別れの盃
翌日。
曹操は陳留へ、夏候惇は雍丘へと向かった。
その行動は直ぐに張邈が放った密偵が掴み、その情報は張邈の元に届けられた。
数日後。
雍丘にある謁見の間。
其処には張邈と弟の張超、そして家臣達が集まっていた。
「申し上げます。曹操軍は軍を二手に別けて、陳県を出立したとの事です」
家臣の報告で、他の家臣達がざわつきだした。
「静まれ。敵の数と何処に向かったのかは分かるか?」
張邈がざわつく家臣達を静めて、報告した家臣に訊ねた。
「はっ。報告によりますと、曹操は四万の兵で陳留へ、夏候惇は四万の兵でここ雍丘へ向かっているとの事です」
家臣の報告を聞いて、またざわつきだした。
「曹操が四万に、夏候惇が四万という事は、総勢八万か」
「対して、我等は二万。勝ち目など無いな」
「何を言う。呂布と我等で挟み撃ちにすれば良いではないか」
「その呂布と仲違いしたから、こうして我等はこの地に居るのだろうっ」
「しかも、此処に来るまでの間に、兵の多くが逃亡したではないかっ」
「戦は数ではないわっ」
「野戦であれば、そうかもしれんが籠城戦では数が大事に決まっておろうがっ」
家臣達は口論を交わしだした。
呂布と揉めに揉めた結果、陳留を出た張邈達。
城を出る時は三万居たのだが、雍丘へ移動する際に兵達が張邈に付いて行ったら、命が危ういと思ったのか、夜陰に紛れて逃げ出した。
お蔭で兵糧の問題は無くなったのだが、その分兵力を失った。
陳留から雍丘への間の道のりだけで、一万近くの兵が逃げ出した。
張邈達が雍丘に辿り着いた時は二万を切っていたのだが、城内に居る者達を徴兵して何とか二万にしていた。
家臣達の口論を聞きながら、張邈はどうするべきか考えていると、張超が怒鳴った。
「静まれっ。こうして、口論している間も、曹操軍が来ていると言うのに、醜い言い争いをしている場合ではないわっ!」
張超がそう述べるのを聞いて、家臣達は一斉に黙った。
「兄者。何か策はあるか?」
「……もう、これ以上城内の者達から兵を徴兵する事も出来ん。ならば、援軍を得るしかない」
「援軍? 誰の援軍を得ると言うのだ。兄者と親しくしている袁紹は既に断交状を送って来たのだぞ」
「袁術を頼ろうと思う」
「袁術だとっ⁉ 兄者、あいつは駄目だっ」
張邈の提案に張超は首を振った。
「何故だ? あやつとは昔から親しくしているから、私の頼みを聞いてくれるかもしれんぞ」
「確かに、そうかも知れぬが、あいつは、自分の娘を曹操の息子に嫁がせているんだ。恐らく、援軍を送ってくれる筈が無かろうっ‼」
「……そうかもしれん。だが、他に当てがない以上、袁術を頼むしかなかろう」
張超の意見を聞いて、少し考えた張邈であったが、もう其処しか頼る所が無いので仕方が無いと告げた。
一瞬荊州の劉表を頼ろうと思ったが、親しくしていないので無理だと思い諦めた張邈。
「だがっ」
「もう言うな。使者は私が行くっ。張超、私が居ない間はこの城をお前が守るのだぞっ」
「…………分かった」
張超からしたら、まだ言いたそうであったが、張邈の固い意志を宿した目を見て、もう何を言っても無駄だと判断し言うのをやめた。
「では、皆、準備に取りかかれ」
張邈が命じると、家臣達はそれぞれの準備の為に部屋を出て行った。
その夜。
張邈は出立の準備を終えて一息ついていると、使用人が張超がやって来たと言うので、通すように命じた。
張超は部屋に入ると、張邈に一礼する。その手には盃二つと酒瓶を持っていた。
「弟よ。それは何だ?」
「なに、偶には兄者と盃でも酌み交わそうと思ってな」
張超は椅子に座ると、盃を自分と張邈の前に置いて酒を注いだ。
「では、まず一献」
「うむ」
張邈と張超は盃を掲げると、一気に酒を飲みほした。
「……ふぅ、兄者」
「何だ?」
「もし、袁術が援軍を送る事を拒否されたら、どうする?」
「お前、何を」
不吉な事を言うので窘めようとしたら、張超が手で制した。
「分かっている。だが、そういう場合も考えて行動すべきではないか?」
「…………確かにそうだな。その場合は」
「その場合は徐州の広陵郡に行ったら良いと思うが、どうだ?」
「広陵郡? 其処は確か、お前が赴任していた土地であったな」
「ああ、そうだ。あそこであれば、俺の知り合いが多く居る。其処で兵を募る事が出来るだろう」
「ふむ。確かに悪くないな。良し、それでいこう」
張超の提案に張邈は従う事にした。
「だが、あくまでも袁術が援軍を送る事を断った場合だ。良いな」
「そうだな。もし、そうなったら、そうしてくれ」
張邈はあくまでもと言うと、張超は安堵した表情で答えた。
そして、二人は夜が更けるまで酒を酌み交わした。
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