、荀彧達は知らないのか首を横に振るだけであった。
荀彧達の反応を見て、誰にも言わずに事を行ったのだと分かった。
「これを見よ」
曹操は持っている文を、荀彧達に見せた。
その文を渡され一読した荀彧達は目を丸くした。
見間違いかと思い、もう一度目を通したが、書かれている内容は同じであった。
「殿……」
「これは、驚いたとしか言えませんな」
「……まさか、奪われた土地を奪い返すとは」
荀彧達も予想外の出来事に、言葉を失っていた。
「しかし、若君はどの様な手段で呂布が沛県に居ない事を知ったのでしょうか?」
「若君は直属の間者部隊を配下にしておる。恐らく、その者達を使い情報を手に入れたのであろう」
郭嘉の疑問に、荀彧が予想を立てた。
「流石は若君にございますな」
程昱は、純粋に曹昂の果敢な行為を称賛していた。
自分の娘を側室に送り込んだだけは、あるなと思い頷いていた。
「まぁ、そうだな。それよりも、沛県を奪われぬ為に兵を送り込みたいが、出来るか?」
曹操は文を読んでも、其処だけを気にしていた。
折角奪っても維持する事が出来なければ、徒労に終わるからだ。
「今、都造りに金を使ってはいますが、兵を送る事は出来ます」
「そうか。では、直ぐに編成し沛県に送るのだ」
曹操は荀彧が兵を送る事に問題ないと聞くなり、直ぐに兵を送るように指示した。
だが、曹操に荀彧が待ったを掛けた。
「殿。県を守るだけの兵を送るとしたら、暫し時間が掛かります」
「むぅ、そうか。では、今動かせる兵を動員して沛県に向かわせるしかないか」
曹操は誰を送り込むか考えていると、荀彧が止めた。
「殿。若君が心配な気持ちは分かりますが、呂布は徐州から動く事は出来ないのですから、準備を整えてから向かっても大丈夫です」
「なに? どういう事だ?」
曹操は荀彧の言葉の意味が分からないのか訊ね返した。
「密偵からの報告で、下邳県を落した呂布は其処を中心に勢力を拡大中です。今は足場を固めるのが大事です。迂闊な行動をとれば自滅してしまいます」
「……ふむ。確かにそうだな」
荀彧の説明を聞いた曹操は、納得した。
「ですので、準備が出来てから兵を送るべきです」
「そうだな。では、そうしろ」
曹操は頷いて荀彧に指示し、三人を下がらせた。
「……はははははは、私は本当に良い息子を持ったな」
曹操は高笑いを浮かべた。
一頻り笑い終えた後、曹操は頭を抱えた。
「・・・・・・しかし、今回の行動は流石に独断専行が過ぎるな。このままでは不味いな」
曹操は、どうしたものかと頭を悩ませた。
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