雍丘の戦い

 雍丘の城から抜け出した兵達は全て、夏候惇の軍に見つかる事無く逃げ出せた訳では無く、それなりの数の者達が見回りに出ていた兵達に見つかり捕縛された。


 その捕虜は夏候惇達が居る天幕の中まで連れて行かれ、城を逃げ出した理由を話した。


「何と、もう城には一万程しかいないと⁉」


 捕虜の報告を聞いた夏候惇は驚きと喜びが混じった声を挙げた。


「は、はい。もう、城にはそれぐらいの兵しかいません……」


 捕虜も嘘をついても仕方がない事と、教えれば命は助けてくれるだろうと思い答えた。


「そうか。良く教えてくれた」


 夏候惇は、褒美とばかりに幾ばくかの金を入れた包みを捕虜に渡して自由にさせた。


 褒美を貰った捕虜は殺されなかった事と褒美を貰った事を喜びつつ天幕を出て行った。


 捕虜が出て行ったのを見た鮑信は夏候惇に声を掛けた。


「張邈が死んだからと言って、こうも敵の士気が下がるとは思いませんでしたな」


「仕方がない。張超はハッキリ言って、張邈よりも器量が劣るからな」


 夏候惇も張邈経由で張超の事は見知っていた。


 なので、どんな性格なのかも知っていた。


 夏候惇がそう言うのを聞いて、曹昂は前々から気になっていた事を訊ねた。


「そう言えば、張超は父上の事を嫌っているそうですが、その理由は知っているのですか?」


「ふん。これと言って、何の深い意味も無い。単に、我が殿の生まれを嫌っているだけだ」


「生まれですか?」


 夏候惇の言葉に、曹昂は意味が分からず首を傾げる。


「ふん、ようはあれだ。殿の祖父であられる曹騰殿は宦官であったからな。それで、どうも張超は殿の事を嫌っていたのだ。兄の張邈はそんな事など気にしないのだがな」


 夏候惇が事も無げに言うが、曹昂は顔には出さないが、内心ムッとしていた。


 尊敬する曾祖父を宦官であるという事で嫌っていると知り、気に食わない様であった。


 曹昂の心中など知らない夏候惇は居並ぶ部将達に問い掛けた。


「最早、雍丘は籠城するのも難しい程の兵力しか無い。これ以上、兵糧攻めをしたところで、兵糧を無駄にするだけだ。此処は一気に攻めるべきだと思うが。皆はどうだ?」


 夏候惇の問い掛けに皆は無言で頷いた。


 そして、鮑信が前に出た。


「夏候惇殿の言う通りだ。此処は攻めるべきでしょう」


「宜しい。では、これより城攻めに掛かる。者共、攻城の準備に取り掛かれっ」


 夏候惇の号令の元、居並ぶ部将達は一礼し天幕を出て攻城の準備に取り掛かった。


 曹昂も天幕を出た。


(攻城になると思ったから、あれ・・を製造させたけど、丁度出来たから使うか)


 試験運用のついでに使おうと思い、曹昂はその兵器の準備をさせた。




 翌日。




 夏候惇は四万の兵を三つに分け、雍丘の城を包囲した。


 北門は夏候惇が一万四千。西門は鮑信が一万三千。東門は曹昂が一万三千の兵で攻撃する事となった。


 北門に居る夏候惇の元に西門と東門から送られた伝令が攻撃の準備が出来た事を報告しに来た。


 その報告を聞いた夏候惇は馬上で手を挙げて、勢いよく振り下ろした。


「攻撃せよっ‼」


 夏候惇の号令に従い、太鼓が叩かれた。


 攻撃を命ずる音を聞いて、夏候惇の軍は喚声を挙げながら城へと駆け出した。


 夏候惇軍が攻めるのを見て張超は兵を指揮して、よく防いだ。


 兵は一万を切り、城を守るために分散している事で守る兵は少なかったが、張超に最後まで従おうと残った兵という事で士気は高かった。


 北門の攻撃に合わせて、西門の鮑信も攻撃を開始した。


 両軍は空を曇らせる程の矢を放ち、城を落とそうと梯子を掛けて登る兵と登らせるかと守る兵の攻防が時を追う毎に激しさを増していた。


 両軍は多くの死傷者を出していた。


 そんな中で東門は未だ、何の行動もしていなかった。


 曹昂は馬上から城壁を見ていた。


「おい、なんで何もしないんだ?」


 董白が何もしない曹昂に声を掛ける。同じく側に居る程丹も同じ思いなのか、ジッと曹昂を見ていた。


「……いや、今は準備をしているだけだよ」


 北門と西門の方からは風に乗って喚声が聞こえてくる。


 既に攻撃開始を意味する太鼓の音が聞こえている。これで攻撃をせずに、戦が終わるまで何もしなかった場合、如何に夏候惇と言えど曹昂を処罰しなければならないと言えた。


「準備って、梯子を掛けるだけだろう?」


「違う違う。まずは敵の士気を下げないと駄目だよ」


「士気を下げるって、どうやって?」


 董白が首を傾げると、曹昂は笑みを浮かべた。


「今に分かるから」


 曹昂がそう言うと、同時に曹昂達の横を大きな弩が通り過ぎた。


 あまりの大きさなので床弩と言える物であった。


 移動する為に台の下に車輪が付いている事以外にも、矢を放つ為の機構が違っていた。


 その造りは矢を放つというよりも、別の物を放つ様であった。


「攻撃準備が完了しましたっ」


「では、攻撃開始」


 兵の報告と共に曹昂は命じた。


 兵達はその命令に従い、台座の部分に丸い器に導火線がついた物が乗せられた。


 その導火線に松明で火をつけられると同時に、手が空いている兵達は台座の弦を引いた。


 数人がかりで引かれた弦を兵達は手を放した。


 引き絞られた弦はてこの原理により、台座に乗っていた物を弾き飛ばした。


 飛ばされたその物は弧を描きながら城の城壁へと落下した。


 その瞬間、轟音と爆炎が発生した。


「ぎゃああああっ⁉」


「たすけ、たすけて……」


 爆発の衝撃で身体を吹き飛ばされた者や火が付いた者達が悲鳴を上げながら動き回る。


 他の兵達も慌てて、火を消していたが、敵から放たれた物が次々に城壁の兵達を襲った。


 爆炎と轟音により兵達は混乱状態となった。


「おお、これは思ったよりも、効果は抜群だな」


 曹昂が混乱している張超の兵達を見て、兵器の効果にご満悦であった。


「あれは何だ?」


 董白も爆発している物が何なのか気になり訊ねた。


「ただ、炮烙玉を飛ばしているだけだよ」


「炮烙玉? ああ、お前が開発したっていう火薬を詰め込んだ物か」


「そう。それを、発射機構を少しだけ変えた床弩に乗せて発射しているだけだよ」


「はぁ~、弩はこうも使えるのか」


 董白が感心していると、床弩の一つが砲台を下げて城門に狙いをつけた。


 先程までは炮烙玉を乗せていたが、今度は大きな杭を乗せていた。


 城門を破る為か、杭の先端に火が付けられた。


 そして、台座の弦が限界まで引き絞られ、兵達は弦を放した。


 放たれた杭は狙い違わず城門を貫いた。深く突き刺さった上に、杭の先に火が付いているので近付くのも難しく、そう簡単に抜けそうでなかった。


 やがて、杭に付いている火が杭全体に周りだした。その瞬間。杭が大爆発を起こした。


 その爆発は先程から放っている炮烙玉とは比べ物にならなかった。


 爆発が止むと、黒煙で城門辺りは見えなかったが、風で黒煙が晴れると、其処には城門が無かった。


 其処に、城門があった証拠に城壁や門楼等が瓦礫と化していた。


 門楼から離れた城壁に居る張超の兵達は何が起こったのか分からなかったのか、目を開けたまま身動きできなかった。


 それは、曹昂軍の兵達も同じなのか、爆発の後、城門が完全に破壊されているのを見て、自分の目で見ても信じられない光景であった。


「な、ななな、なんだこりゃああああっ」


 両軍の兵達の心境を代弁した様に董白が絶叫した。


「ふむ。思い付きで作ったけど、予想以上の出来だな」


 曹昂は杭が爆発した事に驚く様子も無かった。


 思っていたよりも、爆発の威力が強いなという顔をしているだけであった。


「おいっ、あれは、どうしてこうなったんだ⁉」


 董白が曹昂の肩を揺らしながら訊ねた。


「あれは、杭に穴を空けて、其処に火薬を大量に詰め込んだだけだよ……うぷっ」


 肩を揺らされながら答える曹昂。揺らされる事で気持ち悪くなったのか、口を手で抑えだした。


「こら、止めなさい」


 今にも吐きそうな曹昂を見て、董白を止める程丹。


「しかし、杭の中に火薬を詰め込んだだけで、此処までの破壊力があるとは。これは何と言う兵器なのですか?」


「……パイルバンカー?」


 特に考えていなかったので曹昂は爆発する杭という事で、そう呟いた。


牌流盤貫呀ぱいるばんかぁですか……初めて聞く名称ですね」


 程丹は改めて城門の方を見て、その何もかも破壊されたのを見て、頬に冷や汗が流れた。


 もし、敵になっていたらこの兵器の脅威に晒されたのだと思えば、冷や汗の一つぐらい流れてもおかしくないと言えた。


 と同時に、程丹は自分の見立てが間違いではなかった事に喜びを感じていた。


「さて、城門は開かれた。攻撃の合図を」


 曹昂は兵器の威力を見ても驚く事も恐怖する事もせず、淡々と命じた。


 その命令を聞いて呆けていた兵達が慌てて、攻撃を始めた。


 とは言え、城門が壊されているので攻め込む事は容易であった。


 特に被害らしい被害を受ける事無く、曹昂軍は城内への突入に成功した。




 曹昂が軍を城内へ突入させたのと同じ時。


 城攻めの指揮をしていた夏候惇の耳に、轟音が轟いた。


 その音は夏候惇だけではなく、城内外に居る両軍の兵達の耳にも届いた。


 特に城に居る張超軍の兵達は振動まで来るので、何事かと思い手を止めていた。


「この音、東門から聞こえてきたが。まさか、曹昂の奴、何かしでかしたか?」


 幼い頃から色々な物を作っていたので、その作った物を城攻めに使っているのだと判断する夏候惇。


 其処に東門からやって来たと思われる騎兵が夏候惇の元までやって来た。


 その騎兵が馬から降りると、夏候惇の元まで来て跪きながら報告を始めた。


「申し上げます! 東門を攻撃していた曹昂軍は城門の破壊に成功。城内に突入しました!」


「そうかっ。それで、どんな方法で城内に入ったのだ?」


 夏候惇は報告を聞いて、気になり訊ねた。


 報告では城門を突破したではなく、城門を破壊したと言っていた。


 城門を破壊する事など、そう簡単に出来る事ではない。


 どんな方法を使ったのか訊ねると、兵は困った様な顔をした。


「それは、その、何と言いますか。杭を、弩で放って城門に突き刺して、その杭が爆発して、城門が破壊されました・・・・・・」


 兵士はたどたどしく報告する。


 兵士からしたら、杭に火薬が詰め込まれている事など知らない。なので、城門に杭が突き刺さったら爆発した、としか報告する事が出来なかった。


「杭が爆発か。ふむ、ご苦労であった。曹昂には城内を制圧する様に伝えよ」


「はっ」


 夏候惇の命令を聞いた兵士は返事をするなり、一礼し乗って来た馬に跨り来た道を帰って行った。


 報告を聞いた夏候惇は笑みを浮かべつつ大声を上げた。


「東門は陥落した。後は張邈の一族を捕まえるだけだ。この勢いのまま攻めよっ」


 夏候惇の檄に応える様に、兵士達は勢いを落とす事無く城を攻め続けた。


 張超軍の兵達は東門が陥落した事は伝わったからか、兵士達はどうしたら良いのか分からず混乱状態となった。


 そうしている間も、曹昂軍は城門を開けて、外の軍を中へと導いていく。


 西門が開き、鮑信率いる軍が城内に突入した事で、戦況は終わりへと近付いて行った。


 張超は、これ以上の抗戦は無理と判断し、内城へと逃げて行った。


 将が逃げるのを見て、兵達も降伏するか抵抗するかに分かれた。


 抵抗を選んだ兵達は一人の例外も無く斬り殺された。


 


 城内も占領し、残るは内城を残すだけであった。


 その内城も既に多くの兵が侵入し、張超と一族の者達を探し回っていた。


 夏候惇と合流した曹昂達は勝利を喜んでいた。


「大勝利ですね。流石は元譲殿ですね」


「うむ。そうだな。まぁ、お前のお蔭だがな」


 曹昂が夏候惇を称えると、夏候惇は曹昂の頭を乱暴に撫でた。


 撫でられた曹昂は、何故撫でられるのか分からず首を傾げていた。


 微笑ましい光景であったが、兵士が来るのを見て、夏候惇が顔を引き締めると、周りに居た者達も自然と引き締まった。


「申し上げます! 張邈の一族の者達を発見致しましたっ」


「張超はどうした⁉」


「自分の妻と子と共に一室に籠もっていたのですが、部屋に火を放ちました!」


「なにっ」


 部屋に火を放ったと聞いて、夏候惇は直ぐに張超が何をする為に部屋に籠もったのか分かった。


「直ぐに消火に当たれっ」


「ですが、火の勢いが激しく、中々火が消えませんっ」


「いいから、早く火を消せっ!」


「はっ」


 夏候惇の命令を聞いて、兵士はその命令を遵守しようと駆け出した。


 兵士を見送ると、夏候惇は溜め息を吐いた。


「自分の妻子を殺して自害か。最後まで降伏しないとは、強情な奴だな」


 夏候惇はこれからどうするか考えていると、曹昂が話し掛けてきた。


「張邈さんの一族は皆殺しになりますか?」


 顔見知りである張邈が死に、弟の張超も今亡くなった。


 それでも、一族は皆殺しになるのかと思い訊ねる曹昂。


「勿論、そうなるな。裏切った者の見せしめが必要だからな」


「……もし、張邈さんか張超のどちらかが生きていたら、変わったのでしょうか?」


「変わらんよ。どちらにしても、三族集めて処刑されるだけだ」


「父上も辛いでしょうね。裏切ったとは言え、親友の三族を処刑するなんて……」


 流石に辛いだろうなと思う曹昂。


「だろうな。しかも、親友が自分を裏切った理由が永遠に分からないと来たのだから、余計に辛いであろうな」


 夏候惇もやるせない思いで首を振った。


 やがて、張超が火を放った部屋が、ようやく鎮火した。


 焼け跡の部屋を捜索すると、部屋の中央には複数の遺体が黒焦げで見つかった。


 黒焦げになっているので、誰が誰なのかは分からなかったが、身の丈から大人数人と子供数人だと分かった。


 恐らく、黒焦げになった大人の遺体の一つは張超で、残りの大人は張超の妻と妾だと推察された。


 黒焦げになった遺体が弔われた。


 戦が終わり、事後処理が行われた。


 張超軍は半数以上が討死し、残りは捕虜となった。


 夏候惇軍も一万の死傷者を出したが、勝利する事が出来たので喜んだ。


 生き残った張邈の一族は暫くの間、どうするか曹操に決めて貰う事として、暫くは雍丘に監禁される事となった。


 雍丘は鮑信と一万の兵に任せて、夏候惇は軍を再編成し曹昂と二万の兵と共に陳留へ向かった。

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