第七章

断わる事が出来ない

 強引に許県に遷都を奏上した事で、百官達は慌ただしく移動の準備を行った。


 だが、李傕達に追い掛けられた様に碌な準備をするという訳では無いからか、念入りに準備を整える事が出来た。


 許県には宮殿は出来ていないので、献帝達には暫くの間、洛陽で暮らしている様な仮宮で住んでもらうつもりであった。


 だが、その仮宮ですらまだ出来ていない。


 其処で、曹操は出来るだけ出立の時間を伸ばそうと準備に時間を掛けていた。


 曹操達が準備に取り掛かっている中、曹昂は特にする事が無かった。


「……暇だな」


 仮宮にある一室にて曹昂は茶を飲みながら暇そうにしていた。


 朝廷の官職や軍を指揮する役職に就いていないので、忙しくしている曹操達とは別に暇な曹昂。


 今回は急いで軍を編成して、曹操達と共に献帝の下に来たので、董白達は連れてこなかった。


 その為、話し相手もおらず暇であった。


 今、曹昂が飲んでいる茶も自分で淹れていた。


 暇なので、誰か話し相手が欲しいなと思っていると、忙しい筈の曹操が入って来た。


「暇の様だな」


 退屈そうにしている曹昂を見て、曹操はニヤニヤしながら言ってきた。


 そんな曹操を見て曹昂は首を傾げていた。


 曹操は何も言わず椅子に座った。それを見て、部屋の外に控えている使用人に茶を持ってくるように頼もうとしたが、曹操は手で止めた。


「忙しいから、手短に用件だけ話しにきた。茶はいらん」


「そうですか。それで、何の御用でしょうか?」


 また、碌な事ではないなと思いながら曹昂は茶を口につけた。


「そう警戒するな。お前には良い話だぞ」


「良い話?」


「喜べ、息子よ。お前に新しい嫁が出来るぞ。しかも、相手は献帝陛下の姉君であられる万年公主だ」


「ぶふっ‼」


 曹操の言葉を聞くなり、曹昂は茶を噴き出した。


 あまりに衝撃的な事を言うので、曹昂は咳きこんだ。


「大丈夫か?」


「…………ち、ちちうえ、いま、なんといったのですか?」


 聞き違いかと思い曹昂は曹操に訊ねた。


「聞こえなかったのか? お前に新しい嫁が出来ると言ったのだ。相手は万年公主だ」


「…………何故、僕なのでしょうか?」


 どうして、そんな話になったのか分からず訊ねる曹昂。


 曹操も説明を始めた。


「どうも、献帝陛下の外戚である伏完と董承が、私に対して危機感を抱いている様でな。其処で血縁関係を結んで、私を彼奴等の勢力に取り込むつもりのようだ」


「取り込むですか。それはまた」


 それは無謀だとしか思えなかった曹昂。


(父上に専横させないようにするつもりかな? まぁ、その内粛清されるから特に気にしなくても良いか)


 それよりも、今は父の話を聞く事が大事であった。


「それで、どうして僕が嫁を貰うことになるのですか?」


「公主に年が近く、且つ私の血縁なのが、お前しかいないからだ」


「何で僕なのです? 父上の従兄弟の曹純、曹仁、曹洪、夏侯淵、夏候惇がいるではないですか。正直な話、父上でも良いと思いますが」


 曹昂の疑問に曹操は理由を話した。


 曹操の弟達は亡くなったが、従兄弟は健在で結婚出来る年齢であった。


「曹純、曹仁、曹洪の三人はあくまでも義理の従弟であって、厳密には私の血縁ではないから除外された。夏侯淵もあれは夏候惇の従弟であって、私の血縁ではないから除外された。夏候惇も私と同い年で妻が居るから除外された」


「父上は?」


「私も年が離れているから外された。それで、残ったのはお前になった」


「断る事は?」


「出来ると思うか? 伏完と董承の発案とは言え、陛下が許可したのだぞ。断れば、陛下の面目を潰す事になり、下手をしたら朝廷が敵になるぞ」


 曹操が断らせないぞと暗に告げた。


「……もう嫁は居るのですけど、しかも董白は董卓の孫娘ですよ。董白が居たら、喧嘩になるかもしれませんよっ」


 流石にそれは勘弁してほしいと思い、体よく断ろうとする曹昂。


「其処はお前が何とかしろ。それに、もう還俗する手続きしているから、近い内に会えるぞ」


「えええっ⁉」


 もう其処まで話が進んでいるとは思わず、曹昂は驚きの声を挙げた。


「あっ、だとしたら、同じ頃に寺に入った唐姫も還俗するのですか?」


 万年公主と一緒に出家した少帝弁の妻であった唐姫。


 気になり訊ねる曹昂。


「あの者は、そのまま寺で暮らすそうだ。戦乱で家も焼け、親族も散り散りになって、何処に居るのかも分からぬそうだ」


「そうですか……それで、話は戻りますが、どうしても僕が妻にしないといけませんか?」


「まぁ、そうなるな。断れば、我等と朝廷との間に亀裂を生むであろうな」


 曹操は確実にそうなると言う。それを聞いて曹昂は暫し考え込んだ。


「……分かりました。お受けします」


 これから起きる事を考えると、朝廷とは出来るだけの関係を持った方が良いと思い曹昂は話を受ける事にした。


 内心では自分にお鉢が回って来るのだろうという思いしかなかった。


「そうか。では、近い内に会えるから、楽しみにしておけ」


 そう言って話す事を終えた曹操は部屋を出て行った。


 部屋に残った曹昂は、重い溜め息を吐いた。

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