肉も魚も食べれないのでは、これしかない
数日後。
董昭と満寵の二人を招いた宴が開かれた。
献帝を、無事に許県までお連れする事が出来たという名目で開かれた。
尤も、それは表向きで本当は別の理由で開かれた事を知っているのは、極一部であった。
その様な席だと知らない殆どの者達は、純粋に宴を楽しんでいた。
そんな中で、宴に参加している董昭は笑みを浮かべつつ、内心では困り果てていた。
(困ったな。私は肉と魚を食べられないのだがな)
今迄、礼儀として宴に参加する事はあったが、野菜などほんの少しで、殆どが肉料理ばかりであった。
偶に魚料理が出たりするが、どちらの料理が出たとしても董昭は食べられなかった。
食べられない理由は、肉と魚は生臭い匂いがして口に合わないからだ。
その為、昔から野菜が中心の食生活を送っていた董昭。
余談だが、野菜を中心とした食生活の為か長安に居た頃に起こった飢饉の際でも、董昭一人だけ血色が良かった。
膳に置かれている皿には野菜の膾の他には洋葱(玉ねぎ)と人参と肉片が入った焼いた料理が盛られていた。
肉が入っているので食べられないなと思いながら董昭は膾に箸をつけていた。
「んん? 何だ。これは?」
そんな時に、洋葱と人参と肉片が入った焼いた料理を食べた曹仁が不思議な顔をしていた。
「どうした?」
「いや、この料理が変わった味で……」
夏候惇が訊ねると、曹仁はどう表現したら良いのか分からないのか頻りに首を傾げつつ変わった味と評した。
「どれ……何だ、これは?」
夏候惇も曹仁の反応を見て気になったのか、その焼き料理に箸をつけた。
暫く咀嚼すると、夏候惇もその変わった味に首を傾げた。
夏候惇達の反応を見て、他の者達もその料理に箸を伸ばした。
そして、暫くすると不思議な顔をした。
「……ふむ。これは、何と言うか変わった味だな」
曹操も気になって箸を伸ばし食べてみた。
よく火が通った洋葱と人参の違う食感と甘みを感じながら、肉片と思っていた者を噛むとネットリとして、もごもごとした食感であった。
例えるのであれば、少し硬い粘土を食べている食感であった。
それでいて、濃くてしっかりとした味付けがされていた。
その味付けのお蔭で、この肉片の様な者も美味しく食べる事が出来た。
「……何とも変わった食感だ。肉だと思い食べた物が、肉ではなかった気分だな」
曹操が食べた料理を表すると、皆も同じ思いなのか頷いた。
そして、曹操はこの料理を作った曹昂を見た。
「曹昂。この料理は野菜と肉を一緒に焼いた料理ではないのか?」
曹操の問い掛けに、曹昂は悪戯が成功したような顔で口を開いた。
「はい。この度の宴は董昭様の為に開かれましたので、董昭様が食べられるように作りました」
曹昂の説明を聞いて、曹操は頷いた。
「ふむ、私がお前に命じた通りだな。それで、この料理か」
曹操は改めて不思議な食感の肉片を箸で掴んだ。
「何とも変わった食感の肉の様だが、これは肉ではないのか?」
「はい。これは小麦粉から作った肉モドキにございます」
曹昂がその肉片の正体を告げると、皆目を丸くした。
「粉から作った?」
「それにしては、焼いた物と茹でた物とも食感が違いますが?」
粉からどの様な手段で、この様な肉片が出来るのか分からない曹操達。
そんな曹操達を見て、曹昂は笑みを浮かべた。
(まぁ、この時代にグルテンミートなんて出来る訳が無いから、分からないのも無理はないね)
曹昂も作り方は何となく知っていたが、実際に出来るのにかなり時間が掛かった。
小麦粉に水と少量の塩を加えて捏ねて、水洗いして流し落としていくと、白っぽいゴム状の物が残った。
これがグルテンであった。
それを形を整えて伸ばし切り素揚げして出来たのが、曹操達が食べている肉片であった。
(作るのが大変だったな……)
作り方を何となくしか知らなかった曹昂は、そのグルテンを作るまでの工程が大変であったのか思い出すと、遠い目をした。
最初、小麦粉と水を捏ねていたら出来ると思っていたが、そうして出来た物は手の平に収まる程度の大きさにしか出来なかった。
それで、試行錯誤を重ねてようやくこの形にする事が出来た。
余談だが、試作する際に大豆から作られる大豆ミートも考えたのだが、油を搾り取った後の豆を粉と油を混ぜて作ったのだが、豆の匂いが強く気になるかも知れないと思い、グルテンミートにした。
試食してくれた董白も最後の方になると飽きて来たのか食べたくないという顔をしていた。
その苦労のお蔭で此処まで出来たのだと思いながら曹昂は董昭に話し掛ける。
「肉ではありませんので、董昭様でも食べられますよ」
「真ですかっ?」
曹昂が食べられると言うので、董昭は驚きつつ、その肉片を箸で掴んで恐る恐る口の中に入れた。
暫く咀嚼して飲み込むと、目をパチクリさせる董昭。
「……驚きました。肉の匂いなど全くしないのに、まるで肉を食べている様な食感と味ですね」
本当は肉なのでは?と思いながら、董昭はその焼き料理に箸をつけた。
食べられない物と思っていた物が食べられると分かり、喜んでいる董昭。
曹操達も肉では無いと分かったので、作り方はどうやったのかは気になるが、粉でこの様な物も作れるのだと分かっただけで十分であった。
最初は驚いたものの、曹操達からしたら肉の匂いがしないのに、肉の味と食感がする物を食べるのは、どうも違和感を覚えていたからだ。
なので、作り方などは聞こうとしなかった。
食事も終わり、腹がくちくなったので、残すは菓子を食べるだけであった。
其処で曹操は董昭に訊ねた。
「董昭よ。朝廷に仕えている者達はどうしたら良いと思う?」
曹操に訊ねられた董昭は一礼しつつ答えた。
「曹操様。今、朝廷を支えているのは曹操様にございます。曹操様の思うがままにするのが一番です」
「しかし、やり過ぎると、董卓の様になるのではないか?」
曹操からしたら、其処が重要であった。
朝廷を好き勝手にした結果、董卓の様に誅殺される様な事になれば、天下の笑い者であった。
そんな最期を迎えたくない曹操はどうするべきか困っていた。
「それなら、簡単です。まずは曹操様は品位が高い官職に就けば良いのです。その後で、その官職を退いて、別の官職に就けば良いのです。実権は曹操様が握ったままで」
「それは、何の意味があるのだ?」
曹操は官職へ就いた後に、別の官職に就く意味が分からず訊ねた。
その質問を待っていたとばかりに董昭は笑った。
「さすれば、曹操様は董卓とは違うという事を示す事が出来ます」
「実権を握っている事に変わりないのにか?」
其処が不思議なのか訊ねる曹操。
「天子はまだ幼いのです。誰かが、天子の代わりに政を行うのが道理です。無論、曹操様が実権を握る事で、不満に思う者は出て来るでしょう。そういう者達はある程度集まったところで処分すれば良いのです。そうすれば、誰も曹操様に逆らう事が出来なくなります」
「ふむ。言われてみるとその通りだな」
董昭が説明してくれた事で、曹操は顎を撫でた。
「良し。では、上奏文は草案を特に変えなくても良いな」
「はい。曹操様のお望みのままに」
董昭が追従する様に告げると、曹操は満足そうな顔をした。
「さて、話すべき事はこれで終わりだな。曹昂よ。今日の菓子は何だ?」
「今日はプリンにしました」
「そうか、董昭と満寵も居るから丁度良いな」
曹操は二人に訊ねた。
「お主等、ぷりんとは何なのか分からんだろうから、食べてみよ。その後でどっちが良いか教えてもらおうか」
曹操がそう言うが、二人からしたらプリンとは何なのか分からなかった。
とりあえず、食べ物だという事が分かったので、食べてみる事にした。
カラメルが掛かったプリンと掛かっていない二つを食べた二人。
その食感と味に耽溺した。
二つ食べ終わると、董昭はカラメル無しの方が、満寵は掛かっている方が良いと述べた。
余談だが、新しく曹操の家臣となった徐晃は二つのプリンを食べてその味に驚いた。そして、カラメルが掛かっている方も掛かってない方もどちらも好きになった。
二日後。
曹操は官職に就く前として、献帝がこの許県に来た事で名を改める事にした。
許をもって益々昌えるであろうという意味で許昌と改めた。
この許をもって益々昌えるとは、誰が昌えるのだろうと朝廷の重臣達は陰で噂していた。
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