洛陽出立

 数十日後。




 許県にいる蔡邕から曹操の元に文が届いた。


 文には後数日で仮宮殿が出来るので、来られたしと書かれていた。


 この頃になると、遷都の準備は完了していた。


 曹操は献帝に許県に向かう事を奏上した。


 既に遷都の準備は出来ているが、奏上するのは建前であった。


 献帝は奏上を認めて、即日洛陽を後にした。




 洛陽を後にした曹操率いる軍勢は献帝を警護しつつ許県へ向かっていた。


 警護と言っても、近隣の勢力で曹操に敵対する者はいなかった。


 仮に居たとしても、献帝を警護している曹操を攻撃するという事は、即ち献帝の身が危険に曝される。


 そうなれば、攻撃した者は逆賊に仕立てられる。


 其処までして攻撃する者など居ないだろうと、曹操達の気が緩んでいると、前方に武装した一団が居た。


 進路上に居るので、曹操達の通行を邪魔している様であった。


 その一団は『韓』と『楊』の字が書かれた旗を掲げていた。


「あの一団は韓暹と楊奉が率いている様だな」


 旗を見て、直ぐに誰が率いているのか分かった曹操は全軍の足を止めさせた。


 向こうが何と言って来るのか聞く為であった。


 全軍の足が止まると、韓暹と楊奉が率いている一団から三騎の騎兵が出てきた。


 その騎兵の内の二人は韓暹と楊奉であった。


 残りの一人は見慣れない顔であった。まだ二十代半ばではあるが、髭を生やして居なかった。


 身の丈は八尺約百八十センチあり、手には大斧を持っていた。


 鋭く引き締まった顔。その顔に見合うように無駄な贅肉など無い鍛えられた骨太な肉体を持っていた。


 三人が出て来るのを見た曹操は護衛として許褚を連れて、二人の下に向かう。


 曹操達と韓暹達が、数十歩離れた所で止まった。


 そして、最初に口を開いたのは韓暹であった。


「曹操。貴様、天子を何処に連れていくつもりだっ」


「天子を何時までも荒廃した洛陽に置くなど臣下として出来ぬ事。此処は土地が豊かな許県にお移り頂き、其処で政治を行ってもらう」


「許県は貴様の膝元であろう。曹操、畏れ多くも天子を自分の良い様にするつもりか!」


「貴様らの様な浅慮な者達の考えで語るではないっ。其処を退け。そうすれば、我等の進路を邪魔した事を不問にしてやる」


 曹操は上から目線でそう命じると、楊奉は自分の後ろに控えている大斧を持った者に声を掛けた。


「徐晃!」


「はっ」


「今すぐ、曹操の首を私の下に持って来るのだっ」


「承知しました」


 楊奉の命令に従い、徐晃という者が馬の腹を蹴り駆けた。


 手に持つ大斧を頭の上で回転させながら叫んだ。


「我こそは楊奉配下にして騎都尉の徐晃公明なり、曹操、その首貰い受けるっ」


 自分に向かって来る騎兵を見て曹操は関心を持った。


「ふむ。見事な武者ぶりよ。許褚よ。相手をしてやれ」


「はっ」


 曹操は許褚にそう命じると下がった。


 ほぼ同時に許褚は馬を駆けさせた。


「そこの者、この許褚が相手をしてくれるっ」


「おうっ」


 二人は互いの馬をぶつけ合い得物を交えた。




 許褚の槍と徐晃の大斧がぶつかりあった。


 一合交わる度に、激しい火花を散らせ周りに甲高い音を響かせる。


 許褚は曹操から『当代の樊噲』と言われた豪傑であった。その武勇は万夫不当と言っても良かった。


 その許褚を相手に徐晃は良く戦っていた。


 既に数十合、刃を交えている二人。


 二人が乗っている馬は汗で全身をしとどに濡らしていたが、二人は疲れた様子を見せなかった。


 差し向けた曹操と楊奉も、此処まで見事な勝負をするとは思っていなかった。


 曹操達がそうであるのだから、二人の勝負を観戦している両軍の兵達も黙って見ているだけであった。


 この勝負は何時まで続くのだろうと、皆の頭に思い浮かんだ頃、曹操が突如、部下に引き鉦を鳴らすように命じた。


 それを聞いた部下は聞き返す事無く命令に従い引き鉦を鳴らした。


 鉦の音を聞いた許褚は徐晃との勝負を捨てて引き下がっていった。


 それを見た韓暹と楊奉は勝鬨を上げた。


 部下達も従い鬨の声を上げて、戻って来た徐晃を歓声で出迎えた。




 曹操は洛陽に戻らず、韓暹と楊奉の一団から少し離れた所で陣地を張った。


 その陣地内の天幕の一つに、自軍の武将と参謀達を集めた。


「殿。どうして、引き鉦を鳴らしたのですか?」


 参謀として付いて来た荀彧が訊ねて来た。


 他の者達も同じ疑問を胸に抱えていた。


 皆の疑問に答えるように曹操は語りだした。


「皆の疑問は分かる。あのまま、攻撃を命じれば、我等が勝ったであろう。しかしだ。そうなれば、あの徐晃という者を殺すかもしれん。それはあまりに惜しい。あの様な勇者は我が配下に加えたい」


 曹操が引き鉦を鳴らした理由を説明すると、皆は顔を見合わせた。


 敵の部将をこちらに寝返らせる手段が思い付かないからだ。


「殿。私に考えがございます」


 そう言うのは最近配下に加わった董昭であった。


「董昭か。何か策があると言うのか?」


「はい。殿は徐晃という者が欲しいと言うのであれば、こちらに寝返らせれば良いのです」


「どの様にだ?」


「ご説明いたします」


 董昭は曹操に徐晃を寝返らせる方法を語ると、曹操はその方法を採用した。

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