そう言えば

 曹操と碁を打った十数日後。


 その頃になると、許県に届けられていた財宝が曹操の元に届いた。


 表向きは戦利品になっているが、実際は陶応から奪った物だ。


 事前に曹操に渡す事を伝えていたので、曹操は何も言う事無く財宝を受け取った。


 この財宝により、宴を開くのに問題は無くなり、盛大な宴を行う事となった。




 それから、数日後。


 河を下って来た臧覇が曹操が居る乗氏県に辿り着いた。


 城外には夏候惇が出迎えとして待っていた。


 臧覇は夏候惇達が見える所まで来ると、馬から降りて徒歩で夏候惇の元に向かった。


 少し離れた所で止まると臧覇は一礼する。


「お初にお目に掛かる。私は臧覇。字は宣高と申す」


「遠路遥々よく来てくれた。私は夏候惇だ。字は元譲だ」


 臧覇が名乗ったので、夏候惇とも返礼し名乗った。


「おお、貴方が元譲殿であったか。貴殿の勇名は聞いております」


「ははは、別に大した働きはしていないがな」


 臧覇が自分を褒めてくるので、夏候惇は苦笑いしていた。


 これといった活躍はしていないのに、名前が知られているのは嬉しい半面、もっと活躍しなければという思いがあった。


「大したもてなしは出来ぬが。ゆっくりしていってくれ」


「そちらの状況は知っている。なので、太守に推薦してくれたお礼として少しばかり食料とこの地では、まず食べられない物を持ってきたので、食べて貰いたい」


「ほぅ、そうか。それは楽しみだ」


 臧覇が言っているこの地とは兗州の事を指しているのだと思う夏候惇。


 何を持ってきたのか分からないが、臧覇の後ろには大きな箱が幾つもあった。


 その中に入っているのだろうと予想した。


「では、ご案内しよう」


「よろしくお頼み申す」


 夏候惇が城内へ案内すると言うので、臧覇は一礼する。


 夏候惇が馬に跨ると、風が吹いた。


(……うん? 何だ。この匂いは?)


 何処からか鼻に付く匂いが夏候惇の鼻腔に漂った。


 腐っている訳ではないのだが、刺激的な匂いと言えた。


 夏候惇はその匂いが気になりはしたが、今は御役目が大事だと思い気にするのを止めた。


 そして、夏候惇は臧覇達を連れて城内へ入って行った。




 城内に入った臧覇達は内城に通されて、宴が始まるまで別室に通された。


 その間とばかりに、曹操は曹昂を含めた家臣達と共に臧覇が持ってきた贈り物を見ていた。


 曹操の事情を知っているからか、穀物などの食料を多めに持ってきた。


 そんな贈り物の中で、曹操はある物に目を奪われていた。


「ほぅ、これは…………」


 曹操は贈り物が置かれている庭の中で一際大きい箱の中身を見ていた。


 それは、魚であった。


 背側の体色は灰色で腹側は白色であった。


 体前半は非常に太く、後半は尾部に向かって細く、吻は尖っておらず平らで四角く、上顎の唇皺は顕著で長かった。


 身の丈は十尺約二百三十センチほどあった。その魚は十匹ほどあったが、どれも刺激的な匂いを出していた。


「何とも大きな魚よ。これは食い応えがありそうだな」


 曹操以外の者達は魚が出す刺激的な匂いにより、魚から距離を取ったり手で鼻を覆っていた。


「腐っている訳ではない様だが、中々にキツイ匂いですな」


 曹操の供についてきた郭嘉は魚から距離を取りながら、一緒に付いて来た程立も指で鼻を摘まみながら同意する様に頷いた。


「殿は良く平気で、あそこまで魚に近付けますね」


「多分、父上は慣れているのだと思います」


 曹昂も手で鼻を覆いながら理由を話した。


「慣れているのですか?」


「そう。父上が愛飲している酒は知っていますか?」


「ああ、何でも『泡薬酒』と名付けた」


「あれも、中々刺激的な匂いでしたね」


「それで慣れているのですよ」


 黒色火薬と製造過程で出来た発泡酒を混ぜた酒を曹操は気に入った様で飲んでいた。


 火薬には硫黄が入っているので、その酒も刺激的な匂いであった。


「成程」


「それにしても、父上は随分と嬉しそうですね」


 曹操は移動しながら魚を色々な角度から見て、感心したり身体を触りどの様な感触なのか調べている様であった。


 好奇心旺盛な子供の様な事をするので、普段の冷静な態度と違い、何かを喜んでいる印象を抱かせた。


 そんな曹操を不思議そうに見ている曹昂達に一緒に付いて来た夏侯淵が教えてくれた。


「何だ。知らないのか? 孟徳は魚が好物なんだぞ」


「そうなのですか」


「うむ。ナマズは蒸したら美味いとか、何処かの池のフナは冬が美味とかよく言っていたぞ」


 夏侯淵がそう教えるのを聞いて、曹昂も食卓で肉よりも魚が出た方が嬉しそうな顔をしている事を思い出した。


「ところで、この魚は何と言うのだ?」


シャユと言うそうです」


「ほぅ、どんな味なのか楽しみだ。厨房に運べ。早速、宴に出そうぞ」


 曹操が厨房に運ぶ様に命じると、兵士達は鮫の匂いに顔を顰めつつ厨房へと運んだ。


「息子よ。あの鮫がどのような料理になるか楽しみにしているぞ」


「承知しました」


 曹操は曹昂に鮫で料理を作る様に命じたので、曹昂は承諾した。


 曹昂の返事を聞いて、曹操は鮫がどんな風に食べられるのか楽しみな顔をしながら、その場を後にした。


 程立達はそれを聞いて、あんな匂いがする物を食べる事が出来るのか不安に思いながら、曹操の後に付いて行った。


 曹操達が見えなくなると、曹昂は鮫をどういう風に食べるか考えた。


(とりあえず、刺身にするか。匂いが嫌な人も居るかも知れないから、火を通したのも作ろう。ああ、そうだ。フライにするか。最近、ようやく、キュウリのピクルスと醤油が出来たし)


 キュウリは六世紀に伝播したと言われているが、実は前漢の武帝の時代にはシルクロードを通じて伝わっていた。


 キュウリは漢字で書くと胡瓜と書く。これは中国では西の方の外国の事を胡と言い、その胡から来た瓜の形をしている事から、その名前が付けられた。


 この時代のキュウリはウリに似た丸みを帯びた楕円形で、淡い緑色をしている。


 黒い棘を持ち、苦みばしった味をしていた。


 その為、曹昂はキュウリを食べられる様に試行錯誤をして、ピクルスを作り、最近になってようやく成功した。


 とは言っても、前世で食べた味に比べると、少し違っていたが。足りない材料があるので仕方がないと思う事にした。


 そして、醤油。


 豆醤味噌を作る事に成功したので、醤油も作る事にした。


 こちらも時間は掛かったが、ピクルスと同じ時期に開発に成功した。


 曹昂はこの醤油を『穀醤』と名付けた。


 それらを宴に使う事にした曹昂は厨房へ向かった。




 曹昂が厨房へ向かい、数刻後。




 宴が始まり、参加している者達の座には膳が置かれていた。


 膳に置かれている皿には少し赤みがかった白い切り身が置かれており、その切り身が置かれている皿には、少し離れている所に白い切り身も置かれていた。切り身が置かれている皿の側には、小皿があり黒い液体と黄色い擦り下ろされた物が入っていた。


 別の皿には淡い茶色で四角い形をして、表面がざらついている物が置かれていた。


 その側には何かのぶつ切りが入った白い液体が添えられていた。


 もう一つの皿には上の部分は濃い茶色で、下の部分は白い円形の物が乗っていた。


 曹操達は膳に盛られている料理を見て、どんな味がするのか楽しそうに目を細めた。


「息子よ。これはあの鮫で作ったのか?」


「はい。右上に置かれている皿は膾と湯引きです。小皿に入れられている醤をつけて食べて下さい。もう一つの皿は鮫をパオンの粉にした物をつけて揚げた物にございます。そちらには、添えられている白い液体をつけてお食べ下さい。もう一つはパオン(パン)です。半分に切られていますので、千切って食べるなり、切り身と共に食べるなり、揚げた物と一緒に食べるなりお好きに」


 曹昂が料理の説明を聞き終えると、臧覇が首を傾げつつ訊ねた。


「曹昂殿。あげる?とはどういう料理法なのだ?」


 この時代の料理法は焼く、蒸す、茹でるの三つだ。臧覇が知らないのは無理ない事であった。


 曹操達には時折、揚げ物を出していたので、こういう料理法が有るのだと知っているので、特に何とも思っていなかった。


「大量の油を使い火を通す調理法の事を揚げると言うのです」


「その調理法には何の利点が?」


「食材に満遍なく火を通す事が出来るのです」


「成程。では」


 臧覇は鮫を揚げた物を箸で摘まんだ。


「ところで、この料理は何と言うのですかな?」


「鮫のフライと言います。その白い液体は魔夜眠不マヨネーズから作られた調味料で檸檬羅不レモラド汁と言います」


「魔夜眠不を使った調味料っ」


 初めてマヨネーズを食べた事が、余程衝撃的であったのか何かにつけてマヨネーズをつけて食べる甘寧。


 大好物と言っても良いマヨネーズを使った調味料と聞いて、どんな味なのか気になり箸で摘まみ口の中に入れた。


「…………おおっ、もったりとしていながら、くどくない酸味のままで、茹でた卵のホクホクとした食感と甘み。洋葱(玉ねぎ)の辛味。胡瓜の苦味。魔夜眠不の塩味を感じさせるとは、あの素晴らしく美味しい魔夜眠不を使い、これほど美味い調味料になるとはっ‼‼」


 マヨネーズ好きの甘寧が絶賛するのを聞き、他の者達も気になり食べてみた。


「ふむ。悪くないな。洋葱が辛いのは、生だからか。歯応えもあり悪くないな。胡瓜は苦いだけではなく酸味も感じるな。酢漬けにしたのだな。それで、茹でた卵の甘みも加わり素晴らしい味にしているな」


 曹操は檸檬羅不汁がどうしてこの様な味になるのか、確かめながら味わっていた。


「流石は父上。その通りです」


「この檸檬羅不汁は大秦で作られている調味料なのか?」


「はい。その通りです」


 曹操がそう訊ねて来たので、曹昂は頷いた。


(嘘だけどね。本当はタルタルソースかレムラードソースって言おうか。考えたけどね)


 この檸檬羅不汁は本来はタルタルソースという名称なのだが、その由来についてはタタール人が生肉を荒い微塵切りにした事からつけられたと言われているが、既にマヨネーズは大秦で作られた物だと言っているのに、其処にタルタルソースはタタール人から取ったと言われたら、どうしてそう言われる由縁を説明できなかった。


 其処で考えて、フランス料理ではタルタルソースの事をレムラードソースと言うのを思い出して、其処で適当に当て字をしたのだ。


「ふむ。この鮫の揚げた物も美味いな。外側の衣は噛むとザクザクとした食感を与え、衣の下には鮫の淡泊と言える味わいだ。海の魚だからか、泥臭くない。揚げた事で、火が完全に通っているので生臭くもないな。其処に檸檬羅不汁を掛けると、五味が合わさった素晴らしい味になっておる」


 曹操は檸檬羅不汁を掛けた鮫のフライを半分に切り分けられたパオンに挟んで齧り付いた。


「うむ。このぱおんと挟んだ事で、味が更に昇華しおったわ」


 曹操は気に入ったのか、鮫のフライを挟んだパオンを直ぐに食べ終えて、二個、三個目も同じように食べた。


 直ぐにパオンと鮫のフライが無くなったので、侍女にお代わりを持って来るように命じた。


 鮫のフライが来るまでの間、曹操は鮫の膾を見る。


「この醤に付けるのだな?」


「はい。生姜と醤を混ぜた物です」


「ふむ。しょっぱいが、美味しいな。何と言う醤なのだ?」


「大豆と麦で作った物なので、穀醤と名付けました」


「成程。どれ」


 曹操は箸で鮫の膾を摘まみ、生姜が混ざった穀醤をつけて食べた。


「ほぅ、揚げた物は噛み応えがあったが、生だとねっとりとした歯触りだな。甘みも感じられるし、美味いではないか」


 曹操は鮫の膾を美味いと言うが、他の者達は苦い顔をしていた。


 確かに、味は良いのだが。先程のフライと違い、独特の刺激臭がして好きになれなかった。


 鮫は体の中で生成されたアンモニアを尿素に変え、排出する事無くどんどん溜め込み、体内の浸透圧調整をしている。


 その為に死ぬと身に尿素が溜まり、時間が経つと尿素がアンモニアに変わるので臭くなるのだ。


 尤も、そのお陰で腐りづらくなるという利点が出来る。


 曹操はその臭いを気にする事無く食べていた。


 皆は鮫の膾を食べ終わると、今度は鮫の湯引きに箸をつけた。


「むっ、これは」


「膾の方で感じた匂いがしませんな。食感も、膾の時はネチョネチョしていたが、湯引きするとシャッキリするな」


 膾とは違い、湯引きの方が良いと皆は言うのを聞いて、曹操も湯引きに箸をつけた。


「……これもこれで悪くないな」


 曹操も湯引きを食べて悪くないと思った。


 そして、お代わりを頼んだフライとパオンが来て、先程と同じく挟んで食べていった。


 膳に盛られている料理を食べ終わると、今度は食後の甘味であった。


 皆も今日は何が出るか楽しそうであった。


 そして、侍女達が運んで来たのは淡い茶色でゴツゴツとした表面をしていた物が三つほど皿に盛られていた。


 その物はそれなりに大きく、握り拳大の大きさであった。


「曹昂。これは?」


 曹操はジッとその物を見ながら、曹昂に訊ねた。


「これはクリーム・パフ(シュークリーム)という菓子にございます」


「「「くりィむぱふ?」」」


 曹昂の言葉に続ける様に、曹操達が首を傾げながら言う。


「大秦では、生クリームやカスタードと言った物を総称してクリームと呼び、それを入れたお菓子をそう言うそうです」


 曹昂が説明するのを聞き、皆は興味深そうに見ていた。


(シュークリームって言っても良かったけど、この時代でシューって何かって言われたら、答えれないからな)


 シュークリームのシューはキャベツの様な葉野菜の総称とされて云うのだが、この時代のキャベツは結球しておらず、ケールの様な形をしていた。それで、もしシューの由来を言って、シルクロードを通じてこの時代のキャベツが渡来してきた場合、辻褄が合わなくなると思い、曹昂はシュークリームの事をクリーム入りのふっくらした物という意味を持っているクリーム・パフと言う事にしたのだ。


「とりあえず、甘いのだな?」


「はい」


「どれ、では食べてみるか」


 曹操は三つあるクリームパフの一つを取り齧り付いた。


「……おっ、これは驚いた。外側の皮の部分は何も甘くないと思っていた所に、中に入っているくりぃむとやらが出て来たぞ。う~む。卵の味がする甘み。それでいて、重厚感を感じさせるな」


「それはカスタードですね。カスタードは薄めればプリンにする事ができます」


「ほぅっ、これがあのぷりんになるとっ」


 自分の心を魅惑させて止まない菓子のプリンになると聞いて、曹操はもっと味わおうと齧り付いた。


「しかし、このかすたぁどは素晴らしいな。ぷりんの味に似ているが、しかし、ぷりんには無い香りがする。これはどういう事だ?」


 曹操はカスタードがプリンになると聞いて味わっていると。今まで嗅いだ事が無い香りがするのに気付いた。


 この嗅いだ事が無い匂いに曹操は何の匂いなのか気になっていた。


「それは秘密です」


 曹昂は曹操が訊ねて来るだろうと思い先に教えた。


「むぅ、そうか。分かった」


 訊こうとした所で先に言われてしまい曹操は口を閉ざすしかなかった。


(まぁ、穀醤をほんの一滴だけ入れただけなんだけどね)


 そんな些細な事ではあるが、教える事ではないと思い曹昂は秘密にした。


 穀醤の原材料は大豆、麦、塩だ。それらを混ぜて発酵させるのだが、その発酵過程でアルコールやバニリン等の香り成分を生み出す。


 このバニリンはバニラという植物から抽出されて作られたバニラ・ビーンズなどの香料に含まれている。


 穀醤が出来たので、試しに作ってみたら、記憶の中にあるカスタードに比べるとやや醤油の味がするカスタードになっていた。


 曹操達はバニラビーンズで作られたカスタードを食べた事が無いので、これで良いだろうと思い本日の食後の菓子にしたのだ。


(最も、バニラはメキシコか中央アメリカに生えていると言われているから、一生お目に掛かる事は無いだろうけどね)


 この時代の航海技術でアメリカ大陸に行く事など不可能と言っても良い。なので、曹操達にはこれで我慢して貰う曹昂。


「むむ、もう一つの方は、かすたぁどとは違い、白くふわふわとして柔らかく、舌で溶けていきますな。それでいて、甘い。この食感と甘みは何処かで食べたような気が……」


 荀彧がクリームパフに手をつけて食べると、その中身の白いクリームを味わいつつ、何処かで食べた気がしていた。


「それは多分、プリンアラモードで出てきた生クリームですね。そのクリームパフには生クリームが入っているのです」


「おお、あの牛乳の上澄み液で作ったと言う。こうして食べても美味しいですなっ」


 生クリームが入ったクリームパフを食べて顔を綻ばせる荀彧。


 他の者達も同じように生クリームが入ったクリームパフを食べて、顔を緩ませていた。


 曹操と荀彧はカスタードと生クリームが入ったクリームパフを食べていたが、夏候惇は一足先にそれらを食べ終えて、三つ目に取り掛かっていた。


「お、おおお、こいつは凄いな。かすたぁどとなまくりぃむが両方入っているぞっ」


 夏候惇が食べたクリームパフにはカスタードと生クリームの二つが入っていた。


 軽くて柔らかい生クリーム。重くとろみがあるカスタード。


 二つのクリームは喧嘩する事無く合わさり、乳と卵の味を両方味合わせるという贅沢な味を生み出していた。


「おおっ、これは」


「何とも贅沢な味ですな」


 夏候惇が叫ぶのを聞いて、曹操達もそのクリームパフに手を付けて、その味を堪能した。




 三つでは足りなかった様で、曹操達がお代わりを求めたので、侍女達は慌てて厨房に向かい持ってきた。


 作られたクリームパフが無くなりそうなところで、曹操達の腹は一杯になったのか手を止めた。


 宴に招かれた臧覇も満足そうな顔をしていた。


「いやぁ、美味かったな」


「かすたぁどと生くりぃむが合わさると、あの様な味になるのですね」


「あのような贅沢な味を食べる事が出来るとはな」


 曹操と荀彧と夏候惇の三人はクリームパフの味を大層気に入った様であった。


「惇よ。お主はどのくりーむぱふを気に入った?」


 曹操がそう訊ねるのを聞いた曹昂は溜め息を吐いた。


(また喧嘩の種を撒いて、まぁ作った僕も悪いのだけどね」


 良く飽きないなと思いながら夏候惇がどう言うのだろうと思い耳を傾ける曹昂。


「そうだな。やはり、最後に食べたかすたぁどと生くりぃむの両方が入った物だな」


「お前もか。私もそうだ」


 夏候惇と曹操が珍しく同じ物が良いと言うので、珍しい事もあるなと思う曹昂。


「わたしも同じです。かすたぁどと生くりぃむのそれぞれが入っていた物よりも、両方入った者の方が美味しかったですな」


「おお、荀彧よ。お前もそう思うか」


 更に珍しい事に荀彧まで曹操達と同じだと言う。


 これは珍しい事が起こったなと思う曹昂。これを機にお互いに好きな物を好きになって欲しいと思ったが。


「両方入ったのが美味しかった。だが、わたし的にはもうかすたぁどをもう少し多めでも良いと思ったぞ」


「いえいえ、我が君。それでは重い味になりくどくなります。生くりぃむをもっと多めにしても良いと思いました」


「何を言っている二人共。かすたぁどと生くりぃむは半々が一番だ。かすたぁどが多ければくどくなり、生くりぃむが多ければ軽すぎるだろう。だから、今日食べた様に同量なのが良いのだ」


 三人は好みの割合を言い出すと、三人は険悪な空気を醸し出した。


 一瞬でも仲良くなれると思ったのにと思った曹昂。


 いい加減、好みは人それぞれだろうと言うべきかと思い三人を見た。


 そして、ふと気付いた。


 三人の口元には黄色と白いクリームがべったりと付いており、しかも髭にも付いている事に。


「…………ぶっ」


 あまりに間抜けな顔をしている三人に曹昂は笑いだしそうになったのを堪えた。


 曹操達と同じくクリームパフを食べた者達も同じように髭を黄色や白いクリームが付いているのだが、皆気付いた様子は無かった。


 曹昂は笑いを堪えるのに必死であった。

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