陳留の戦い
曹昂達が雍丘攻略と同じ頃。
曹操率いる四万の軍が陳留の近くまで来ていた。
陳留の状況がどうなっているのか調べる為に、曹操は軍を休めて斥候を出した。
その斥候が戻って来たので、曹操は天幕で報告を聞く事にした。
「ふむ。呂布は城外に布陣しているか」
「はっ。城を守る最低限の兵だけ残し、城外から数里ほど離れた所に布陣しております」
「そうか。ご苦労。下がって良いぞ」
曹操が斥候を労って下がらせた。
斥候が天幕から出て行くと、曹操は側に居る郭嘉に訊ねた。
「敵が籠城する事無く城外に布陣したという事は、籠城が無駄だと判断したという事か」
曹操の推論に郭嘉も同意とばかりに頷いた。
「いえ、そうとは言い切れません。野戦にて一戦し、我等を破り士気を上げて城に籠もるという考えかも知れません。何せ、敵は猛将呂布が率いる軍にございます。その猛将が率いる軍ですので、野戦で倒すのは容易ではないと思います」
「ふむ。確かにそうかも知れんな。だとすれば、先鋒が重要と言う事となるな」
曹操は郭嘉の推測を聞いて、この重要な局面の先鋒を誰にするか迷った。
もし負ければ自軍の士気は落ち、敵軍の士気が上がり戦いに支障が出る。
そう思うと、余計に誰を任ずるべきか悩む曹操。
其処に居並ぶ部将達の列から一人前に出た。
「殿。先鋒はどうぞ、この私めにお任せを」
決意を込めた重厚な声を上げたのは許褚であった。
曹操は許褚が先鋒を買って出たので、許褚を無言で見た。
「私は殿の幕下に入ったばかりですので、まだ何の手柄も立てておりません。どうか、お願いします」
許褚が頭を下げて頼み込んだ。
「……ふむ。良かろう。許褚であれば問題無い。お主を先鋒に任ずる」
「はっ。ご期待に応えます」
許褚が先鋒に決まり、右翼と左翼は誰が指揮するか決めて軍議は解散となった。
曹操は軍を率いて、呂布の布陣する陣へと向かった。
曹操軍が来る事を見て、呂布も軍を率いて陣を出た。
両軍が何の障害物も無い平原にて会敵した。
そのまま、両軍は陣形を整える事もせず、両軍睨み合い喊声を上げていた。
そんな中で曹操が護衛の兵を連れて、両軍の中間地点までやって来た。
曹操が来るのを見て、呂布軍の兵達は警戒を強めた。
呂布軍の兵達が警戒を強めているのを気にせず、曹操は護衛の一人を顎でしゃくった。
護衛の兵は頭を下げて、呂布軍まで駆け出した。
「曹操殿が呂布殿と話がしたいとの事ですっ」
護衛の兵は良く聞こえる様に叫んだ。
その声が聞こえたのか、少しすると呂布が護衛も連れず曹操の元までやって来た。
「何の用だ。曹操?」
「呂布よ。何故、我が領土を侵したのかは知らん。だが、このまま戦ったところでお互いに無益だ。私に降伏すると言うのであれば、お主とお主の一族郎党の命は保証しよう。大人しく投降せよっ‼」
曹操が降伏する様に促したが、それを聞いた呂布は声を挙げて笑った。
「はははは、まだ一戦もしてもいないというのに降伏するなど有り得ん事よ。私を捕まえる事が出来れば、貴様の言う通りに従ってくれるわっ!」
呂布は降伏などしないと暗に言うと、曹操も特に気にした様子も無かった。呂布が言う通りに従うと思っていなかった様だ。
「良かろう。我が軍の力を見せてくれるっ!」
「ははは、董卓を二度も殺し損ねた男の実力とやらを見せて貰おうかっ‼」
呂布が馬鹿にしたように言うが、曹操は何も言わず護衛の兵と共に下がって行った。
呂布も下がって行った。
程なく、両軍は陣形を整えだした。
いち早く陣形を整えたのは、呂布軍であった。
「突っ込め‼」
自軍の陣形がいち早く整ったのを見た呂布は攻撃を命じた。
呂布の命令に従い、攻撃を命じる太鼓が叩かれた。
激しい音を立てながら響く太鼓の音。
その命令に従い先鋒の成廉が駆け出した。その後に兵士達が続いた。
呂布軍が駆け出したのと同じ頃に、曹操軍も陣形が整った。
曹操は攻撃を命じた。
太鼓の音が響くと同時に許褚が自分が率いる軍と共に駆け出した。
平原は瞬く間に、両軍の兵士達の血が流れる死地と化した。
喚声を上げながら持てる得物を振るう両軍の兵達。
乱戦にこそなってはいないが、怒号が飛び交い、血で血を洗う場となっていた。
そんな戦場の中で許褚は獲物を振るい、部隊の指揮を取っていると、見事な装飾が施された鎧を纏った武将を見つけた。
「其処に居るのは敵将と見たっ」
「おうっ、我こそは成廉よ」
好敵なりと見た許褚は馬上で得物を構えた。
「良い所に出会えた。そちの首を取り、我が初陣の初手柄にさせてもらう」
「出来るものならやってみるが良いっ」
成廉が駆け出すと同時に、許褚も駆け出した。
二人が得物を振るい刃を交えた。
獣の如き咆哮を挙げながら刃を交える二人。
成廉も呂布配下の中でも勇将と言っても良い程の武勇を持っていた。
現に許褚相手に戦っていたが、許褚の方が強かった。
許褚が繰り出した一撃で成廉の首が斬り落とされた。
首を切り落とされた成廉の身体からは赤い血が噴き出した。血が噴き出るのが止まると、その身体は馬から落ちた。
許褚は馬から降りて、切り落とされた成廉の首を掲げた。
「敵将、成廉はこの許褚が討ち取ったぞっ‼」
大声で宣言する許褚。
曹操軍は歓声を上げた。呂布軍は士気が下がった。
許褚は切り落とした首を馬の鞍に掛けて、得物を振るう。
「このまま、呂布の首を討ってくれる。進めっ」
許褚が駆け出すと士気旺盛な兵達もその後に続いた。
呂布軍の兵達は曹操軍の勢いに押されて後退を始めた。
呂布の元に先鋒の成廉が討たれたという報が届いた。
「ぬぅ、敵もやるな。だが、このままで居られるものかっ」
呂布は愛用の方天画戟を持ち、愛馬赤兎に跨った。
「陳宮。お前は全軍を率いて陳留に戻り、籠城の準備をせよ」
「呂布殿はどちらへ?」
「敵の先鋒を叩いてくれるわっ」
呂布は一騎で前線へと駆け出した。
陳宮は呼び止めようとしたが、その暇も無かった。
舌打ちした後、陳宮は軍を率いて陳留へ向かった。
呂布が後退する自軍の兵達を尻目に前線へと駆け出した。
「敵将だっ」
「討ち取れっ」
呂布の顔など知らない兵達なので、自分が見ている者が呂布など知らない様であった。ただ、見事な鎧を纏っているので、討ち取れば手柄になる程度の考えであった。その無知が兵達の愚かさであった。
「邪魔だっ⁉」
呂布は殺到する曹操軍の兵達に方天画戟を薙ぎ払った。
兵達は血と臓物を散らせながら果てた。
「ひいいいっ!」
「鬼神だっ。逃げろっ⁉」
呂布の武勇を見て怯えた曹操軍の兵達は蜘蛛の子を散らすように逃げた。
そんな兵達など構わず駆け出そうとした呂布に許褚が寄って来た。
「其処の武将、この許褚が相手をしてくれる!」
「ふん。命知らずが」
許褚が向かって来るのを見た呂布は方天画戟を構え直して、許褚と刃を交えた。
干戈を交える二人。あまりの激しさに、誰も二人の中に割って入る事が出来なかった。
許褚は内心で、こいつは何者だと感歎し、呂布は向かって来るだけはあるなと思っていた。
だが、経験の差が出たのか、徐々に許褚は押されて行った。
このままでは、許褚が討ち取られるかと思われたが、其処に典韋がやって来た。
「呂布。決着をつけてくれようぞっ‼」
「ふん、面倒だ。二人纏めて相手をしてくれるっ」
呂布は許褚と典韋を相手に戦い始めた。
典韋達も曹操の幕下の武将の中でも有数の猛将達であった。
だが、そんな二人を相手にしても、呂布は余裕がある様であった。
三人が戦っている所を、離れた所で見ていた曹操と側に居る武将達。
「典韋達を相手にするとは、流石は呂布と言うところですな」
「恐ろしい男ですな」
武将達は呂布の武勇に恐怖している様であったが、曹操は違った。
「呂布が前線に出ているか。好都合だ。呂布を討ち取れ。そうすれば、この戦は勝ちだっ!!」
曹操が呂布に向かって攻撃する様に命令を下した。
兵達は曹操の命令に従い、呂布に向かって行った。
典韋達を相手にしつつ、向かって来る曹操軍の兵達を倒していった。
「ふん。俺を討ちに来たかっ⁉」
曹操軍の兵達が向かって来るのを見て呂布は撃退しながら、周りを見た。
自軍の兵達がうろついていないのを見て、陳留へ撤退したのだと判断し呂布は陳留へ逃げる事にした。
「さて、退くぞ。赤兎よ」
呂布は愛馬赤兎に声を掛けると、赤兎は心得たとばかりに嘶いた。
赤兎が駆け出すと、呂布は進むのに邪魔な者達を方天画戟で撃退した。
そして、何の障害も無くなった赤兎は全速力で駆け出した。
その速さには誰も付いて行く事が出来なかった。
呂布は誰も付いて来る事が出来なくなったのを見て、悠々と陳留へ戻って行った。
初戦で敗れた陳留へ撤退した呂布軍。
成廉を討ち取られたのは大きかったものの、兵自体の損害は少なかった。
その報告を謁見の間で聞いた呂布は息を吐いた。
「死傷者合わせて二千か。思っていたよりも、兵の損失は無かったようだな」
「これも呂布殿が一騎で殿をしたからです」
陳宮は称えるというよりも、事実をありのまま述べる様に言うのを聞いて、呂布は考えた。
「う~む。このまま籠城すれば、敵のあの空飛ぶ船で攻撃を受けて敗れるかも知れん。陳宮よ。何か妙案は無いか?」
呂布は自分の頭では、この状況をどうにか出来る方法が思いつかない様であった。
其処で参謀の陳宮に策を求めた。
「……一度しか使えませんが。敵に大損害を与えるに良き策があります」
「ほぅ、それはどんな方法だ?」
「敵を誘い出すのです。城内に」
「? どういう事だ?」
呂布は陳宮の言葉の意味が分からず戸惑っていると、陳宮が説明しだした。
初戦で呂布軍を撃退した曹操軍は意気揚々と陳留へ向かい、包囲した。
このまま攻城し続ければ城は落とせるだろうと思える程に高い士気を持っていた。
そんな曹操軍の陣営に男が一人やって来た。
その男に見張りの兵達が持っている槍の穂先を突き付けた。
「何者だっ」
「怪しい者ではありません。私は曹孟徳様へ使者として参った者です。曹孟徳様にお取次ぎを」
男は槍を突き付けられながらも、冷静に答えた。
自分達の大将に会いたいという男が現れた事で、兵達は自分達で決める範疇を越えていると判断し、その男を大将の元に連れて行く事にした。
兵達に連れて行かれた男は曹操達が居る天幕に連れ込まれた。
「何だ。その男は?」
兵達が連れてきた男を一瞥した曹操は兵に訊ねた。
「はっ。殿にお会いしたいとの事で連れて参りました」
兵が報告すると、男の側に立ったままであった。密偵か何かかも知れないと思い警戒している様であった。
「ほぅ、私に会いたいと。貴様、何用だ?」
曹操が男を睨みつけながら訊ねると、男は頭を下げた。
「はっ。私はこれを届ける様に言われました」
男はそう言って懐に手を入れようとした。
それを見て居並ぶ武将と兵達は身構えた。暗器か何かかと思ったようだ。
「皆、落ち着け。刺客であれば、私に会いに来る事は無かろう」
曹操が武将達を宥める様に言うと、皆も納得して得物から手を離した。
将兵達が警戒しなくなったのを見て、男は懐に手を入れてゆっくりと出した。
懐から出てきた手には封に入った手紙が入っていた。
「どうぞ」
男が両手で手紙を持ち掲げたので、兵はその手紙を受け取り武将に渡した。
武将は封を解き、手紙以外の物が入っていないのを確認した後で、手紙を曹操に渡した。
曹操は渡された手紙を広げ、中を見た。
「……おお、これは衛大人の手紙か」
曹操が渡された手紙を出したのは、陳留の衛大人が書いた手紙であった。
手紙の内容は陳留に駐屯する様になった呂布が城内で行う無法な行いについて事細かく書かれていた。
「成程。皆の者。よく聞くが良い。陳留に居る衛大人が呂布を倒すのに手を貸すそうだ」
「「「おおおっ」」」
「殿。これで呂布を捕まえる事が出来ますなっ」
「真に喜ばしい事ですな」
曹操の知らせに、武将達は喜びの声を挙げた。
「明日の亥の刻(約午後九時から午後十一時の間)に東門を開けるので、其処から攻めるべきと書かれている。皆の者、夜襲の準備をせよっ」
「「「はっ」」」
曹操の下知に武将達は一礼し従った。
使者になった男はそれを聞いて、密かにほくそ笑んだ。そして、使者には承諾の返事を持たせて帰らせた。
衛大人と曹操は曹昂を通じて見知っているので、自分を裏切るという事はしないと思い命令を下した曹操。
曹昂経由で知り合うという事で、直接手紙のやり取りをしなかったので、衛大人の字を見た事がなかったのが曹操の失敗であった。
翌日。
曹操は部隊を率いて東門に集まっていた。
夜襲だとバレない様に松明を焚かずに進軍した事で、城壁に居る見張の兵達が気付いた様子は無かった。
「敵は気付いた様子が無いようだな」
「これなら、夜襲は成功しますな」
曹操は護衛として連れてきた典韋と話していた。
曹操達の後ろには、騎兵歩兵合わせて五千の兵が控えていた。
本来であれば、本陣を守る兵を残して、全軍を上げて攻め込むつもりであったが、郭嘉が待ったを掛けた。
「これが敵の罠であれば、我が軍は大半を失う事となります。此処は五千の兵で突入させてから、策が成功したら残りの兵を投入しても良いでしょう」
郭嘉の言は尤もだと思い、曹操はそれに従った。
そして、今東門の前に居た曹操は笑みを浮かべた。
「敵は警戒している様には見えぬ。事これに成れりだ」
後は城門が開くのを待つだけだと思いながら、曹操が城門を見ていると、門扉が音を立てて開きだした。
「見よ。城門が開かれたぞっ。者共、突撃せよっ」
曹操が開かれた城門を見るなり命を下した。
その声に従い兵達が喚声を挙げて突入を始めた。
喚声を聞いて城壁に居る兵達は慌てて、矢を放ったが城門が開かれているので、損害は微々たる物であった。
兵達が突入した後に続く様に曹操も駆け出した。
城内に入ると、そのまま内城へと突入しようとする曹操軍。
その道すがらで、矢の雨が降り注いだ。
建物の陰から多くの兵達が出てきた。その軍装は呂布軍の物であった。
「ははは、掛かったな。此処がお前達の死に場所だっ!」
物陰から出てきた呂布が大声で、曹操軍の兵達に自分達がどういう立場なのか知らせる。
周りは矢を番える兵達に武装した兵達が囲んでいた。
「罠であったか。全軍、退却せよっ!」
曹操が叫ぶと、曹操軍の兵達は逃げ出したが、その背を呂布軍は容赦なく追い掛け討ち取るか捕縛した。
自分達が来た東門から逃げれば助かるという思いがあるからか、曹操軍の兵達は懸命に逃げたが、物陰に隠れていた呂布軍の兵達が現れて曹操軍に襲い掛かった。
その襲撃を逃れた曹操軍の兵達は東門に着いたが、東門には火が放たれていた。
逃亡阻止の為に火を放った様であった。門楼まで燃やされているのを見て絶望する曹操軍の兵達。
其処に追いついた曹操軍の兵達が押し掛けてきた。
進もうにも進めず、退くにも退けない状況となった曹操軍は混乱状態となった。
そんな中で、曹操は護衛の典韋と僅かな兵と共に別の門へと逃げていた。
だが、途中で呂布軍に襲われて曹操は典韋とはぐれてしまった。
曹操は一騎で城内を駆け回っていた。
西門、南門には呂布軍の兵が密集していた。ようやく、着いた北門は燃やされていた。
曹操軍が北門に来る事も想定した陳宮が北門も燃やしたのだ。
曹操の前には火の海と化した北門があった。
その火の海を前に曹操は駒を進ませる事をさせず、ただ地面を叩くだけであった。
どうしようかと悩んでいると、背後から蹄の音が聞こえてきた。
曹操は万事休すかと思っていたが、やって来たのは典韋であった。
「おお、殿。よくぞ、御無事で」
「典韋も良く無事であったな。だが、我々も此処までの様だ」
火の海と化している門を見て弱音を吐く曹操。
そんな曹操を典韋は叱咤する。
「殿。何を弱気になられているのですっ。此処を潜り抜ければ、御味方と合流出来るのですっ。私の後に続いて下されっ⁉」
曹操が弱気になっているのを見て典韋が先に火の海へ飛び込んだ。
典韋が火にまかれる事なく進むのを見て、曹操もその後に続いた。
典韋は先に城門を潜り抜けた。曹操もその後に続いたが、運悪く城門の一部が壊れ、燃える瓦礫となって曹操に降り注いだ。
数日後。
呂布の元に驚くべき情報が入って来た。
数日前の夜襲を指揮した曹操が撤退する最中で火にまかれて火傷を負い、その火傷により死亡したと。
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