実現は難しい

 数刻後。




 李整達が数人の供と共に曹操達の元に来た。


 無事、兵の引き継ぎを終え、今後とも曹操に忠誠を尽くす事を誓った李整。


 その宣言を聞き曹操は喜びながら宴を開く様に命じた。


 


 既に準備が行われていたので、直ぐに宴が行われた。


 その席で李整は自分の膳に乗っている皿の一つに黄色い物体が二つ乗っているのが目に入った。その黄色い物体の一つには黒茶色の液体が掛かっていた。


「あの、これは?」


 他の料理よりも、それが気になった李整は黄色い物体を指差しながら曹操に訊ねた。


「それはぷりんと言ってな。黒茶色の液体はからめると言う物だ」


「ほぅ、これが」


 曹操の説明を聞いて、膳に置かれている匙を手に取る。


 まずはからめるが掛かっていない方のプリンを掬い口の中に入れた。


「…………うん。成程」


 李整は咀嚼し飲み込むと、何かに納得した様に頷いた。


 そして、今度はカラメルが掛かっているプリンに手を付けた。


 李整がプリンを食べているのを見て、宴で楽しんでいる者達は楽しみつつ視線を李整に向けていた。


「……ああ、これも良いですね」


 プリンを飲み込み終えると李整は感歎の息を漏らした。


「どうだ? 美味かったであろう?」


「はい。生前の父が絶賛している訳が分かりました」


「そうか。李乾はそれほど喜んでいたか」


「はい。材料を手に入れて、我が家の料理人に作らせた事もあったのですが。食べる度に『全然違う。全然滑らかでは無い。味も悪い。見栄えも悪い』と文句をつけていたのですが、その理由が分かりました」


 李整からしたらプリンは食べた事が無いので、どんな物か分からなかった。父の相伴を預かった事で食べた時があったが、こういう物かと思い食べていたが、今食べている物とは別物であった。


「私が食べていたぷりんはデコボコしておりまして、食感もこれほど滑らかではありませんでした。あれがぷりんだと思っていたのですが、父が言っていた通り、全然違いますね」


 李整がプリンの感想を言うと、その場に居る者達の殆どは同じ思いであった。


 皆、カラメルが掛かっているのが好きか、掛かっていない方が好きかのどちらかなのだが、材料を揃えて屋敷の料理人に作らせると、似て非なる物になっていた。


 滑らかでは無い食感に見栄えが悪く、それで甘いというプリンとは言えない物であった。


 原因が分からず、料理人の腕が悪いのかと思い、料理人を辞めさせて別の料理人に作らせても、同じ物を作るので皆、何故なのか分からなかった。


 作り方を知っている者に教えてもらったが、改善される事は無かった。


 原因は長時間蒸している事なのだが、この時代の人間は時間感覚が適当なので仕方がないと言えた。


 なので、皆は家で食べる事は諦めて、こうして宴の席で食べられる事を喜ぶ事にした。


「そうかそうか。喜んでくれて嬉しいぞ。ところで、どちらの方が美味しかったかな?」


 曹操は笑みを浮かべているが、目が笑っていなかった。


 他の者達もどちらのプリンが美味しいと言うのか気になり、耳を傾けていた。


「……私はそうですね。どちらかと言えば」


 皆の思いも知らない李整は全く意に介さない様子で口を開いた。


「私はこのからめるが掛かっている方が好きですね」


 李整がカラメルが掛かっているプリンの方が良いと言うと、曹操を含めたカラメル無し派は落胆し、夏候惇を含めたカラメル有り派は満足そうに頷いた。


「……そうか。うん。お主はそう思うか」


 曹操が残念そうな声を上げるので、李整は小首を傾げた。


 そんな時に李整の側に居る者が美味しそうにプリンを食べていた。


「美味しいですね。このからめる?が掛かっていないプリンは。僕は好きです」


 そういう声が聞こえたので、曹操は声が聞こえた方に顔を向けた。


 其処に居たのはまだ十二~三歳ぐらいの子供がいた。


 将来美丈夫になりそうな整った顔立ちをしており、身の丈も六尺五寸(約百五十センチ程)あった。


「利発そうな子だな。名は何と言う?」


「お初にお目に掛かります。李典と申します」


 食べる手を止め、曹操に一礼する李典。


「李整よ。お主の一族の者か?」


「はい。私の親戚です。早くに両親を亡くしまして、父が引き取り養育していました」


「そうか」


「父も将来が楽しみだと言っていました」


 李整は李典の頭に手を置いて、やや乱暴に撫でた。


 撫でられた李典は何も言わず李整の好きにさせていた。


 空気がしんみりしだした。


 曹操は空気を変えようとしたところで、大きな声が聞こえてきた。


「うまいっ、このぷりん?というのは美味しいですね。私はこれほど美味しい物は初めて食べましたっ」


 声を上げたのは誰だと思いながら、皆声がした方に目を向けた。


 視線の先に居たのは許褚であった。


「このからめるが掛かっているのも美味しいですが。掛かってない方が一番美味しいですっ」


 許褚はあまりに美味しいのか大声で称賛していた。


「ははは、そうか。許褚はからめる無しが好きか」


 仲間が増えたと思いながら曹操は喜んでいた。


「しかし、最初。殿から聞いていた例えから、山の様に大きいのかと思いましたが。山の様にどっしりとした形をしている事から、そう例えたのですね」


「はははは、流石に山の様に大きく出来る訳が無いであろう」


 許褚が面白い事を言うので、曹操は声を上げて笑っていた。


「若君。このぷりんの材料は何なのです?」


 許褚は美味しいので特別な材料でも使っているのかと思い訊ねた。


「鶏卵。牛の乳。砂糖。この三つですね。これらを混ぜて、器に移して蒸して出来た物だよ」


 訊ねられた曹昂は隠す事が無いのか材料と作り方を教えた。


 それを聞いても、皆はどうしてこのプリンはこれほど滑らかになるのかが分からなかった。


「では、大量の材料と入れる器と蒸籠があれば、大量に出来る上に、山の様に高く大きなぷりんが出来るのですね」


「……まぁ、出来なくはないかな」


 とんでもない量の燃料と材料に加えて、巨大な器と蒸す為の器具も作らないといけないので、まず実現は不可能だなと思いながら答える曹昂。


「「「…………ゴクリ」」」


 山の様に大きく高いプリンが出来ると聞いて、皆その形を想像して唾を飲み込んだ。


 曹操はと言うと、食べてみたいとは思うが、それ程大きな物を作るとしたら、金は掛かるなと思った。


 食欲と奢侈過ぎる思いがぶつかり、頭を悩ませていた。


 そんな一幕があったが、宴自体は和やかに終わった。




本作に出て来る李典は181年生まれとします



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