故人を偲ぶ

「……これは、また」


「曹昂が言うだけはあるな」


 荀彧と夏候惇の二人は練兵場で行われている一騎打ちを見て感嘆していた。


 竜攘虎搏と言っても良い程に、良い勝負をする二人。


 巳の刻(約午前九時から午前十一時の間)から始めたと言うのに、未の刻(約午後一時から午後三時の間)にまで及んでいた。


 長時間刃を交えているというのに、二人は疲れた様子を見せなかった。寧ろ意気軒高であった。


「ほぅ、悪来と互角に渡り合っておる。見事なものだ」


 曹操は椅子に座りながら、二人の一騎打ちを楽しそうに見ていた。


 許褚の武勇も典韋に全く引けを取らないのを見て、ご満悦の様であった。


 曹昂からしたら、このまま決着がつくまでするのか気になり、チラチラと曹操を見ていた。


「とは言え、このまま続けても日が沈んでも決着が着くか分からんな。そろそろ、止めさせるか」


 曹操は家臣の一人に手で合図を送ると、その家臣の側には銅鑼があった。


 家臣が銅鑼を叩くと、典韋達は手を止め息をついていた。


 二人は全身汗を掻きながらも、目は爛々と輝いていた。


 まだ戦えると目で言っている様であったが、曹操は椅子から立ち上がり二人の側に行く。


 曹操が自分達の元に来るのが視界に入ったのか、典韋が跪くと許褚も倣うように跪いた。


「見事であった。悪来もその異名に恥じぬ武勇を持っているが、許褚と言ったか。お主もそれに負けぬ武勇を持っているな。その武勇、正に樊噲の如くよ」


 曹操は典韋を称えると共に、許褚の武勇も称えた。


 樊噲とは前漢の時代に高祖に仕えた武将で義兄弟で剛勇を誇る猛将の名前だ。


 許褚の戦いぶりと雰囲気からその樊噲の様だと言うのを聞き、許褚は恐縮した。


「はっ。身に余るお言葉でございます」


 許褚は曹操に褒められた事が嬉しかったのか、深く頭を下げた。


「息子よ。此奴を推挙すると言ったが、私の部下にしても良いのだな?」


 曹操は肩越しに曹昂を見ながら訊ねると、曹昂は当然とばかりに頷いた。


「どうぞ。その為に連れて来たのですから」


「では、許褚。今後は私の為に忠義を尽くすが良い」


「ははぁ。喜んでお仕えいたします」


 曹操が臣下になるように誘うと許褚は頭を下げて求めに応じた。


 それを聞いて、曹操は機嫌良さそうに笑った。


 一頻り笑った後、曹操は曹昂を見た。


「曹昂。今宵は宴を行うぞ。丁度、客も来るからな」


「客? 誰が来るのですか?」


 曹昂が誰が来るのか訊ねると、曹操は答える前に息を吐いた。


「お前も知っているだろうが、今回の反乱で李乾が戦死した。李乾の後を継いだ息子の李整が兵の引き継ぎを終えた挨拶に来るのだ」


「そうでしたね。では、宴に何を出しますか?」


「うむ。あやつはからめる無しのぷりんが好物であったからな。それを出すべきだと思う」


 曹操がプリンを注文するのを聞いて、許褚を除いた皆が身体を震わせた。


「分かりました。では、早速指示を出しますね」


 曹昂は厨房に指示を出そうと思い、厨房に行こうとしたが、その前に夏候惇と荀彧が道を塞いだ。


「何か?」


 曹昂は二人が道を塞いだ理由が分からず首を傾げつつ訊ねた。


「ああ~、おほん。曹昂よ。これから来る客の李整達はぷりんを食べた事が無いであろう」


「そうでしょうな。此処はからめる無しだけではなく、からめる有りを食べるのも良いと思います」


 夏候惇と荀彧がそう言いながら、ジッと曹昂を見る。


 その視線を受けた曹昂は二人の意図を直ぐに察した。


(自分達はカラメル有りの方が食べたいので、ついでに作ってくれというところかな?)


 二人の意図を察した曹昂は、作らないと何か言われそうだったので頷いた。


「分かりました。厨房にはそう伝えます」


 曹昂がそう言うのを聞いて、夏候惇達は顔を綻ばせた。


 曹操は別にいらないと思うが、二人が食べたそうなので口を出す事をしなかった。


「あの、ぷりん?というのは、何なのですか?」


 許褚だけはプリンを食べた事が無かったので、何なのか分からず訊ねた。


「ああ、お主はそうか。そうよな、例えで言うのであれば」


 曹操は許褚にでも分かる様に、プリンをどのように例えるか考えた。


「……色は黄色だが山の様に聳え立ち、触れると揺れるのに弾力もあり、形を無くす程に煮込んだ粥よりも柔らかく、口の中に入れれば蕩ける程に甘い菓子だ」 


 曹操がプリンの特徴を言葉で表したが、荀彧は口を挟んだ。


「我が君。山の様に聳え立ち、頂きの部分には山に掛かる雪の様に黒茶色が掛かっているが抜けておりますよ」


「それは、からめるの事であろう? 別にからめるなぞ無くても美味いであろう」


「何を言いますか。からめるが有るからこそ、元々美味しいぷりんの味を更に昇華させるのです。ぷりんだけでは飽きが来る。しかし、からめるが飽きさせる事をさせませんぞ」


「ふん。それはつまり、ぷりんが美味いからこそ、からめるが味を引き立てるという事だ。即ち、からめるが無くてもぷりんは美味いという事だ。それに、からめるだけで食べる事など出来るか? 苦くて食べれないであろう。故に、ぷりんはからめる無しが美味いのだっ」


 曹操がカラメル無しのプリンが美味しいと自論を言うと、夏候惇も口を挟んだ。


「孟徳、それは違う。違うぞ。確かに、からめるは苦い。だが、からめるは苦味を調節する事が出来る。それは、からめるを甘くする事が出来るという事だ。苦味抑えめの甘いからめるに甘さを控えたぷりんを作る事が出来るぞっ」


「おおっ、それは素晴らしい味でしょうな」


 夏候惇が自分の中にある想像のプリンを言うと、荀彧は想像なのに美味しそうだと思ったのか、唾を飲み込んだ。


 曹操と夏候惇と荀彧は自分の好みのプリンについて語りだした。


 三人の話し合いは熱を帯びていくと、それは周りにも影響を広げて、自分達の好みのプリンが美味しいか口論を交わしていた。


 周りが熱弁を交わしている中で、許褚だけは話に付いて行く事が出来ず途方に暮れていた。


(黄色くて、山の様に聳え立ちながら、頂きの部分には黒茶色の物が掛かっており、触れると弾力がありながらも揺れるのに、形を無くす程に煮込んだ粥よりも柔らかく、口の中に入れれば蕩ける程に甘い菓子? どんなのか全く分からないな)


 許褚は話を聞いても、プリンとはどんな菓子なのか全く分からなかった。

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